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AM06:10 「二つのペルソナ」


 ヘッドギアを被り、仄かな朝焼けの中を駆け抜けてゆくジャックの影。この施設を飛び出して、近くの廃車と瓦礫の山に飛び込んだ。

 対岸の建物に身を潜める私からは、その全容がよく見えていた。奇襲、というよりも強襲、ガトリングの弾を容赦なく浴びせる機影の姿が。


「くそッ⋯⋯!」


 雨上がりの暗い雲の下で霧と硝煙が織り混ざり、一通り撃ち払った機影は重機さながらの機構音を響かせて重火器を背のハンガーに戻す。その背景では、私たちが地上に降り立つ前に起こったであろう爆煙が舞い上がっている。

 肉眼では明瞭にまでは見えないが、七メートルはあろうかという「人影」からして、おおよそどういった存在が現れたのかは察せた。

 沈黙もつかの間、煙の奥から盛大なアナウンスが流れる。


《よう旦那、家族旅行は楽しんでるか?》


 IMUTHES本部の追っ手にしては軽口が過ぎる。しかし外部契約を結んでいる人間なら確かに、私にも覚えがあった。

 一週間ほど前の話だ、外部の傭兵が雇用に加わったという話を聞く。あの侍を含め、唐突に現れた。


「K! 電話くらい出たらどうだ! 知り合いがバイクを預かるって話も嘘だな⁉︎」

《俺、基本的に出ねぇの知ってんべ? まあ口から出任せで嵌めたのは謝るけど》

「アイツの指示か‼︎」

《決まっちまったモンはしゃーねーだろうよ》


 煙幕の中から姿を表した機影、その音量にも負けじと声が張り上げられる。経緯は呑み込めないが、仲間割れが起きているのは確かなようだ。

 いや──仲間割れというと語弊があるか。ジャックはそもそも彼らが行った契約を知らなかったんだ。


「ウィンター‼︎」

「は、はい‼︎」


 瓦礫の裏手にいた彼は、一切の身動ぎなく私を呼ぶ。


「大型搭乗機との戦闘経験は⁉︎」

「ありません‼︎」

現場実習(OJT)! やって覚えろ!」


 冗談じゃない。だが、彼が心底から本気で言っているのも嫌というほど理解できる。

 あの機体、熱感知(サーマル)程度は標準で装備しているらしく、ジャックが先に光学迷彩を起動していようと攻撃に何の躊躇もなかった。

 彼が遮蔽物を出れないこの状況で、消去法で私が囮を買うということになる。非常に不本意だが、それでも現状打破には致し方ない。

 大腿、脹脛、腰──電圧の上昇に伴って蒼いラインが灯った。


《一匹紛れ込んでんな、もう手懐けやがったか?》


 Kと呼ばれたイェーガー隊員が言うや否や、既にその機体から、真紅に発光するモノアイが私の方を注視していた。

 なりふり構わず駆け抜けてみれば、みるみるうちに機銃掃射が足元を追う。避けて避けて弾いて、薄汚れた配管を垂直に走り、そしてこれがひしゃげるほどの勢いで跳躍、反撃を試みる。

 が────流石に(ジャック)の言った通り、そんな挙動はあっさり看破される。前向きな駆け引きに甘んじてそのガトリングを斬り落とすつもりだったが、そう簡単じゃない。


「熱ッ!!」


 熱波だ。背面の推進装置、ほんの一瞬だけ顕になった白炎が陽炎のみで毛先すら溶かしてしまう。

 銃身を狙ったと思えば次の瞬間には機体の背側面が、突風のように傍を通り過ぎた。


《おっかなびっくりってか。……ま、こんなもんか》

 

 ローラー駆動と推進装置による一回転(ターン)。機体の回避行動というには大胆な動きに過ぎ、しかしながら確実に「私を警戒していた」挙動。それだけは分かった。ただ……

 体格に反してあまりにも動作が疾い。そしてそれ以上に、恐らくKの操縦技術が高い。

 突破口の見えない相手を前にして、ジェット燃料の嫌な匂いに咽る余裕すら私には残ってなかった。


大将(エース)もそうだが、社長さんからも仕事を仰せつかったワケよ。例の女、この辺にいんだろ》


 悠々とKが語る前にバルク車の荷──多分ポリ塩化ビニルとか──を斬り飛ばし、その煙幕が舞う間にコンテナの列に逃れる。

 咄嗟に飛び込んだお陰で何かにぶつかったが、よくよく見れば、いつの間にか移動していたジャックの胸板だ。


(背面に回ろうとするな、スラスターに焼かれたらタダじゃすまん⋯⋯!!)

(じゃあどうしろと!?)


 今まさに差し迫った巨人を背後に、私達は声を抑えてなお、荒々しく言葉を交える。


(前面180°──うち、攻撃動作の死角となり得るのが10から20、160から170! 斬れようが斬れまいが一撃離脱だ、いいな!?)


 極めて具体的な指示だが、それにしたって飛び込むのは私だ。

 そもそもこの人はどうして、搭乗兵器と白兵戦を行うことを前提にしてるのだろう? サイボーグが戦車と対峙するのとは訳が違う。調整兵士とて、肉体は代替が利かないことを分かって言っているのか?

 だとしたら、アレを打倒できる根拠を本当に持っているとでも言うのか。


《別にアンタを始末しに来たわけじゃねぇんだ、旦那のことは俺と姉貴の管轄じゃねぇし⋯⋯話聞いてんの?》


 Kの声が轟くなり、苦虫を噛み潰したような顔をする私とは裏腹に、ジャックは迷いなくコンテナから飛び出そうとしていた。

 馬鹿馬鹿しいほどに、この男は本気だ。私に一任するまでもなく行動に移そうとしている。

 ────ふと、その動きが止まった。

 ヘッドギアの側頭部を抑えて、遠方の市街地に視線を向けている。


「……なんのつもりだ」

《ああ? ……へいへい》


 訝しむジャックの言葉と共に、地面を揺らす重鉄の足音も止んだ。傍から見れば独り言のように聞こえる通信は、あるいはKにも共有されていたのか。


《ジャック、聞こえる?》


 機体から轟く声はKのそれではなく女性の声だった。戦闘態勢にあったはずのジャックは、一転して鎮まるようにコンテナに背をつける。

 異変は二つ。片方は、私の頭上を掠めるレーザーポインターとして訪れた。


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