70.乾杯だ
「さて、みんな、今回はいろいろとあったけれど」
ロレッタはわざとらしく畏まった口調になった。
「〈ラウ書店〉を続けることができるし、顔馴染みの仲間が戻ってきてくれて、新しい仲間もできた。悪くない結果だったと思っているわ」
一呼吸置き、続ける。
「では、暴飲暴食してちょうだい」
「ロレッタの奢りだぞ」
デシーカは小さく笑って温いビールに口をつけ、
「お姉ちゃんはさ、ロレッタさんにぞっこんじゃない?」
「ぶほっ……!」
イオの言葉に噴き出した
「なにがそんなにいいの?」
「なにと言われても……」
口元を拭い、ロレッタに視線を送る。
彼女は助け舟を出してくれる様子もなく、苦笑して肩をすくめただけだった。
「あたしとロレッタさんって、見た目が正反対なんだよねー。黒髪、小柄、眼鏡っ娘で陰キャっぽい、貧乳――」
「イオちゃん?」
「あたしは金髪、身長大きい、明るくて超可愛い、あと胸は結構ある」
「わたし、後半は悪口言われてなかったかしら?」
「いやだなー、ロレッタさん。そんなわけないじゃん」
「そうよねー」
二人は顔を見合わせると、わざとらしく笑った。
「イオ、あまりロレッタをからかうな。彼女は〈ラウ書店〉の店長、私やお前の上役だぞ」
「すぐそうやってロレッタさんの味方するんだから」
そこにアルバイトの女性店員が大皿に盛りつけられた魚をもってきた。
丸テーブルに乗り切れないほどの巨大さだ。
全員がぎょっとした顔になった。
「誰だ、このウソみたいに大きい魚の餡掛けを注文したのは」
「怪魚! 怪魚の大きさじゃん」
「はあ、もう、まったく、オードリー?」
「……私ではないですよ、イェン小姐」
困惑していると、店員が面倒そうに告げる。
「ウォンさんからの差し入れです。門出を祝ってだそうです」
それが誰なのかわかってはいないのだろう。実にそっけない物言いだった。
「ルールーのやつ……」
祝花でも送れと言ったのに、まさかあのあとにでも釣りあげたのか?
デシーカは魚をちらりと見て、それだけで胃もたれしそうな気分になった。
「はいはい。文句を言わない。大小姐からの贈りものだから、残さず食べましょう」
言葉とは裏腹に、ロレッタは眉間の皺を深くしていた。
四人は怪魚を渋々と取りわけたが、まったく減っているように見えなかった。
「やあやあ諸君、盛りあがっているところすまないが」
沈黙を破ったのは、狭い店のなかをずかずかと歩いてきた女だった。
全員の視線がそちらに向く。
白衣にサンダル履きのハーフエルフの女――スイ・シーは腰に両手を当てて胸を張った。
「こんなお通夜みたいな空気が盛りあがっているように見えるか?」
「まあまあ、デシーカ。言ってみただけさ。これはクソデカ怪魚だねえ」
そう言って笑うスイ・シーに、ロレッタが営業用の笑顔を向ける。
「シー女士、なんの御用です?」
「御用もなにも」
スイ・シーが一枚の紙をテーブルに置いた。請求書だった。
「ツケにしている治療代を払ってもらいたいねえ」
全員が彼女から目を逸らした。
「えっと……もう少しまってもらうわけにはいきません?」
「金の切れ目が縁の切れ目という言葉を知っているだろ?」
「いえいえ、そんな。払わないと言っているわけではないので」
「誠意ってなんだろうねえ」
二人は営業用の笑顔で睨み合ったが、イオが立ちあがって手をぱんぱんと叩いた。
「もー、いい大人が喧嘩しない」
ロレッタ、そしてスイ・シーを交互に見やる。
「人としてお金は払わないといけないけど、いまは払えないんだよね、ロレッタさん?」
「ちょーっと……払えないかなあ……あはは」
「あははじゃないよ、もー」
イオは小さく嘆息して、スイ・シーに続けた。
「ない袖は振れないんですけど。一方的にまってくれというのも都合がよすぎると思うので、ここは勝負して決めませんか。シー女士が勝ったら、あたしがいままでアルバイトで貯めた貯金から払います。そのかわり、負けたら支払いはまってください」
「面白いこと言うねえ」
「おい、イオ……」
「お姉ちゃんも支払い能力ないんだから黙ってて」
「くっ……」
制止しようとしたデシーカは、ぴしゃりと言われて押し黙った。
「おやおや、デシーカ・デグランチーヌもかたなしだねえ。で、どういう勝負だい?」
「この魚をどっちがたくさん食べられるか勝負です!」
「えー……」
スイ・シーは露骨にいやな顔をした。
「イオ、素晴らしいアイデアだ」
「イオちゃん、それはいい考えね」
「……イオさん、天才の発想」
デシーカたちは口々にそう言って、わざとらしい拍手をした。
本当にバカみたいに明るくて、騒がしくて、落ち着きがない。
デシーカは少しだけ笑ってしまった。
本当は昔からそうだったのかも知れない。
だが、気づいていなかった。
黒社会から抜けようとして、また戻ってきて、ようやく気づいた。
自分は案外と気に入っていたのかも知れない。
爪先から頭のてっぺんまで浸かった、泥沼みたいなこの世界を。
そこで一緒にいた連中を。
「仕方ないねえ、受けて立とうじゃないか。誰が相手だい?」
「じゃんけんで決めましょう」
ロレッタが立ちあがった。
「……こればかりは負けるわけにはいきませんね」
オードリーが続く。
「あたし、最初にチョキ出すから」
イオが堂々と宣言した。
「はあ、やれやれだな」
デシーカものろのろと立ちあがった。
四人は息を合わせて、
「「「「じゃーん、けん」」」」
それぞれのポーズから手札を繰り出した。
「「「「ほい!」」」」
四人は顔を見合わせて笑った。
子どものように。
こんな人生もまんざらでもないかもな、とデシーカは思った。
あの邸宅でルチアーノに言われた言葉を、いまでもよく覚えている。
面白くもないし笑えない、ド三流の喜劇を楽しんでくれたか。
「いいだろう。私が相手になってやるぞ」
デシーカは椅子に座ると生温いビールが入ったグラスを掲げ、一気に煽った。
「前途多難な主役の殺し屋に」
まったく、本当に。
「乾杯だ」




