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向かう(二つ目)ending

時間が惜しい。


「二手に分かれて行くよ!」

「わかった」

「わー」


ゴミ箱から大きく距離を取りながら壇上へ向かって走ると、


「っ!」


ゴミ箱がぴょんぴょん跳ねながら移動してくる。

そして、


「ひゃっ」


不気味な腕が中からぬるりと伸びてくる。

背筋がぞわりとした。

不気味過ぎる。異質過ぎる。

あんなのに掴まれたら死ねる。

中に引きずり込まれて死ねる。

想像したらダメな類の恐怖に、私はさらにゴミ箱から距離を取る。

ゴミ箱はそれなりに俊敏であるが、中から出てくる腕はそこまで早くはない。

そもそもゴミ箱から腕が伸びてくることが異常であるが。


「このっ!」


堪らずソルトの塩を投げるが、ゴミ箱にぶつかるだけで効果はなさそうだ。


「だっ、大丈夫か椎名さん!?」

「大丈夫!それよりも校長を!」


その瞬間、易意くんに向かってゴミ箱が飛び跳ねた。


「うわっ!」


決して素早くはない、けれど確実に恐怖が易意くんの体を怯ませた。


「易意くん逃げて!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


ゴミ箱から大きく距離を取って逃げ、結局私たちは入り付近に戻ってきてしまった。


ゴミ箱はズルズルと底を引きずりながら、体育館の中央へと戻り、やがて静かに停止した。


不気味が過ぎる。


ゴミ箱に動く気配がないことを注意深く確認して、椎名は口は開く。


「多分だけど、あれもソルトで倒せるわ」

「そっ、そうなの?それじゃぁ」

「でもゴミ箱の中に打ち込む必要があるわ」

「ひっ」


中、中だ。あの不気味で、異質な。

腕がにゅるりと入っているあの中。


「それは、怖いね」

「ええ」

「あたしにもーソルトー」


ソルトは易意くんと茶々ちゃんも持っていた方がいい。全員で狙って運良く討伐、現状これぐらいしかゴミ箱の対処法が浮かばない。


私はゴミ箱から視線を極力離さず、すり足で易意くんと茶々ちゃんに近づいた。

易意くんがソルトに手を突っ込んだ、その瞬間!


まさに強襲と言わんばかりにゴミ箱が突進してきた。


「ひっ」

「走って!」


私は反射的にソルトを掴んで、もう一度二手に分かれて走り出した。


ゴミ箱は、


「こっちに来てる!」


まだ口を開けてない。

飛び跳ねながら徐々な距離を詰めてきている。

しかもさっきより確実に早い。


怖い。

怖い。

怖い!


「んっっ!」


私は恐怖に堪らずソルトの塩を投げる。

しかしゴミ箱にぶつかるだけで動きは止まらない。


「あ」


後ろに振り返って、投げてしまった。

距離が詰まる。


がぱりと、ゴミ箱の口が開く。

中から生気を感じさせない腕が、にゅるりと。


「椎名さん!」


その瞬間、易意くんが一握りの塩を投げた。

決して近くない距離から放たれる粒は、拡散して飛ぶ。

ソルトの塩は、


当たった。


ゴミ箱は悶えるように倒れ伏した。

当たりはしたがそんなに多くはなかったと思う。

ゴミ箱はゴロゴロと左右に転がっている。

痛みを我慢して暴れているように見えなくもない。

後一回、ソルトの塩をぶち込めば倒せる。

しかし蓋は閉まっている。


「どうする、椎名さん」

「もう無視して校長捕まえに行く?」


少し思案して、

ゴミ箱から視線を外した。


外してしまった。


私はゴミ箱の体当たりに反応することができずに、背中を強打した。


「痛っ」

「椎名さん!」


ゴミ箱が口を開く。


「くそ!そこから離れろ」


易意くんがゴミ箱の胴体を掴んで私から引き剥がそうとする、けど、


「うわっ!」


掴み返された。私と易意くんがゴミ箱に捕まった。

あ、ヤバイ。

怖い。

泣きそう。


「うりゃーーー!!」


バシーン

そんな効果音が出そうな投擲がゴミ箱の中に打ち込まれた。


「茶々ちゃん!」

「茶々さん!」

「やったーー!」


茶々ちゃんだ。茶々ちゃんが決めてくれた。

よかった。

怖かった。


ゴミ箱からは悲鳴が轟いた。


「あ」


しまった!ゴミ箱討伐に時間をかけ過ぎた。

早く壇上に向かわないと。


「易意くん、早く校長を」

「痛っっ!!」

「易意くん!?」


膝をつき、頭を抱え、呼吸を荒げている。


「痛っ!頭が、割れるようだ…!」

「易意くん!大丈夫っ!?」


易意くんは事切れた人形のように倒れてしまった。


「茶々ちゃん!易意くんが…茶々…ちゃん」


そこにあったのはただのペットボトルのお茶だった。

茶々ちゃんじゃない。


「ソルト!易意くんと茶々が!」

「大丈夫だよ椎名、彼らは今思いだしているんだよ。さっき椎名も経験しただろう」

「ソルト…?」


なぜだか、もうすぐすべてが終わってしまいそうな気がした。


「そんなことはしてはいけない」


背後から来た存在に、私は覚悟を決める。


「校長…先生」

「こうするしか…ないのか…」


校長は一振りの槍を手にしていた。

体育祭などで見られる優勝旗だ。

…凶器?


「校長先生、もう諦めてください。あなたがこの世界を改変したのでしょう」


怯えず、臆せず、立ち向かう。

槍というわかりやすい凶器に対して怯んだら負けだと自分を鼓舞した。


ふと、槍に注目していたからか気付いたのだが、妖しい雰囲気が出ている気がする。


「あぁ、その槍か」


ソルトはポツリと、勝手に納得した。


「バレてしまっては仕方がない。忘れてもらうよ」


雰囲気どころじゃなかった。

槍が妖しげな光を灯していく。

その光が異常なものだって本能が訴えてくる。


「忘れるって、まさか記憶を消すとかですか…」

「そうだ」

「その槍で…?」

「そうだ」


校長の声には確信があった。

間違いなく記憶を消せる、その力が槍にはあるのだと。


嘘だ、そう断言できたら気が楽になれたのに。


「っ」


槍が纏う妖しい雰囲気に明確に力が宿っているのを感じる。


もしかしたら槍を奪えばなんとかなるのでは。


「そんなに大事なんですか、この世界が」


校長は目を閉じ、そうではない、それではないという意味を込めてゆっくりと首を横に振った。


「君にはわからないだろう、ワシのような者の辛さは」


その目には、深い悲しみが見て取れた。

持つ者と持たざる者の差に、校長は絶望していた。


「知りませんよ、そんなの」


しかし引き下がるわけにはいかない。

忘れていた記憶があった。

忘れていたい過去があった。


「校長先生の願いなんて知らない」


しかしそれでも、


「私は忘れていた記憶をちゃんと思い出したいんです」


忘れるわけにはいかないトラウマがあった。


「返してください、全部」


覚悟は決めた。


槍が放つ妖しげな光が徐々に強くなっている。

力を蓄えているんだ。

恐らく、私たちの記憶を改ざんするにはまだぎりぎり足りない。


「椎名、今だ!」

「むっ!?」

「あ」


不意を突いたソルトの命令に体が反射的に動いた結果、


「槍が!」


なんと校長から槍を奪取できてしまった。


「…取れちゃった」


目をパチクリして手の感触に驚く。


「…!」


すると光が一際強くなる。

槍からゾワリと不思議な感覚が伝わってきた。

しかし決して不快ではない、そのことが余計に槍の妖しさを強めた。


「かっ、返すんだ!」

「嫌ですダメです!」


奪い返そうとする校長から慌てて距離を取る。


「椎名願うんだ!元の世界になって欲しいと、強く!」

「うん!」


私は願う、こんな世界は違う。

元に戻して。


「あぁ!しまった!」


光が爆発的に世界を埋めた。


最後にソルトが何かを口にしたかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーー


十分な睡眠を取ったのか、目が自然と覚めたようだ。


起き上がると同時に伸びをすると、体が軽く感じる。

うがい用消毒液で口をゆすぎ、洗顔。

今日は親が早期出勤で家には私しかいない。

テーブルには一人分の朝ごはん。


朝ごはんは前日の夕飯の余り物を主菜に、卵焼きとお味噌汁。


私は誰に言うでもなく手を合わせる。


「いただきます」


静かな部屋に、祈りは溶けて消えた。


「…」


一口食べで、箸が止まった。

主菜の味が薄かった。

珍しいな、味が混ざり切ってないなんて。


「…ん?」


塩が欲しくなった私は台所に行こうと立ち上がろうとした、


「食卓塩だ…」


したら塩の入った瓶が既にテーブルの上にあった。

なんでこんなところに、そう訝しがって瓶を確認する。


「…あ」


なんだか見覚えのあるそれに、目を見開く。


無意識に、私は瓶を抱きしめた。


ポツリと口にした名前は、静かな部屋に溶けて消えた。

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