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AM05:30 「覚醒」Side:winter



 朧げな夢から足を引きずるように醒める。色の無い冷たい天井。それがどこか見慣れているようだったのに、頭が回り始めるほど、これが全く知らないことが明らかになる。

 横になっている場所は簡易ベッドか。薄い毛布の中から目だけを右往左往させ、現状を確認することに専念した。

 頭が割れるように痛い。その理由を思い出すにも長い時間がかかる。

 あの男に殴られたから? 確かに、普通の鈍器で殴られるより重かった気はする。けれど、原因はまた違う気がした。もっと根本的な話。急に広大な庭に放り出されたような⋯⋯

 言い表すのは難しい、狭まっていた視界が急に開けたような感じだ。

 そう、やっと気付いた。内蔵インプラントが機能していない。

 今まであったはずの情報が何もない。私は今何の後ろ盾も無く、裸で放り出されているのだ。このままでは本部と連絡をとることさえ出来ない。

 私は身体に似つかわしくない大きな検診衣を揺らして、寝台から降りた。薄い青色の床が素足を迎え、その冷たさがキリキリと痛覚に訴えてくる。

 それでも堪えて一歩、また一歩と前に進む。身体の重さも含めて無視し、扉の前に立った。

 唐突だった。スライド式のドアが開いた途端、目の前を通り過ぎて大きな人影が飛んでいく。あまりにも唐突過ぎて、処理が追いついていなかった私は呆けてしまった。


「おおーいマッドォ‼︎ 二人も増えるとか聞いてねぇぞ‼︎」

「まあ良いじゃない。君、そんなにその部屋使わないだろう?」

『お前はジャンク山のが似合いだ』


 どこかで聞いた女の怒鳴り声、老人の宥める声。

 先に飛んだ男は、ブックラッカーに突っ込んで沢山のスポーツ雑誌や古臭いコミックに頭から埋もれている。銀色の義手がその雑誌を乱暴に振り払うと、男は口の中に溜まった血を飛ばす。

 方や、怒声の主の女──よく見れば今回の標的そのものだ──は丸眼鏡の老人に向けて、触手を突き出している。それを鷲掴んで防いだのが、あの真っ黒なサイボーグ⋯⋯ああ、情報量が多すぎる。ただでさえ不慣れな状態の脳には負荷が大きい。頭が痛い。


「クソ⋯⋯今のは効いた⋯⋯!」

「使う使わないの問題じゃねーんだよ‼︎ アタシに無許可で人を招きいれ⋯⋯」


 誰からとは言わず、奇妙な喧騒が忽然と止むと一斉に四つの顔がこちらを向いた。


「あ〜、おはようハニー?」

「え? な、何?」


 怒号から一転、女は薄ら笑みで私を見る。口それぞれに所感を投げ合う中で、尻餅をついた義手の男だけは私を冷たい目で見ている。視界が揺らぐほど、私はただ困惑し続けていた。


「長居するつもりは毛頭ない。この坊主が起きたからな」

「だからソイツ女だって」

「女だろうが、関係はない」


 男は素早く起き上がり、ドアの縁で呆気にとられる私の方へと歩いてくる。


 感情を廃したその顔には、何か一点に研ぎ澄まされた鈍い眼光だけが残る。目の前の男が私のことをまじまじと見ると、息苦しくなるほど検診衣の胸倉を締め上げ、無機質な部屋へと押し返した。

 内から鍵を閉める音、二人だけの空間へと追いやられる。最初にこれが恐怖を植え付けた。


「さて。くどい話はいい、俺が知りたいのは娘の居所だ」

「いた⋯⋯い!」


 冷え切った義手で髪を掴まれる。

 部屋の隅に私を振るい飛ばし、男は凄む。抵抗しようにも、身体は力が全くと言っていいほど入らない。喉が狭まる、下腹部が引き締まる感覚。

 インプラントではなく、予め肉体に備わっていた生存本能によるもの。極端に高いところから降りた時にも感じるものだ。


「一つの質問につき回答権は二回。超える度に指を一本折る。返事は?」


 どうしていいのか分からない、何も考えられない状態。

 それで男の確認に反応が遅れてしまった。


「返事は⁉︎」

「は⋯い⋯⋯‼︎」


 怒声の轟音に、思わず声を絞り出す。


「昨晩、調整兵士部隊の投入で質料マテリアルの回収地点が変更された。本来あの子供達はサイロか、その近辺で拾われるはずだった────間違いはないか?」

「⋯⋯ありません」


 私たちの投入は、あの標的スライム・モールドの抹殺を目的として投入された。その際、元々の回収部隊は予定を変更したと聞く。本来ならそんな情報を洩らすことはないはずなのに、今の私は驚くほど目の前の男に抗う気になれなかった。


「調整兵士部隊と質料回収部隊、その他に別部隊は?」

「他には⋯⋯いないはずです⋯⋯」

「子供の誘拐は六人で間違いないか?」


 回収部隊の目標のことなんて分からない。調整兵士部隊は原則、別部隊との合流を禁止されている。我々は暗部であって、その任は根元から別の指揮系統だ。


「知りません────」

「七人か?」

「へ⋯⋯?」


 急にこの密室に殺気が充満した。さっきまでとは比べものにならない、感情のこもった熱。落としていた目線を上げると男の顔は、まさに怒りの形相を浮かべていた。


「七人だ‼︎ 残り一人は⁉︎」

「し、知りません‼︎ 私たちは別件です‼︎」


 その仔細までは承知していない。そもそも質料マテリアルを能動的に回収するというのが前代未聞、素体となる子供の供給は孤児の拉致や、人身売買に依るのが主流のはず。子供なんて、本当は勝手に集まるなのに。

 いや、目の前の男はそんな事情の話を聞く余地を持っていない。義手に閃光を帯びさせ、明らかな握り拳を振り上げようとしている。

 あんなもので、折られてしまう?


「知らない⋯⋯知らない⋯⋯!」


 痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。私は言われたことをやっただけなのに、そんな処罰を受けさせられるだなんて納得できない。


「⋯⋯じゃあ⋯⋯アメリアはどこに行ったんだ」

「⋯⋯?」


 男は、滝のような汗を流しながら呟いていた。振り上げた義手を自分の顔の真隣に、歯を剥き出しにして、必死に何かを抑えようとしている。

 直後、光の迸る義手を自分自身の胸に押し当て電圧に焼かれながら大きな唸り声を上げた。私は、呆気にとられる他なかった。

 ほんの数秒の出来事。義手の男が電圧を切り、一人で対岸の壁にもたれかかると、その場にうずくまってしまった。


「本当なら今頃、ホテルで夜なべして三人でトランプでもしてたんだよ」


男が自分自身を痛めつけるように頭を抱える。私のことなど、彼はとうに眼中になかった。


「あの子、あの子は⋯⋯夜更かしして、いつも俺の気持ちなんて知らずに連絡してきて」

「⋯⋯なあイザベラ、俺は、俺はどうしたら良い⋯⋯?」


 今この場を支配しているのはどちらなのだろうか。そういった疑問が脳裏に過ぎるほどに、義手の男の情緒を掴みきれない。元からそれが苦手なのは差し引いても、理解し難い光景が目の前にあった。

 私の知識だけではこれに対応し難いが、不思議と私の目の切れ端は、深く頬骨の奥まで刺されたかのような痛みを覚える。こうした感情の萌芽が、私に語らせたのだろうか。


「⋯⋯剣士のこと⋯⋯」


 今になって、本当にあの侍の言った人間なのかが疑わしく思う。それでも聞かずにはいられなかった。


「⋯⋯赤い刀の侍を、ご存知ですか⋯⋯?」


 ゆっくりと顔を上げる男。先まであれほど取り乱し、うわ言を並べていたのに、その顔は今まで以上にフラットな表情を浮かべる。

 殺気が失せる。いや、もっと何か研ぎ澄まされたような、冷え切った刃に似る。まるで、今起こった全てが嘘だったかのように。


「────(エース)か」



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