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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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32/35

11/1→11/2 俺は生きている

11/1 火曜日 AM7:23


 空が明るくなってきた。もう少しで夜が明ける。知らないうちに年を取ったせいか、徹夜は思ったよりも堪えた。


 でも、そのかいあって私小説はもうすぐ終わる。さすがに書きやすかった。なにしろ、プロットはもう完全にあるのだから。


 記録から書かれた小説は、記憶のような想像なのか、想像のような記憶なのか。

 フィクションと事実の間を揺蕩うようにして、書き続けた。おかげで眠っていないので、まだ記憶を失っていない。


 いくつかだけ、たしかなことがある。俺がその日に飲んだ酒はラフロイグで、それはスモーキーで美味しかった。修といったサウナでアイディアが閃いたとき、俺は踊りだしたいほど嬉しかった。新作がダメになったとき、俺は死んでしまいそうだった。


 たしかなことを、書いていく。

 ぜんぶ、覚えてなくても、それでも積み重ねてきた。

 結果ダメになった新作だって、二年前の俺には書けなかった。日向が大学に受かったことを嬉しく思ったし、少し大人になった修は成長を伝えてくれた。新しい出会いとそれによる変化もあった。


生きている。

生きている。

俺は、生きている!


この指先が紡ぐ文章が、そう叫んでいる。ほかの人と、きっとすべての人と同じように、たくさんの昨日が今日に伝わり、明日へと続いていく。


 私小説は、今日に追いついた。11/1 あとは最後の部分を、今の俺の気持ちを書いて……よし、終わりだ。


「……ふう。やれば出来るな俺。二日で101306文字とは超人的だぜ」


 文字数だけでいえばたしかに言葉通り。でも、俺がこんなペースで書ける小説は生涯これ一つだけだろう。


 印刷して渡すのももどかしい。俺は、完成した私小説を編集の熊川さんよりも先に、彼女に、翼さんに送った。


なんだか、すげー満足感だ。脳のどこかが熱に浮かされて踊っているみたいだ。そのダンスは激しくて、靄を吹き飛ばしかねない勢いだ。


でもとりあえず限界。寝る。



11/2 木曜日 PM7:15


 日向が昼間やってきたので、帝国ホテルのランチをおごってやった。たまには気前のいい兄なのである。まあ世話になってるし、今朝起きた瞬間、自分の脳みそに起きていた変化にも気付いて、気分もよかったしな。


 家に帰ってきて、私小説を読み返した。やっぱりよく書けてる。いつもの俺の文体とは違って、ライトノベルかと思うくらい率直で簡潔で、そのわりには抒情性が強い文章だ。これはこれで悪くない。岸本瑛の新境地だ。どうだ見たか増田先生よー。感謝しろよ。登場人物全部偽名でよかったなおい。


 とか思っていると、スマホが振動した。メッセージの着信だ。


 鈴村 翼〈全部、読んだよ。送ってくれてありがとう〉


 読むの早いな。送ったの昨日じゃねぇの? とか思っていると新しいメッセージが着信。


 鈴村 翼〈それでね〉


 俺はその短文を読むと急いで返信を打った。感想だとか彼女の考えとか、なにか言われる前に言いたかった。私小説を読めばわかったかもしれないけど、伝えたかった。本当は会ってとかのほうがいいのかもしれないけど、サラリと伝えるのもこれはこれで現代的かつ都会的で、ハードボイルドなロマンチシズムがある。俺はカッコつけだからな。


〈ちょっと待て。その前に俺の言いたいこといっていい?〉

〈いいよ〉


 俺は一度深呼吸し、指の骨を鳴らしてからメッセージを打った。


〈俺、君のことが好きだよ〉



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