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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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6/35

5/5→5/25 お前、今彼女いんの?

5/5 金曜日 PM7:00


 今日は調子が良かったのではないかと思う。昨日までのことをまるっきり覚えてないから多分だけど。


と、いうのは、なんと4000文字も書けたからだ。俺が今のような生活を始めてから二年ちょっと、仕上がっている文字数を考えると一日で4000文字はなかなかのものだ。


 最近練り直したと思われるプロットがいい味を出していたためか、ノリノリで書けた。

 で、疲れた。もう今日は書けない。そう思ったので、美味いという話のコーヒーを飲みに行き、それから駅前のコンビニに移動した。


 今日は、待ち合わせで、これから飲み会である。


 自分の置かれた状況を考えるとそんなことしてる場合かよ、とも思う。でも記憶はなくても疲れやストレスはたまるのかもしれないし、それは発散したほうがいい気もする。それに俺は酒が飲みたいんだ。


 ちょうど昼頃、修から連絡があった。


『今日、飲みに行かない? ちなみにアキラの症状は知ってるし、それでもちょくちょく飲んでるよ』


 少し驚いた。修は大学時代からの友人で、卒業してからも仲が良かったが、まさかいまだに続いていて、しかも俺の状態を分かったうえで、とは。


 正直言うと、まあ、嬉しい。というか、続いていなかったらショックだ。俺は友達が多いタイプじゃなかったしな。二年という歳月が過ぎても友人でいたことはありがたい話だ。


 だからといういわけじゃないけど、俺は待ち合わせの時間より早くコンビニについた。なんとなく雑誌のコーナーを眺めてみると……。


「え、嘘」


 週刊誌の表紙が目に留まった。国民的、といわれた五人組アイドルグループについての記事の見出しが目に付く。解散後の不仲がどうとかこうとか。別にファンとかじゃなかったけど、ちょっとショックだ。


 マジか。あの人たち解散したのか。これはなんで引継ぎ、に書いてなかったんだろう。初めて知ったのか。それとも書く必要を感じなかったのか。


「けど、世の中のことも知ったほうがいいよな……」


 といいつ俺が手に取ったのは新聞ではなくいくつかの週刊漫画雑誌だった。


 パラパラと目を通すことしばらく。


 俺は愕然とした。カタカタと小さく震えてしまう。


「マジかよ。……あの作者、死んだのかよ」


 まず、葛飾区の公園前で色々はっちゃけるおまわりさんの漫画が終わっていた。永遠に続くような気がしていたのに。あれが終わったってことは作者さんが亡くなったんだろう。……ご冥福を祈る。


 一方でいじめられっ子から日本チャンピオンになったボクサーの話は続いていた。しかし話が進んでいなかった。いつになったらカウンター使いと戦うんだよふざけんな。


 頭脳は大人の小学生が済む街では今日も元気に殺人事件が起きており、地上最強の生物は宮本武蔵と仲良くしていた。意味がわからない。


 変わるもの、変わらないもの。


 たかが漫画、たかが二年。それでも、俺はどこか感じ入らずにはいられなかった。


「アキラ」


 俺が立ち読みからの諸行無常に浸っていると、後ろから声をかけられた。


「おお、修。……おー……、お前はあんまり変わらないな」


 そこにいたのはもちろん待ち合わせの相手である修だ。白の踝丈パンツにテーラードジャケット、相変わらず、男性ファッション誌でモデルでもやってそうな爽やかイケメンである。


「そう? じゃ、行こうか。店、俺の行きたいとこでいい?」

「ああ、どこでもいいぜ」


 

 一緒にコンビニから出ると、修は俺にヘパリーゼのドリンクを渡した。マメなやつだ。


 そして移動したのはなにやら雰囲気のいいダイニング、創作料理とワインがおすすめらしい。多分、デートでも好評を得られそうな場所だ。女子力たけーな、やっぱりコイツは。


 最初の一杯は二人でビールをほぼ一気飲み。最近ではクラフトビールも流行ってるけど、日本の王道ピルスナーは普通に旨い。黄金のシュワシュワを流し込むのは快感だし、ほのかに香る柑橘類っぽい感じもよい。


で、即二杯目。

 俺はデュワーズのハイボール、修はなんたらいうオーストラリアの赤ワインを頼んだ。


「あー……、最近、どうよ?」


 おもむろに雑に話題を振ってみる。男同士の飲み会なんてこんなもんだけど、俺の場合はより切実だ。


「あ、恒例のやつだね。『引継ぎ』は今日読んでる?」


 修は俺の症状とそれに伴う生活を知っている。俺の方も、今の修がどういう状態にあるのかということくらいは一応読んできた。


「今、東大の研究室にいるんだろ?」

「去年から移籍したよ。今は研究テーマ変えて、ヒモ理論」


 なんとこの爽やかイケメンは、理論物理学者である。大学こそ俺と同じだが、俺はイギリス文学専攻というガチガチの文系で、コイツは理学部。知り合ったのはバイトが一緒だったからだ。


修は卒業後も院に残って研究を続けていた。というところまでは記憶にある。その後は修士号だか博士号だかを取り、今は卒業した大学とは別の大学で助教をやっているらしい。学問の世界は良く知らないけど、25歳でそこまで行くってことは、コイツはやっぱり相当優秀なんだろう。


 講義も持っているらしいが、コイツなら女子大生にモテモテであろうことは想像に難くない。


 俺はなんとなくハイボールを煽った。デュワーズのハイボールはやっぱり程よい甘みがあるよな、うん。


「そうかヒモ理論か。……なんかあれだろ。SFによく出てくるやつだよな。タイムスリップとかワームホール的な」


 そんくらいは知ってる。ヒモ理論が、女の人の家に住んで働かずにお金をもらうためのテクニックじゃないことは知ってる。これも読み物の影響、あと、理系マンである修が学生時代からちょいちょい話してくれていたからだ。こいつは説明が上手いのである。


「んー。それはまあ、そういう要素もあるけど。今俺がやってるのは……」


 そこから、修の研究内容のさわりだけ聞いた。ときおり質問をはさみ、専門的なことを何かのたとえ話にしたり、互いに酒を飲みつつ、ざっくりとだ。


コイツはやっぱり説明上手だと思う。俺ですらなんとなくやっていることがわかる。ああ、それはあのアニメで出てたアレか、とか答えることすらできる。


今の話は面白かったから、あとで『引継ぎ』テキストに加筆しておこう。


「うん。アキラに話すと自分のやってることが改めて確認できていいね」


 そんなもんだろうか。学者のいうことはよくわからんぜ。


「で、そっちは? 小説、進んでる?」



「今6万文字ちょっと。けど、今回は文字数多くするかもしれないし、ちょっと直したいとこもあったから、実質的には半分以下じゃねーかな」


 今の俺は、最近どう? という雑な質問にすら答えることはできない。俺には今日しかないからだ。修もわかっているから、こう聞いたんだろう。さすがは気配りの男。


 それから俺たちはアヒージョやらピザやら、あとなんだっけアレ、生野菜をディップにつけて食うアレを頼んで飲んだ。それから不完全な近況報告や、読んだ小説の話、ここ二年で起きた社会的な事件について。ジョークを交えて、たまに笑って。


 昨日の記憶がないのに、それでも俺は楽しいと感じたし、わりと盛り上がった。思うに、修のほうが日々新しい経験を積んでいて、それをネタに話が出来ているからだと思う。


 今は、まだ。


 ……最後の一杯、俺は変わらずハイボールを飲みながら、気になっていたことを聞いてみた。


「そーいや、お前、今彼女いんの?」

「いや、いないよ」

「……そうか」


 修には大学時代付き合っていた女がいた。卒業間際になかなか酷い形で振られたこいつは、しばらく飯が食えないほどに落ち込み、そんとき無理やりオデンを食わせたりもした。


 さすがにいつまでもそんな風ではなく、徐々に立ち直ってはいたけど、それでもこいつは

しばらく女の子とは付き合いたくない、と言ってたのを覚えている。


 俺は記憶していない二年という歳月はそれを変えたのだろうか。


「けど、今ちょっと気になってる人がいる。この前一回デートしたし」


 修は照れくさそうに、でもちょっと得意げに笑った。


「ちっ、このイケメンが。よし、じゃあ二件目はお前奢れ」


 俺は僻み丸出しのセリフで答えてやった。どうせ行くであろう二件目は多分バーで、俺はそこでマッカランでも飲んでやろうと思う。


「なんで俺が奢るんだよアキラ、むしろ祝ってくれてもいいんじゃないの?」

「うるせぇ」


 吐き捨てるようにそう答えて、俺たちは笑った。


 俺が失ってしまった二年という歳月。亀有公園前派出所が舞台の漫画が終わってしまったことは悲しいし、元いじめられっ子ボクサーがいまだに世界チャンピオンになっていないことはイラつく、五人組の国民的アイドルが解散したことを悲しむご婦人は多いだろう。


でも、時が過ぎるのは悪いことばかりじゃない。修の変化を感じた俺は、そんな風に思えた。


「じゃあ一杯だけ奢るよ。……にしても、アキラは凄いな」


 会計を待つ間、修はぽつりとそんな言葉を漏らした。なんだよ、良いことがあったやつに即座にたかろうとする精神力がか、よせよ照れるぜ。


「なにがだよ」


「だって、なんか普通だからさ。俺がアキラと同じ病気になったら、きっとそんな風にはしてられないと思う。もちろん、あえてそうしてるってことはわかるけど」


 ちょうどそのとき、伝票を持った店員がテーブルにやってきたので、この会話は中断となった。割り勘の計算をしつつ、俺は思っていた。


 普通にしてる、か。まあ、そう見えるならいいことだし、修も俺が努めてそうしてるってことはわかってくれてるんだろう。けど、実際のところは。


 そうでもねぇよ。


5/25 木曜日 PM11:58

 

 眠れない。論理的に考えれば眠るべきだということはわかっているが、どうしても眠れない。俺は、すでに一時間近くも自室のベッドの上で輾転反側としていた。たまに水を飲み、トイレに行き、やっぱり眠れないのでもう一度シャワーを浴びても、やっぱり眠れない。


 外で降りしきっている雨音が、妙に大きく聞こえてくる。


たとえ覚えていなくても、俺には明日の生活も、その先の生活もあるのだから、体力を回復するためには寝ないといけないのに。


 やるべきことは済ました。『引継ぎ』を読み、日向と買い物に行き、通帳の記帳を済ませ、いくつかの新しい経験をしてそれをまとめて書き残し、書きかけの小説の続きも書いた。昨日がどうだったかは知らないけど、今日はよくやったんじゃないかと思う。


 でも、眠れない。


 正直に言えば、怖いのだ。


 昼間は普通に過ごした。日向をからかったりもした。それはそれで楽しかった。

 小説だって書いた。まるでなにかを考えてしまうことから逃げるように、集中した。


 そして今、一人になって、夜がきて。


 眠ったら、明日起きたら、俺は本当に今日のことをなにも覚えていないのだろうか。

 自分の症状を知りながらも頑張ったことも。

日向が思ったより今どきの女子大生っぽいルックスに育っていたことも。

夕方に立ち寄ったカフェのウェイトレスさんが可愛かったことも。

夜になって振ってきた雨を悲しく思ったことも。

今こうして眠れないでいて、少しだけバーボンを飲んだことも、なにもかも。


全部忘れて、明日の朝目覚める。それは、今日の、今の俺が死ぬってことなんじゃないのか。


 記憶の連続性が途切れた人間は、同じ人間として生きていると言えるのか。


 それに、こんな生活を本当に続けられるのか。今日見た通帳ではまだしばらくは大丈夫なのかもしれないけど、減り続ければいつかは破綻する。


 記憶力の無い人間。さっきとは別の意味で、生きていけるのか。


 そして俺は、今こうして脅えていることを明日には忘れて、同じように明日も脅えるのか。


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。


 タフでいたいと思う。逆境でも軽口を叩くハードボイルドがカッコいいと思う。


 でも。


 眠れない。死にたくない。忘れたくない。


 明日の俺と、繋がっていたい。


「ちくしょう……」


 俺はどうせ眠れもしないベッドから這い出すと、デスクに座った。そしてPCを立ち上げる。


記憶はなくなってしまう、なら。


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― 新着の感想 ―
記憶の連続性と生死観について、とても気になっていました。 記憶に関係する症状を考える、ある意味で山場ですね。 主人公は何を思うのか、とても興味深いです。
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