表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

4/27 それもう35回目

4/27 木曜日 AM11:00


 過去の自分からの引継ぎ・連絡事項である『俺へ』のテキストファイルを読むのは一時間前に中断している。代わりになにをしていたかというと、記憶にはない自作小説のプロットと書きかけの本文を読んでいたのだ。


 これ、どうなんだろうな。毎回そうしてるんだろうか。いや、そうでもないか。

 さっき、小説本文が6万文字を超えているという衝撃を受けていなければ、たとえば3000文字くらいしか書いてなければ、俺は今も『引継ぎ』の方を読んでいるはずだ。


 そういう意味では、やっぱり毎日進まなきゃならないんだろう。


 どこか納得し、さて、続きを……! と思ったその時、部屋中に電子音が響いた。

 ぴんぽーん、というあれだ。つまり、誰かがインターホンを押しているらしい。


 勘弁してくれよ。今の俺には新聞の勧誘やら宗教のお誘いに反応しているような暇はないんだ。

 

ニコニコした眼鏡のおばさん二人に『目覚めよ』とか『あなたの人生について一緒に考えましょう』とかそういう冊子持って立たれても困る。


 無視だ無視。

 しかしおばさん二人組(仮)は


 ぴんぽーん、ぴーんぽーん、ぴぽぴぽぴん・ぽーん、ぴん、ぴん、ぴんぽん、ぴんぽんーん♪


 いい加減にしろよ。っていうかなんだよそのリズム。うるせーよ。どっかの新興宗教団体の教祖様をたたえる歌かよ。


 ぴん、


「はいはい!! なんですか!!」


 多少のムカつきを覚えながらドアを開けると、そこには二人組のオバサンではなく、女の子が一人立っていた。


「遅いよー。今日は時間ぴったりに来たのにさー」


 は? 


薄いピンクの春っぽいトップスにに短めのスカートの彼女。多分年齢は俺よりも下で、20歳くらいだろうと思われた。

ナチュラルメイクが似合う色白な肌と愛らしい顔立ち、凹凸にはやや乏しい華奢な体つき。ゆるふわ? な感じの栗色のセミロングも手伝い、まあ、美少女と言ってもいいかもしれない。


なんか、見覚えがあるような気もするけど……。


「あ、ちょっと上がるね。今日ちょっと春にしては暑いよね。麦茶ちょーだい」


 呆然としている俺を尻目に、女の子は手慣れた様子でなんの遠慮もなく俺の部屋に入ってきた。履いていたヒール高めの靴を乱雑に脱ぎ捨て、勝手に冷蔵庫を開けている。


 なんだこれ、誰だこれ。


 そこでこの岸本アキラは考えた。わりと一瞬で考え事が出来るのが俺の七つくらいあるセールスポイントの一つなのである。


 もしかして、俺の彼女か? すごいな俺、前向性健忘症にかかってなお、彼女が出来るのかイケメンすぎるだろ。そうか引継ぎテキスト『俺へ』はまだ最後まで読んでなかったな。いったいどういう風に出会ったんだろうか。あれか、ガールズバーとかの店員さんか? それとも修の彼女の友達あたりか? 


 しかも結構可愛いじゃん。女子大生かな? ふはははは。


 しかし、高稼働した俺の頭脳ではじき出された推測は一言で打ち砕かれた。


「? なにしてんの、おにー

 

 麦茶を片手にしたソイツは、ドア付近で立ち尽くしている俺に首をかしげて見せた。


 おにぃ、だと………?


「お、お前、日向ひなたか!? マジか!!??」


 俺としたことが、明らかにクールじゃない声を上げてしまった。


「え、今気づいたわけ? っていうか、今日木曜日なんだから、そりゃ来るよ」

「木曜日だからなんなんだよ!! お前、高校はどうした、なんでこっちにいんだよ!?」


 俺は、控えめに言っても動転してしまった。起床からこっち、衝撃続きだったけどこれもかなりデカいぞ。


「? ……嘘……!? ちょ、ちょっとパソコン見せて、お兄!」


 不意に、日向の顔が曇った。焦ったように俺のデスクに座り、PCを勝手に動かし始める。なんなんだよもう。

 しばらくして。


「……なーんだ。てっきり『引継ぎ』のテキストが消えたとかハードディスクがクラッシュしたとか、そんなんかと思ったよ。ちゃんと書いてあるじゃん」


 日向はふう、と息を漏らし、それから唇を尖らせて俺への不満感を表した。


「だからお前……」


「あ、もしかしてまだ全部読んでないの? これ」

 日向がPCを指さした。おそらくは『俺へ』テキストのことを言っているんだろう。


「あ、ああ」

「ダメじゃん。もう11時だよ、なにしてたわけ?」

「……小説読んでた」


 なんで俺怒られてんだろ。とか思っていると、日向の表情がまた変わった。なにが嬉しいのか、今度は笑っている。子どもみたいなその表情は、たしかに俺のイモウトのものだった。



「そっか。先週までとは違う行動パターンだね。あー、分かった。ちょっと小説読み始めたら止まらなくなったんでしょ。お兄は昔からねー」


 ししし、とアニメのイヌみたいに笑う日向を見て、さすがに俺にも理解できた。要するに、日向は俺の前向性健忘について知っているんだろう。考えてみれば、戸籍上でいえば唯一と言っていい家族が知らないはずがない。


 で、彼女コイツによれば、今日の俺は今までとは違った行動をしているらしい。多分、書きかけの小説が6万文字を超えていたからだろう。


 それにしても、コイツ、ちょっと変わりすぎだろ。いや性格は別にあんまり変わらないけど、見た目が。


 田舎モン丸出しのガキだったくせに、なにオサレ美少女ヅラしてんだよ。


「……ちょっとどけ。読むから」


 俺は日向を押しのけ、『引継ぎ』テキストを読もうとしたのだが、それは阻止された。


「いーよ。時間もったいないから口で言うし」


 すっ、と立ち上がり、そのまま俺のベッドに寝転がる日向。ワンピースがめくれている。気持ちわりーんだよ脚を隠せよ少しは。


「お、おお」


 しかし俺はちょっと気おされてしまった。畜生、日向のくせしやがって女みたいになってるからちょっと戸惑うじゃねぇかよ。


「まず、私今、横浜に住んでるから、で毎週木曜日にはお兄んとこ来てるし」

「お、おお。そうなのか……あっ、ってことは」


 俺はここで思い出した。思い出せるということは、二年以上前の記憶ということだ。

 日向は、地元で高校生だった。受験生というやつだ。こいつは結構頑張っていたと思う。偏差値が高いとこを受けるべく、必死だったらしい。俺もまあ、兄として応援していた。


それが今こっちに住んでるってことは。


「大学受かったのか!! よかったな! おめでとう!!」


 俺は素直に祝福したわけだが、なぜか日向はしばらく答えなかった。それになんだコイツ、耳が赤いぞ、二十歳過ぎたからって昼間っから酒でも飲んでんのか、さすが俺のイモウトだな。


 とか思っていると、日向はベッドの上で転がり、あおむけになった。それ抱き枕じゃねぇぞ、クッションだからな。


「……ん。ありがと。でも、もうそれ35回目」


 なにが恥ずかしいのか、それともきまりが悪いのか、日向はクッションで顔を隠して答えた。


「そ、そっか悪い」


 俺が前向性健忘を患ってから二年。きっと俺は毎回日向に久しぶりにあって、毎回同じことを言っているのだろう。にしても数えてんじゃねぇよ、なんの悪意だ。


 そういや、毎週木曜に来てるのか、もしかして結構世話をかけてるのかもしれないな。


「それにしてもお前……変わったなぁー……、最初誰かと思ったぜ」


 ふと、俺がそう漏らすと、日向はなにやら得意げな顔に変わった。


ホント、よく表情変わるやつだな。俺は無表情なほうなのだが、いや、まあ似てなくて当たり前っちゃ当たり前なんだけど。


「ふむん? ははーん、そっかそっか、ちゃんと木曜11時に来るって読んでる時も私見たときのリアクションがおかしいのは、そのせいかー、ほー、へー」


「なんなんだよ」


 俺はなにやらニヤついている日向を放置し、麦茶を飲もうとした。

 が、そこで日向は俺の声真似なのか男みたいな口調でポツリと呟く


「ヒナタ、綺麗になったぜ」


 あぶねぇ、麦茶吹くとこだった。ハードボイルドは麦茶吹かない。


「バカか」


 俺はとりあえずそれだけ言った。ほかにどうしようもないからである。


「書いとけばいいじゃん、妹の日向はめっちゃ綺麗になってる、って」


「バカじゃないの。で、何しに毎週来てるわけ」


 俺には時間がないので、妹とバカ話を続けているわけにもいかないのだ。


「ん。日用品の買い物とかー銀行で記帳とか、あとたまに映画見たりして遊んだりとか? わたし、木曜は暇だから」


 なんでそんなこと妹とするんだよ、と一瞬思ったが、まあこの場合それも仕方ないだろう。というか、ありがたい話だ。


 俺は冷蔵庫の中身すら覚えていられない、そして冷蔵庫の中身をメモする労力ももったいない状況だ。でも生活しなくちゃならない。スマホが壊れたら変えなきゃならない。


だから日向がサポートしてくれるんならそれは素直に助かる。映画とかは、ルール2にある『新しい刺激』や作家としてのネタ探しのためだろう。


「そうか、スマン助かってる」

「お、おぉ……。ご丁寧にどうも。で、でも覚えてないくせにー……」


「それでもだ」


 日向は頬のあたりを掻いて、立ち上がった。


「あ、そうそう。ちなみになんでも奢ってくれて、お昼ごはんも私の希望通りにごちそうしてもらうことになってるから、今日は何食べよっかなー。帝国ホテルのランチにしよっかなー」


 ドア前でくるっと振り返り、ワンピースの裾を揺らした日向。いたずらっぽいその顔を見ればわかるのだが、


「それは嘘だよな?」

「ホントデスヨ? オニ―ガ、オボエテナイダケデスヨ?」


 俺は軽くシャワーを浴びて髪形や服の準備を済ませると、日向に連れられるようにして部屋を出ることにした。


 ああは言ったが、実際のところなんでも奢ってやりたい気分でもある。


 俺の置かれた状況はかなり特殊で、普通なら暗くなって当然のものだし、それは家族にしても同様だろう。でも、日向は変わっていない。いや変わってたけど、変わってない。


 俺の症状が発症してから二年がたつわけだど、その間に日向は俺という問題との付き合い方を確立できたのかもしれない。それは、とてもありがたいことだ。


 普通に接してくれて、俺もそれにつられて笑えた。


「よし、じゃあ行こう。今日はやっぱりもんじゃ焼きがいいかなー」

「はいはい。チーズ入りだろ。よし行くか」



 でもきっと、これもずっとは続かない。日向には日向の人生があるし、いつまでも世話はかけられない。……やっぱり、なんとかしなくちゃならないよな。


そのために俺が出来ることは。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ