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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第10話「善と悪の貌」





 エスタの思惑通り、護衛として都市ラタトスクまで生き残った村人たちを無事に送り届けた事で、彼女たちは本来受けた仕事以上の高い評価を受ける。


 大勢が既に亡くなっていた事もあって悲嘆に暮れる声も聞こえたが、それよりも二人に対する感謝や賞賛が相次いだ。特に有難かったのは、救われた人々がエスタについて一切の口を噤んだ事だった。


 盗賊団の最期を目の当たりにして人間ではない脅威を知ったはずだが、彼女たちが真実を知りながらも町まで安全に連れて行く間にエスタが鳥や鹿を狩ってくれたり、食事は自分たちで調理するよう言いながらも火をおこす手伝いをしたり、身体が痛いと泣く子供があれば休む時間も作った。


 おかげで一人も欠けたりせず、揉め事も起きなかった。都市から届く灯りがどれほど彼らを安堵と期待で癒したかを語って温かい言葉を掛けられ、エスタは人間がどうしてそれほどまでに恐怖さえ忘れて喜べるのか分からなかったが、なんとなく心地良い気分に浸る事は出来た。これが人助けという奴か、と。


「エスタ、あなたのおかげよ。皆が笑顔になったわ」


「契約者が救おうと言ったからだ」


 フロレントは向かい合って彼女の手を握る。


「あなたがいたからよ。私だけではどうにもできなかった事をあなたがしてくれたの。……ありがとう、あなたを信じさせてくれて」


 魔族が人間と相容れないとしても、エスタはそれでも助けになってくれた。救いたいと願えば救ってくれたし、その対価を要求もしない。後押しする言葉さえくれる。こんなにも頼りになる相棒がいるだろうか。心からそう感じた。


「意外とムズ痒いものだな……。悪くない気分だ」


「ふふっ、そういうものよ」


「そなたの言葉は胸に刻もう。ところで、」


 ぽりぽりと首を掻きながらエスタは興味津々に周囲を見渡す。


「王城とやらに入ったはいいが国王に謁見とは……。正直言って時間も惜しいものだ。封印の魔法陣を探して手っ取り早くここを去りたいのに」


 彼女にはあまり居心地がよく感じない。大理石の美しい廊下もぴったり敷かれた繊細な絨毯も、目を惹くような骨董品も花々も、何もかもが珍しくあるものの、どうにも落ち着かなかった。


 埃っぽくて生活にはとても適していないとしても、ざらつく石で造られた無骨な城の壁の隅に出来た蜘蛛の巣さえ愛おしくなった。


「その事なんだけど……」


 急な話だったので、報告から謁見までの時間が空いていたが、かといって部屋で待つ気にもなれなかったエスタがどうしてもと言うので扉の前で準備が終わるまで待つ事になったのだが、その際にフロレントはあるひとつの提案をする。


「正直にあなたの事を話そうと思うの」


「……は? いやいや、それでは何のためにここまで?」


 わざわざ自分の事を黙っていてもらって安全に王城へ足を踏み入れたのに、突然のフロレントの言葉には流石に動揺させられた。


「図々しいかもしれないけど誠実でありたいのよ。それにアドワーズ皇国は既に破綻しているわ。帝国の狂気がルバルスへ向かうのは火を見るより明らかだもの。彼らに全ての事実を打ち明けて協力を仰ぐ方が良いかと思って」


 元々アドワーズ皇国とも取引の多い国だ。自身は会った事がなくても、フロレントは父親がこれまでに何度も訪れているのを知っている。


 だからこそ分かる。ルバルス国王が決して人の話に耳を貸さず邪険にするような人間ではなく、エスタという魔族の存在を受け入れられないまでも帝国の進撃を食い止める手立てとして共闘は出来る可能性はあるはずだ、と。


「大変お待たせいたしました。国王陛下の準備が整いましたので、どうぞこちらへ」


 扉の向こうから近衛騎士が入室を促す。胸にある勲章の数を見て、エスタは少しだけ「戦ってみたいな」と呟いてフロレントに「駄目よ」とあっさり窘められた。いくら相手が鍛えた人間でもエスタの手に掛かれば蟻も同然なのだから。


「あまり粗相のないようにね。私が話をするから」


「無論、黙っているとも。だが……」


 そっと耳打ちして「もし私たちとは相容れなかったらどうする」と質問を投げる。基本的には争いを望まない姿勢を貫こうとするフロレントに、万が一の計画は立てているのか確かめようとした。


 彼女は気高く慎ましやかな笑みを浮かべて横目に見ながら。


「あなたの力を借りれば捻り潰すのは簡単な事でしょう」


 想定外の言葉に目を丸くする。武力など不要だとでも言わんばかりだった少女の優雅で悪辣な笑み。本人はきっと無自覚なのだろう、とエスタは笑った。


「フ……フフ、なるほど。実に私好みの良い表情だよ、契約者」


 善性を持つ少女が現実という無慈悲で残酷な世界を知り、何があっても戦い抜く道を選んだ事に感動する。崇高な目的のために立ち塞がる敵とは戦わねばならない。人間ならば誰もが悩んで通る道だ。エスタの知る平和主義者とも呼べたクレールでさえ、対話の道がないときには戦う事を選んだのだから。


「ま、そうならないように努力はするわ」


「期待している。そなたの優しさならばきっと彼の者も耳を傾けよう」

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