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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第12話「よく頑張った」

 やはりか、とため息をついて頭を抱えたハシスは彼女たちの願いを出来ない相談だと一蹴するしかなかった。封印の解放が事実だとすれば彼女たちを信頼するわけにはいかず、都市に甚大な被害をもたらす可能性は排除するのが適切な判断だ。命懸けでもエスタを止める方向へ舵を切るべきだろう、と。


「ここまで来てもらって、我が国の民を救ってもらっておいて、私から言うべき事が叶わぬ願いだと告げるのは心苦しいが……」


 彼が手を挙げると近衛騎士たちが剣を引き抜いて構える。


「君たちが敵に回らない可能性はゼロではない。引き下がってくれるなら良し、そうでなければここで捕らえさせてもらう。図々しい事を言うようだが、我が国を守るためだ。見逃すだけでも十分な褒美だと思ってほしい」


 ハシスの言う事は尤もだ。もしエスタほどの強さを持った者が封印から解き放たれたとして、ルバルスに千年も閉じ込められてきた魔族が味方になるとは到底考えられない。そう言う以外に選択はないと理解は出来た。だが────。


「でしたらこちらも強硬手段に出ざるを得ません。何がなんでも、今の私には必要な事なんです。ここで引き下がれば私には生き残った意味がない」


 戦わねばならない。何があっても。引き下がる事は簡単だが、前に進むのを辞めた瞬間、フロレントは死んだも同然だ。あらゆる尊厳を失い、愛した故郷は未だ闇の中にある。今のままでは立ち止まれない。決して。


「うむ……。よく頑張ったな、契約者」


 ぽんぽん優しく頭を撫でる。フロレントは出来れば血を流したくない。争いを望まない性格で、それを捻じ曲げてでも前に進むのが今は最善だと耐えている。心底から悔しい気持ちを抑えているのが握った拳から伝わった。


「────聞け、ルバルスの王よ。臣民の命が惜しいのであれば今すぐ剣を引け。でなければ私が数千、数万の命をいますぐ根絶やしにしてやろう」


 ゾッとするひと言と共に強烈な殺気が放たれる。瞬時に誰もが背筋に悪寒を感じ、全身が震えた。怖気づいた一瞬で彼らは自分たちの首や手足が体から切り離される想像を植え付けられて戦意を失わされたのだ。


「私はエスタ・グラム、魔族の王なり。貴公らの命を契約者であるフロレントが救えと言うなら救い、殺せというなら殺す。私はどちらでも構わん」


 剣を片手にハシスへ切っ先を向けてニヤリとする。


「貴公ら如き腑抜けた世代の人間共など生かす価値も殺す価値もない。獣の棲む大地で蟻のように地を這い(つくば)るだけの無能な国として歴史に名を刻みたいか?」


 やわな脅しではない。確実に実行する固い意志。先ほどまでは気丈に振舞っていたハシスも、冷や汗を掻いて震える体を無理に落ち着かせようと必死だ。


「言いたい事は分かる。だがそれでも……あの封印は我々ルバルスが代々守ってきた。触れる事も壊す事も叶わない危険な代物だと伝え聞いている。脅しに屈して差し出すはルバルスの永遠の恥になるだろう」


 なおも抵抗する姿に王の気高さを感じた。若いだけでなく芯からルバルスという国を愛し、守りたい信念を持つ。だからこそ彼女たちも引けない。


「敵対の道しかないのですか。このまま私たちが手を引いても、帝国の進撃によってルバルスが崩壊するのは見えているでしょう!」


「……それは、そうかもしれない。君たちアドワーズ皇国が数多の名を世に聞かせるほど高名な騎士たちを輩出してきた事実は我々もよく知っている」


 玉座を捨て、立ち上がったハシスは腰に携えた短剣を抜く。


「だが帝国とは無敵の集団ではない。各国が今もなお戦い、少しずつではあるが希望の兆しがある。魔族の封印を解くなど我々にはやはり────」


 何かが黒く輝いたのを見た。剣だ。装飾の派手な漆黒の剣が振られた。たったそれだけで近衛騎士たちは全員が意識を失って倒れた。


「案ずるな、誰も殺してはいない。我が魔力にあてられて耐え切れずに気を失ったのだ。だが、これで邪魔者はいなくなった」


 残ったのはハシスと彼の隣に立つ宰相の老人だけだ。


「……く、そ、それでも我々は……!」


「貴公、やはり分かっておらんようだな」


 剣を握り締めると霧散する。戦意はもはや必要なかった。


「封印の場所など聞かずとも私は探り当てられる。ここで殺しても構わんが契約者が望まぬから生かしてやっているのだ。この者の優しさとやらに感謝こそすれど刃を向けるというのであれば、貴公の首ひとつで済むと思うなよ」


 俯くフロレントを背に隠して前に出たエスタはハシスを強く睨む。これ以上の時間を割くつもりはないと告げるように。


「……陛下、もはやこれまでです。差し出がましい意見をするようではありますが、民を想うのであれば彼女らに託すのも一考かと存じ上げます」


「ケルムト……。そうだな、君には父の代から世話になっている」


 宰相ケルムトはハシスが誰よりも信頼を寄せる腹心だ。彼がそう言うのであれば、とほんの一片(ひとひら)の希望に賭けて深呼吸をした。


「わかった。君たちの提案を受け入れよう。君たちが求めている封印の魔法陣は城の地下で厳重に管理している。……ついてきたまえ」

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