最後の終わりへ
当たり前にあるはずのものがない、まるで狐に化かされたみたいだ。
廊下端の教室の扉がひとりでに開いた。まるで俺たちを誘うかのように。
誰かいるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
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ガタンガタンと机とイスの動く音が止まることなく響いている。
間断なく、盛大に。複数人いるのだろうか。
俺はそろりそろりと近寄り、教室の中を盗み見た。
「…えっ」
その瞬間、音が止んだ。
気づかれたのか。
いや、そうではない。
「…見当たらない」
「え」
人影が見つからない。衣擦れの音もない。
誰もいないのだ。
俺たちは教室に入った。
「ほんとーだー誰もいなーい」
カーテンの裏、教卓、掃除用具入れのロッカーの中。
教室内を軽く探索すれば、誰も隠れていないのは直ぐにわかった。
ここは廊下端の教室で、誰かが教室から逃げることはできない。
「机とかイスがガタンガタン動いていたと思うんだけど」
「あまり乱れてないわね」
教室に入る前は、机やイスが散乱していてもおかしくないような騒音がしていた。
しかし教室内にそんな形跡はなかった。
精々、机が歪に整列しているぐらいだ。
「じゃあさっきの騒音は…?」
誰もいない、その事実に気味が悪くなっていた。
「窓ガラスから逃げたとかは」
「ここ3階だよ、椎名」
「そもそも閉まっているしな」
ガタン、誰も近くにいない机が不自然に揺れ動いた。
「だれだー」
反射的に茶々がその机に突貫をした。
「うーん、いなーい」
しかし誰も隠れていない。
「なんだろ今の」
ガタン、またも誰も近くにいないはずの場所にある机が揺れ動く。
「地震、じゃない...よね」
バタン、今度はイスが倒れた。
「えっ、え、え」
バタン、ガチャン、やがて教室内にあるすべての机とイスが揺れ動いていく。
地震では、ない。
小人がいる、なんてことはない。
細い糸で操っている、でもない。
「どうして動いているんだ!?」
物理的な動力なしで、机とイスが暴れているのだ。
「ーーーえっ」
ガチャン!大きな音を立ててイスが椎名に向かって飛来する。
「わーー」
「椎名!」
「あっぶねぇ!」
間一髪で椎名を庇えた。
硬質なガラス製ボディが鈍い音を上げたが、ヒビは入っていない。
「だっ、大丈夫なのソルト!?」
「おっおう、全然いけるいける」
実際ビビっているが、椎名も怯えているのでお相子だ。
今度は机が易意に向かって跳躍した。
「うわっ!」
反射的な回避は成功し、机は大きくガヂャ゛ン゛と音を上げて落下した。
洒落になっていない。
あんあの当たったら大けがだ。
「うひゃーーー!」
物騒な現象に茶々の腰が抜けていた。
膝が笑っている。
「よし、大丈夫だな!」
「なんかどんどん飛んでくるわよ!」
「うわぁ危な!茶々、早く立って!」
「たっ、立てなーい」
「えっ」
深刻な状況に、最悪を想定した易意。
ガチャンと音を立ててイスが錐揉み回転しながら茶々へ飛ぶ。
易意はすでに動いていた。
「ぁがっ!」
「あ、あ、あーーーー」
ガン、と大きな音を立て、不幸にもイスの角が頭に直撃した。
「や、易意!」
「えっちょ、大丈夫、じゃない!?」
膝から崩れ落ち、目がうつろになってる。
「ぅ、ぁ」
易意が気絶した。
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大きな男がコップに入った液体を少年にパシャリとかけた。
髪の毛と襟首辺りが濡れる不快な感覚には、一生慣れそうもないだろう。
「(なんだこれ)」
少年は俯いたまま、目の前の男から視線を外す。
少年を怒鳴り散らしている男は多分父親なのだろう。顔つきがどことなく似ている。
少年の態度に、男は我慢の限界という表情で無抵抗な少年の頬を叩いた。
「(…ムカつく…?)」
どうしてか、易意は男の行動に理不尽さを抱いた。
男は酒瓶を手に取り、少しふらついた足取りで部屋から出て行く。
大きな音を立てて閉まるドアに、少年はいらついた表情だ。
「(妙に既視感があるリビングだ)」
少年は心底不快な様相で衣類を脱ぎ、床にこぼれた液体を拭いた。
「(手馴れてるな、いつものことなんだろな)」
思考によぎった感想が、どこか他人事とは思えない。
少年は汚れた衣類を洗濯機に投げ入れ、台所から洗剤を水で薄めた霧吹きを手に取った。
「(確か厚手の雑巾だっけ)」
少年が次に手に取る物と場所を正確に把握している、
「(…なんで知っているんだ、僕は)」
そのことに僕は知りたくもない事実を思い出した。
「(これ僕だ)」
納得した瞬間、急速に記憶が雪崩れ込んだ。
「(ああ、なんで忘れていたんだろう。忘れていたかったんだろうな)」
現実味のない記憶に、安心と嫌悪を抱く。
急速に意識が浮上する感覚に襲われる。
「(…どうして忘れていたかっだろう)」
今までの生活と思い出した記憶を参照していく。違和感の原因を探っていく。
「(あれ、全部が変じゃないか!?)」
そもそも世界がヘンテコになっていることに僕は気づいてしまった。
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重たい水をかき分けて浮上したような疲労感と共に、僕は目を覚ました。
「あー起きたー」
「ホント!?よかったぁ」
「思っ切り頭にガンってぶつけてたからさすがにヤバイと思ってたわ、よかったぁ」
僕の無事にソルトたちは安心した様子だ。
しかしそれどころではない。
「さっきのポルターガイストなら大丈夫よ、ソルトの塩ぶつけて滅したわ。やっぱり困ったら塩ね、お母さんも言ってた」
「んー?ぽるたーかいすとーってー?」
「へっ?メジャーなオカルト現象じゃないの、ポルターガイストって」
「いや、よくわからんけど」
またしても椎名の言葉に覚えがない反応をしている。
「ポルターガイスト、思い出したさっきのはポルターガイストだ」
記憶喪失でいたかった。
「えっと、どうしたの易意くん」
「…一応聞くけど椎名さん、まだ違和感はある?」
「違和感?まぁ、うん。一応あるけど」
「原因、わかったよ」
「えっホント!?」
なぜだか僕は椎名さんに、共感を覚えた。
彼女も思い出したいのだ。忘れていたい記憶を。
僕はソルトと茶々を一瞥し、覚悟を決める。
「その前にこの学園から出よう、多分だけど凄く危険だ」
「さっ、先に聞きたい…!」
「どーしたのー」
「あっ茶々、その、易意くんが」
「おっ、もう行くのか」
椎名の懇願を無下にして僕は扉へと歩を進める。
「あっ、待ってよ」
「何かあったのか?」
なぜだか、終わりへと向かっているような気がした。




