第一話:出会い、魔族と秘湯
「あの、改めてありがとうございます…私みたいなのに付き合っていただいて…」
「はは、そんな気にしなくていいよ、遠出して山に行くのに女の子一人だなんて、危険だからね」
隣にいる少女の持ち物である身の丈ほどの大きなリュックサックを背負い、俺たちは少しガタつく山の中を歩いていた。
俺の名前はカサマ リョウ。27歳のごく一般的な元日本人男性だ。まあ、特に面白みもないので詳細は省くが、異世界転生者ってヤツになる。
だが別に異世界転生と聞いて想像するような、魔王との戦いだの、チート能力に目覚めて無双するだのという展開があるわけでも無く、ひょんなことから数年前に異世界に転生してから、ただのいち村人として暮らしていた。
何か以前と違うものがあるとすれば、『材料加工』というスキルが身についていたことだが、特に魔物を倒すような強大な力を持った武器を作れるというわけでもなければ、錬金術のような真似事ができるわけでもない。
ただ木や岩を、自分の頭の中の設計図通りに削ったり形を整えたりできる程度の、少し便利なだけのDIY能力だ。
そんなものなので当然、勇者としてブイブイ言わせるなんてことがあるはずも無く、気づけばこの世界に来てから何事もない月日が経過し、薬草取りや家事手伝いの延長で家具の修理なんかをして日銭を稼いでいた。
(まあ、争いごとや喧騒は嫌いだし、別に悪いわけではないのだが)
そして今隣で俯きながら歩いているのは、小柄な体格にふわりとした銀髪のロングヘア、そしていかにもそれらしいベージュのローブを羽織った、同じ村に住む齢16の魔法使い『シーカ』だ。
今日は彼女の材料調達の補助兼荷物持ちという依頼のもと、村から少し離れた国境付近の山へ来ていた。
「研究の材料調達のためとはいえ、流石に長居するのも危険だから、陽が出ているうちに切り上げないとな」
「そ、そうですね……いくつか材料を調達したらすぐ山を下りましょう……っ」
この世界の情勢についても少し触れておくと、流石異世界と言うべきか、この世界には人間の他に魔族と呼ばれる種族がおり、人間と魔族の両種間はどうも相容れない関係のようだ。
「ようだ」と表現したのは俺自身この異世界に来てから数年経つが実際に魔族や争いを見たわけでは無いということ、村の連中から魔族は気性が荒く人間を襲っては略奪を行うのだと聞かされていた程度だからである。
そして今俺たちが足を踏み入れている山なのだが、ここがまさに魔族側と人間側の領地のちょうど境にある、いわば国境のような場所になる。
以前俺がいた世界と違い、関所のような場所があるわけでも無く、両国間で厳重に管理されているわけでもないため、国境というよりはあくまで無整備地帯、どちらの領地にも属さない場所、というような表現が正しいのだろう。
そんな場所なので研究者や冒険者にとっては掘り出し物の多く見つかる場所として注目されているようだが、いかんせん魔族との距離が近い場所になるためあまり近づく人はいない。
俺の戦闘スキルは前述した通り何も無く、シーカも魔法使いとはいうものの研究や調合を得手としており、戦闘に関してはからっきしだ。襲われてはどうしようもない。
そんな状態で危険な場所に来るな、と言われたら何も言い返せないが……
だがまあ、こんな場所にわざわざ来たのも内気な性格ながら役に立ちたい、何かをしたい。と言う思いがあるからなのだろう。
なんとなくだが、俺もその気持ちは理解できる。
「あっ…リ、リョウさん、見てください……っ! これ、村の周りには絶対にない『夜光草』です! あ、あっちの岩陰にも……!」
……まあシーカについては、おそらく自分の趣味も少しは含まれているのだろうが。
珍しい素材を前にしたシーカは、先ほどの内気さはどこへやら、前髪の隙間から目をキラキラと輝かせていた。
「おいおい、あんまり奥に行くと━━」
危ないぞ、と言葉を続けようとしたその時だった。
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
茂みの揺れる音とともに俺たちの背後、鬱蒼と茂る草むらの奥から、明らかにこちらをじっと見つめている何者かの視線と気配が伝わってきた。
焦りにも不安にも似た感覚が一瞬で自分の体を包むと同時に、俺の脳裏に村の皆の言葉がよぎる
━━━魔族だ。
「シーカ、走るぞ…っ!」
「へ……っ?ひ、ひゃいっ!?」
獣かもしれないなにかに背中を向けて走り出すなど正気の沙汰ではないと後になって思ったが、この時はそんなことを考える余裕がなかった。
俺はおもむろにシーカの手を掴むと、荷物の重さも忘れて、とにかく気配から遠ざかるように夢中で山道を駆けた。
「っ……!?なんだ!?」
どれくらいか、無我夢中で山をかけていると、生暖かい霧に包まれた開けた場所にでていた。
視界の悪い中、辺りを見回すと、前方は急な岩壁に遮られている。
「くそっ……行き止まりか……!」
どうするかなど思考する間もなく、後方からガサガサと俺たちを追う明らかな足音を耳にした俺は、シーカを背に隠し正面に身構えた。
寸分の間もなく、俺たちに向かいその正体が飛びかかってくる。
「う、うわああぁぁ!!!……あ?……ん?」
頭を守ろうとする防衛本能か、情けなく顔の前で両腕を覆うも、備えていた衝撃が無く、腕の隙間から恐る恐る目を開けると、そこには女の子が立っていた。
茶色のふわふわとした毛質の髪、頭の上に生えた三角の耳、そしてはち切れんばかりの勢いで振られた尻尾。
人とは違う、魔族の女の子だ。
「追いかけっこ楽しーよねーっ!君たちも好きなんだ!!あっ、そうだそうだ!さっきからなんかいい匂いがする!そこになにかおいしいものあるとか?ていうかここ蒸し暑いよー!」
やや興奮気味だが敵意は感じられない。彼女はただ俺のリュックを指差していた。
「えっ……ええっ……?」
状況が読み込めておらず、混乱していた俺の背後で、シーカの小さい声がする。
「………じ、人狼……でしょうか……?」
━━人狼
シーカの口にしたその名は俺も村の連中から聞いたことがある。
なんでも、狼が人の姿に化けてはその鋭い牙や爪で人間を襲う魔物だという。
だが、目の前にいるその推定人狼の彼女は、その、なんというか。
((どこからどうみても、犬[です…]))
「んー?なになに?どーしたのー?」
へっへっと舌を出しながらキョトンと首を傾げて俺達を見つめるその姿に、シーカも同じ感想を持ったのか、チラリと横目で目が合った。
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「ボクおなかすいちゃった!ねえねえっ!ここからすっごくいい匂いする!ごはんー?いいなぁー欲しいなぁー」
緊張からの緩和ですっかり力が抜け、腰を下ろした俺の周りをグルグルと回りながら、彼女はスンスンと鼻を鳴らしてリュックに顔を近づけている。
聞いたところによると、彼女はペネロと言う名で、種族は魔族である人狼で間違いなく、人間でいうところの18歳らしい。
「鼻がいいんだな、携帯用の干し肉だよ、食べるか?」
リュックから一切れ干し肉を取り出し、ペネロの前にに差し出す。
「わぁ!!ありがとう!!食べる食べるーっ!!」
手で受け取るわけでなく、そのままパクリと干し肉を咥え、無邪気にあぐあぐと咀嚼する姿を見ると聞いていた魔族とのギャップに気が抜ける。
なんだか、子供の頃に実家で飼っていた犬を思い出すようだ。
それにしても、落ち着いて辺りを見てみるとここはなんだか不思議な場所だ。
木々の間を通り抜ける風と音、他とは違い開けた場所に漂う、妙に生暖かい湿気を帯びた空気の匂いはどこか穏やかさと懐かしさを感じる。
「あ、あの……リョウさんっ……ち、ちょっといいですか……?」
すっかり休憩モードになっていた俺に、辺りの探索をしていたシーカから声がかけられる。
なんでも、少し離れた場所に妙なものを見つけたというのだ。
「これは……湧水?」
シーカに連れられ周りにそびえ立っていた岩壁の前に来ると、上の方からチョロチョロと水が流れており、麓に小さな水溜りができていた。
「はい……ただ、ここから湧いているのは水ではなく、お湯のようでして……し、しかも普通のお湯とは違って分析したらいろんな成分が混ざり合いながら様々な効能を生むお湯みたいなんです……っ!」
やや興奮気味のシーカからの言葉にふと、頭の中に一つの単語が浮かんだ。
「これは……温泉か?」
すくい上げたお湯から、じんわりと温かい熱が手の平にゆっくりと伝わる。
「おんせん……?」
「なになにー?あったかいお水?ボク、水遊び好き!」
聞き馴染みのない言葉に首を傾げるシーカと後をついてきていたペネロの反応を見るに、この世界には人間側にも魔族側にも、湯船に浸かって疲れを癒やすといういわゆる『湯治』の概念がないのだろう。
よく日本にいた時は趣味で温泉旅行も行ったものだと考えているうちにふと、脳裏に思いがよぎる。
異世界転生をしてからというものの、不自由はないものの変わり映えのない日々を送ってきた。
第二の人生とも呼べるこの世界で、新しいことをするでもなければ、手に汗握る冒険も、剣と魔法のファンタジーも何もない。
でも、どうせなら何か一つ、始めてみないか?
変わった事はただ一つ『材料加工』というDIY能力だけ。
━━━だけど、このスキルがあれば。
「……作ってみようかなこの異世界で、温泉宿を」
口からポツリと溢れてた言葉は、ただの思いつき、ただの趣味の延長、されどこの異世界で見つけた、新しいやりたい事だった。
これは俺の『異世界温泉宿帳』始まりの第一ページ
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加藤カト




