第90話 魔王との戦い(前編)
遂に復活した魔王、雪咲はその恐怖に何を思ったのかアメノウズメ以外をアルザース帝国へと魔法により強制的に転移させる。
そして対峙する2人、勝負の行方はどうなるのか!?
(ちゃんとアルザースに着いているといいな……)
俺はそっと目を閉じ想う、何もない黒空に顔を向けながら。背後には圧倒的恐怖が存在しているはずなのに、何故か皆が居なくなった瞬間心が軽くなった気がした。その理由は言うまでにも非ず、数分の刻が過ぎ去った後恐怖へと視線を向ける。
そこには先程の異形の姿ではなく、上半身裸の白銀の長髪男性がそこに立っていた……否、浮いていたのだ。特に魔力を感じ取れる訳もなく、翼をはためかせている素振りすら無い。
「……終わったか?」
男性は退屈そうな表情で問いかける、俺はその問いの言葉に掛けられたプレッシャーをその身に受けながらも自然と口角が少しだけ上がった。
「待たせて悪かったね」
「構わぬ、これくらいすら待てぬ我ではないわ」
ふんっと鼻を鳴らし、怪しげな笑みを浮かべながらも俺の事をじっと見つめてくる。また先程の”アレ”を使用してくるのではと警戒したが、何も起きないことからただの杞憂に終わってしまう。
「そう身構えるな、我はまだ名すら口にしてはおらぬぞ」
「そ、そうだったな……」
「改めて……我が名は”クレア・ヴィルへルア”!、この世界を統べる魔の中の王である!」
クレアが名乗りを上げると、静かだった森が急にざわめき始める。何事かと視線を向けてみると、そこには……暗闇の中に無数の紅い点が広がっていることに気が付く。その紅い点は時たま消え、まるで生物のまばたきみたいだと思い魔力を薄く広げてみる。するとあり得ない程の数の生命反応、この場だけでも千体は下らないほどの魔物の群れだった。
「ほれ、貴様も我に名乗ることを許そう」
「……」
魔物の群れに驚いているとクレアが退屈そうに言い放つ、俺は伸し掛かる重圧に負けじと薄く自身に魔力を纏わせてから口を開く。
「俺は雪咲、ただの盗賊だ」
「ほう、ユラか……もしや貴様この世界に惹き込まれた”訪問者”だな?」
「……!」
「貴様の魔力の使い方の拙さ、質、名の珍しさでそんなもの分かるわ。なんせ我を封じたのも前に来た訪問者だったのだからな」
何故それを……そういう前に先に理由を言われてしまった。
「俺の他にも訪問者とやらは居たんですか?」
「如何にも、人間達もよくやるものだ……さて、無駄な話はそろそろやめにするか?」
そう言うと、クレアは両腕をばっと広げた。刹那、黒い魔力のような靄がクレアを包み込む。俺はその魔力の少しに触れていたが、息も出来ぬ程の濃密な魔力に冷や汗が止まらない。
濃密な魔力が辺りに充満すること数秒、段々と集まっていた魔力が霧散していくのが分かる。ある程度まで霧散すると濃度が下がったのか、なんとか呼吸だけは出来るようになる。だがクレアの姿を見て、俺は言葉を失うことになる。
先程まで何も着ていなかった上半身には黒いシャツみたいな服がいつの間にか生成されており、その上から赤淵の黒き鎧を身に纏っていた。背中にはマントが風にたなびいており、腰には少し大きめの剣を携えていた。白銀の長髪は後ろで束ねており、前髪の分け目からは一本の黒い角が生えていた。
「封じられている間退屈だったのでな、早速ではあるが遊ばせてもらうぞ?」
「期待に添えるか分からないけどね……」
俺は即座に刀を生成する為に魔力を手元に集める、だが思うように魔力を操作することが出来ない。その理由はすぐ分かることになる……。
「残念だったな、この場では我がいる限り貴様は魔力を自由に扱うことは出来ぬ」
「なんつーチートだよ、それ……」
泣き言のようにぼやいていると、クレアがすぐ隣にまで瞬間的に移動していた。やばいと思いクレアの方に視線を向けると同時に、首元に向かって白銀の”何か”が目にも留まらぬ速度で迫ってきているのに気が付く。
(このままじゃ本気で死ぬ……!!)
体が思考よりも無意識に反応し、思い切り手を振り上げ俺は体制を崩す。白銀の”何か”はゴンッと言う鈍い音と共に軌道が少し上に逸れ、俺の前髪を少し切り裂いて空を切る。
「ほう……?」
クレアは空を切り動きを止めた後自身の刀身を眺める、俺はその時初めて”何か”の正体がクレアの剣だということを知る。
「……アレを避ける人間は貴様が初めてだ」
「そりゃどうも……」
口だけは余裕があるような感じだが、実際の所何かを考えている余裕がこれっぽっちも無い。先程剣を弾いた手は赤く腫れ上がり、ズキズキと痛む。ダメ元でスキルの一つ”魔王化”を発動してみる、どうせ駄目だろうなと思った矢先……何やら体に違和感を感じた。
「……!?」
「ほう」
クレアは面白そうに目を見開き口角を上げるが、俺自身途轍もない苦しみの奔流の中に居た。う薄っすらと紅の混じった黒い魔力に包まれ、俺の全身に纏わりつくように収束していく。ズキズキ程度だった手の痛みは何十倍にも膨れ上がり、目・鼻・口からは血が流れ落ち、頭の中にノイズと激痛が走り、まるで何者かに意識ごと体を乗っ取られているのでは無いかと思う程の苦しみ……否、苦しみと言う言葉では言い表せない。自分の中の全てを破壊し尽くされ、それに耐えかね思わず声を出し無意識が侭に身悶える。
腕を振るうと辺りの木々は枯れ果て、地面に頭を打ち付ければ大きな亀裂となり地面を走る。
「あっ、あぁぁぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
渾身の力を振り絞り叫ぶ、大地は微かに揺れ辺りの枯れた木々はざわめき始める。それと同時に、俺に集まっていた魔力は落ち着きを取り戻したのか一片ではなく少しずつ纏わり付くように流れを変える。その結果魔力は未だに流れ込んでいるものの、黒い魔力が隠していた俺の姿を顕にしてしまう。
顕になった俺の姿は人間とは思えぬ程の禍々しく夥しい程の魔力を纏い、筋力や骨格などの根本的な所から最早異形の者へと成り果てていた。綺麗だった黒き髪の色はまるで頭から血でも被ったのかと思うような深い朱、肌の色は生気を失い透き通る程透明な白、瞳の色はまるでオレンジを連想させるような色だ。
「……貴様、何をした?」
「っ……」
興味なのか好奇心なのか、クレアは掲げていた剣を下ろして雪咲に問う。だが当の本人は先程まで味わった地獄のせいか、その問いに答える余力が残っていなかった。そうと分かると、クレアはため息を付きながらも下ろした剣を雪咲の胸元へ向かい突き立てた。だが手応えが一切無く、視線を向けてみればそこには先程まで居た雪咲が居なくなっていた。
「何処へ……!」
そう口にしかけるも、その言葉は途中で中断されることになる。先程まで雪咲の姿を捉えていたクレアだが、瞬間の内に姿を見失ってしまっていた。感覚的に視線を思い当たる所へ向けてみるも、何処にも雪咲の姿はクレアの瞳には写り込まなかった。だが、明らかにすぐ近くに居るという気配だけを感じる。
色々と思考を巡らせている我だが、一向にユラの姿を捉えることが出来ぬ。正直な話、今まで数多もの人間を相手取ってきたがここまで到達しうる人間は一人とて見たことがなかった。この世界、の中で最強とも言われた我が、まさか翻弄される日が来ようとは夢にすら思わなかったからだ。
「調子に乗るなよ、人間が!」
魔王スキル”第六感”を使用し感知した場所に剣を振り下ろすも、一向に手応えがない。それどころか、高速で移動しているせいかユラの気配がどんどんと数を増やしているような気がしてならぬ。本来ならば絶対に有り得ぬことだが、一つだけ思い当たるスキルが脳裏を過る。
特殊スキル”瞬気”……このスキルは本来人間ではなく、足の早い天狗等の種族が会得できる唯一のスキル。目にも留まらぬ速さで移動し、相手に自身が増えたと錯覚させるようなスキルである。
以前我も天狗と相見えたことがあったものの、ここまで翻弄されてはおらなんだ。人間のくせにと言う悔しさとは裏腹に、心の底では面白いとさえ感じていた。生まれ落ちてから今まで一度も味わったことのない高揚感に身を任せ、我は魔力を開放した。
どうも、秋水です。
最近になり、ようやく身を貫くほどの寒さに見舞われてきましたね。
そんな自分はというと仕事三昧の毎日に心が休まる暇が余りありません。土日が定休日という形になってはいるのですが、会社が忙しいと出てこいなんて言って休日出勤なんてことにも……。
これ以上言ってしまうと愚痴になってしまうので言いませんが、どうかこれを見てくださっている方々には私と違い良き会社・人々に恵まれる事を……。




