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また、終わりへ

様子がおかしい、易意は椎名の肩に手を置いて呼びかけ―――――


「おい、椎」

「いやあああああぁぁぁぁぁぁあ!!」


―――――椎名が発狂した。


__________________


轟々と、パチパチとした音が鬱陶しく脳内に響く。

その音に本能的な恐怖に、懐かしさすら覚える。


「(…これは、火?)」


まぶたを開いたわけでもないのに、何故か景色が映った。

それを見たことがある光景だ。


「(大きな火事…誰の家だろ)」


目を動かしているわけでもないのに、何故か視点が小刻みにブレていることに気づくだろう。


「(なんだろ…これ)」


気になって首を動かして周りを見ようとする。


「(あれ?動かない)」


しかし景色は動かない。そもそも体の自由がなかった。首を振ることも、手足を動かすこともできない。


「(えっ、なにこれ、あっ夢か!)」


ようやくこれが現実ではないことに私は気づいた。


「(明晰夢、だっけ)」


景色がボヤけた。


「(あっ、涙)」


悲しくなって流したのだと直感でわかった。

覚えがあるからだ。


「(あれ、なんで涙ってわかったんだろう)」


私は知っている。

この光景を覚えている。


「(そもそもこの景色は一体…?)」


窓ガラスが爆ぜる。

硬いガラス製の物が地面に落ちる音に、視線が反射的に吸い寄せられる。


「(あれは…ソルト?いやなんでソルト、あれはただの塩の…瓶…)」


思考が急速に冴えていく。


「(あれソルトじゃん!)」


視線は爆ぜた窓ガラス、その奥に向かう。


「(思い出した、ここ私の家だ!間違いない!なんで今まで忘れていたの!!?)」


意識が、浮上する。


「(あっ、待って!まだちゃんと思い出せてない!)」


ーーーーーーーーーーーーーー


「待って!一体なにがっ!」

「わー!」

「おわっ、寝言か!」

「違うよ、起きたんだよ」


目を覚ますと、そこはヘンテコな世界だ。

間違いなくヘンテコな世界だ。

うちの食卓塩に手足が生えて動いているとか異常以外のナニモノでもないでしょ。


「ソルト!あんたウチの食卓塩でしょ!」


おかしな歯車が少し正常になったみたいに、ソルトは微笑んだ。

…ビンが微笑むってなに。


「椎名、思い出したのか。よかった」


まだ全部を思い出したわけじゃないけど、たぶん大丈夫だ。


「なにがなんだかまるでわからないんだけど」

「椎名ちゃんもソルトもどうしたのー?」

「話は後!私も思い出したばかりで頭ん中が混乱してるんだから」


易意と茶々の手を引いてズカズカと私は歩き出す。

ソルトはそれに黙々と追従した。


私たちの歩みを止めようと黒いモヤが目の前を通せんぼしようとする。

けど、


「ソルト!」

「使え!」


そんなのもう怖くない。

私は塩を黒いモヤ目掛けてぶん投げた。


ギャーーー!


黒いモヤは甲高い悲鳴を上げて霧散した。

成仏したのね。


「よくわからないオカルトには塩!これ常識!」

「えーーーー」

「し、椎名!?」


皆んな連れて辿り着いたのは階段のあった場所だ。

未だに平地のままで、これでは三階に降りるとことはできない。

私の考察が正しければ、


「こんなもの!」


ソルトでいける。


「えっ!階段が!?」


ソルトの塩は予想通り階段をあらわにしてくれた。


「現実じゃない!」

「わーーー」


まずはこの学校から出て行くべきだろうか。

いや、違う。元凶は学校にいる。

犯人は学校にいる。


「ん?」


少し考えこんでいたからか、私は目の前のものに気付けなかった。

なんかポンポンみたいなものに顔面から突っ込んだみたい。


「…なにこれ」


手で掴んで確認すると、それはポンポンではなかった。


「ファー?」


それにも見えなくもないけど、いや待って、そもそもこれ。


「浮いてる?」


手を離すと、それは落ちることなく浮いていた。

なにかのオカルトかと一瞬考えるが、違う気がする。

頭の片隅を過ぎる違和感を掴み出せないむず痒い感覚を味わいながら記憶を確かめる。

ふと、違和感のあるものを思い出した。


「あ、校長先生のだこれ」


何かがカチリと、ハマった気がした。


「えっ、校長先生?」

「そーなのー?」


私が確信した、その時、


「そっ!それはワシのだぁ!!」


椎名の予想通りの人が現れた。


「あっ、あなたは!」


その人は未だ平地のままの階段を通過して上ってきた。


その人は立派なスーツを着ていた。若手の社会人ではないことがわかるだろう。

五十代辺りの年齢なのが見て取れる容姿には、人生の苦難が刻んであった。

この学園を背負う気概が、この男にはあった。

なにより目を引くのは、


「あ」

「毛がー」


頭皮、それも頭頂部の毛髪だ。

余りにも悲惨なその光景は目に痛い。


「こっ、校長先生。どうしたんですか」


予想以上の光景に易意はふつうにたじろいだ。

同じ男として、怖かったんだと思う。


「どうしたもこうしたもない。それを、返してくれないか」


狼狽しているのは誰が見ても明らかだ。

それでも校長はヅラを求めた。

失うわけにはいかないという執念が見て取れる。


「校長先生は、この学園の異変を知っていますよね」

「しっ、椎名!?」


しかし私は懇願を無視した。


「そんなことはどうでもいい、それを返してくれ」

「私の質問に答えてくれないと返せません」


現状優勢なのは私だ。


「どうして校長先生は消えている階段を上れたんですか」

「そっ、そんなの君の思い違いだ!階段は消えてなどいない」

「じゃあこのヅラはどうして浮いていたんだすか」

「ぐっ、知らない!きっと見間違いだ」


誰が見ても往生際が悪い。


「えっと、もしかして椎名はこのオカルトを起こしているのは校長先生だと思っているのかい?」

「そうよ、少なくとも知ってはいるはず」

「ホントーですかーこーちょーせんせー」

「ウッ、グググ」


どうすべきかを考えて凄く唸っている。

犯人としか思えない素ぶりだ。


「言えない…!」

「校長先生、ヅラは返せませんよ」

「そっ、そんな!」

「返して欲しければ教えてください!この学園は、この世界は!どうなっているんですか!」


校長先生は何かを知っている、私は強く確信した。


「…世界?」

「この世界はおかしい。多分今年の入学式の日から変になってる。動く無機物がいるなんて変よ!」

「動く無機物…あれ?なんか頭痛してきた」

「まさか君は、思い出したとでも言うのか!」


もう動揺を隠せていない校長に、私は勝利を確信した。

今まで抱き続けていた違和感を解消するために。

この世界に終止符を打つ覚悟を決める。


「校長先生」

「なっ、なにかな?椎名くん」

「教えてください、なにをしたのかを」


もはや言い逃れができないことを察したのだろう。視線を右往左往させ、言葉を探している。

しかし、


「お、教える…」


校長には、


「わけには…いかないのだ!ワシには何があっても守らねばならないものがある!」

「あっ」

「あー」


無様を晒してでも守らねばいけないものがあった。逃げねばならない理由があった。

校長は私たちから背を向けて逃げた。


「待ちなさい!」

「待てー」

「…あっ、待ってくれ、僕も行く!」


校長の足は歳の割には健脚だった。


「くっ、追いつけない…!」


校長が無策で走っているわけではなさそうだ。

どこへ向かっているかなんて学園の生徒なら直ぐにわかる。


「この先は…体育館!?」


逃げ場を自ら断つその行動に、なんたか胸騒ぎがした。





「やっと、追いついた」

「遅れたー」


校長は体育館の壇上だ。

逃げ場はない。


「あーゴミ箱だー」

「え」


体育館にあるはずのないものがなぜがあった。

しかも体育館のちょうど中央辺り。

ものすごく嫌な気がする。


「確か噂話に動くゴミ箱なんてのがあったわね」

「うん?それがどうしたの、それより早く校長を追いかけないと」


大きな音を立てて、ゴミ箱が口を開けた。


「ヒッ」

「うっ」


そこにはびっしりと尖った牙があった。

まるで凶暴な肉食獣だ。


「あれ、どうしよ」


体育館の番犬が現れた。

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