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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第34話「道化のゴグマ」




 最後の封印がある場所は雪深い山の中だ。遠くは帝国領内のフンババ山に隠されており、ヤオヒメの語るところによれば、クレールとも話の通じない気味の悪い見た目をした巨人族で、自らの欲を満たせれば良い利己主義的な性格である。


「……これがそうなの?」


 封印の魔法陣は広い洞窟の中に静かに座していた。


「────うむ。名をゴグマ。魔族の中でも元から人間に近い巨人族と呼ばれる連中の生き残りだ。ヤオヒメほど歴史は無いようだが」


 最後の封印はエスタと二人で解きに来た。あまり大勢で詰め掛けても、何かを伝えようとしたところで言葉ではなく力の押し付けになってしまう。少しでも分かり合うなら少数の方がいい、と今回だけ他の仲間には山麓で待っていてもらった。


 今頃は馬車の荷物にある食糧が食べ尽くされているのだろうな、とエスタは封印の事よりも自分の食べたかった干し肉の事をのんびり思い浮かべた。


「むう、おかしい。気配がしないが」


「魔法陣は機能してるの?」


「ううむ……。どうも、ヤオヒメとは違う状況だな」


 触れてみて、封印が解かれているのに気付く。やや強引に鍵をこじ開けるようなやり方で、魔力の痕跡は残っていない。内側から封印を壊すのに難儀はするが、実力のある魔族ならば外側から崩すのは多少楽だろうと推測を立てる。


「……マズいな。ゴグマは自分が愉しければ誰にでも味方する奴だ。誰かが封印を解いたのであれば、既にそやつらと手を組んでいる可能性がある」


「あら。それじゃあどうする、いったん戻って作戦を練る?」


 ふと、魔法陣の中央に一枚の黒い封筒を見つける。封蝋を剥がして中の便箋を取り出したエスタの雰囲気が、一気に澱みを帯びた。


「ど、どうしたの。何が書いてあったの?」


 指に挟んでフロレントに向け、うんざりだとため息をつく。


「招待状だ。どうやらクレールの封印を紐解いた奴が、ゴグマを手中に収めたらしい。ゾロモド帝国とやら、もはや人間の国とは思わぬ事だな」


 何もない解かれた後の封印は用済みだ。洞窟を出ようとした瞬間、エスタは奇妙な気配に気付いてフロレントの手を掴んで自分の傍に寄せた。


「契約者、何かいる。決して私の傍を離れるな」


「わかったわ。なんだか、少し慣れてきたかも」


「フフ、経験がそなたを強くしたようで何よりだ」


 洞窟のどこに隠れていたのか、何十人かの兵士が現れる。鎧に身を包んで剣を握り締めてにじり寄り、彼女たちを囲む。


「帝国の兵士がどうしてここにいるのかしら。このあたりって年中吹雪いてるような山よね。見るからに軽装の兵士って感じだけれど、どうやって?」


「いいや。よく見ろ、契約者。こいつら全員(・・・・・・)死体だ(・・・)


 最初から用意してあったのだろう、隠された兵士たちの死体。焦点の合わない視線、ふらつく体。まるで糸で操られているかのような動きが不気味でゾッとさせられた。絶望と恐怖の表情が張り付いた血だらけの姿で動いているのだ。


「これってまさか、他の魔族が近くに……!」


「いや。気配はない。魔力も死体からだけだ」


 エスタが剣を軽く振るうだけで、襲い掛かってきた死体は瞬く間に灰になって崩れれていく。何があったかまでエスタは考えない。興味もない。ただ、フロレントが哀しそうな顔をしたのを見て、せめてもの慈悲だと終わらせた。


「ゴグマは他者の生命力を自身の魔力として取り込む。裏切者に相応しい能力とも言える。……しかし、死体まで動かすようになるとは悪趣味な」


 ゴグマはあくまで愉悦に生きる。誰が死のうと誰が生きようと関係ない。実力はあるが正面切っての戦いも殆ど好まない。命を奪い、命を与える。玩具のように操ってゴミのように捨てる。実に悪趣味で不愉快だった。


「昔、魔族同士での争いでも奴はそうして仲間割れを引き起こして、その生命力を奪い尽くすといった残虐行為で強さを身に付けてきた。……おそらく、そなたが最もこの世で嫌う種類の敵であろう」


 灰になった者たちの前に跪き、胸に手を当てて祈る聖女のような娘の背中に言葉を掛け、剣を握り締めた。ああ、かくも穏やかな心が穢れていく。現実という絶望が彼女を悲しみで蝕んでいくのが分かる、と。


「麗しい娘ですねえ。気に入った? それとも愛した?」


 突然、甲高い男の声が背後から響く。


 フロレントを抱え、咄嗟に距離を取って剣を構えた。


「よくもそこまで気配が殺せたものだ。見事だぞ、ゴグマ」


「それはすみませんねえ。驚かせるのが好きでして」


 赤い外套や白黒のチェック柄をした服。足にぴったり張り付いたようなパンツ。金の縁取りがよく目立っている。真っ白に塗った肌と真っ黒に染まった爪が印象的な骨ばった手。両目を縦に赤いラインが入り、真っ赤な丸い鼻がぴくっと動く。


 宮廷道化師のような外見をした何者かを見てフロレントはぎょっとする。背丈はそこそこに高いエスタやシャクラの倍近くあった。


「あなたがゴグマ……?」


「ええ、そうですとも! 麗しい人間!」


 気味の悪い骨と皮ばかりの細い身体つきに似合わない、大きな手のひらをばんばんと叩いてげらげら笑う。


「ワタクシこそがゴグマ! 正確な名ではございませんが、以後お見知りおきを。わずかばかりの人形劇はいかがでしたか!? 実に愉快でしょう、死体が動くんですから、それだけで退屈はしなかったはずです!」


 瞬間、エスタから放たれた圧力にビクッとする。それまでは笑顔だったゴグマが途端に声のトーンを落として「魔王の権能か、下らない」と歯を軋ませて不愉快そうに言った。


「どんなときでも笑顔がモットーではございますがね、こうも水を差されるとメイクの甲斐がないほど表情に出てしまいます。ほら見て、このべったり塗った口紅なんて最高でしょう? さっき灰になった兵士たちの血なんですよお」


 フロレントの表情が青ざめるのを見て、クックッと腹を抱える。


「貴公、それ以上口を開くな。命は惜しかろう」


「できないと思いますがね」


 ぷくうっ、とゴグマの体が大きく風船のように膨らんで破裂する。高笑いだけが洞窟の中に響き渡り、彼が存在しなかったかのように魔力の痕跡さえ残らない。僅かな魔力で作られただけの贋者(にせもの)だ。


『ではゾロモド帝国でお会いできるのを楽しみにしておりますよ! いつでもお訪ねください、楽しい時間はあなた方のために用意されているのですから!』

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