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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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23/35

9/5 参考にさせていただきます

9/5 火曜日 PM8:10


「えー、であるからしてー……」


 校長先生の話すことのテンプレみたいなフレーズを壇上から話している人物は、教師ではなく会社員である。まあ、俺とは関係がなくもない。


「すなわち業界の今後がー……」


 名前は忘れたが、彼は俺が本を出しているレーベルが所属する出版社の偉い人である。

 今日はこの出版社で行っている新人賞の授賞式だ。都内の割と豪華なホテルの宴会場で行われているそれに参加するのは、四回目だった。ただしそのうち二回は記憶にない。


「そして最後にもう一つ」


 いいから、早く以上を持ちましてお前の挨拶に代えて乾杯しろ。そう思いつつ俺はあたりを見回した。


 顔を見たことのある作家や編集者も結構いるが、全然知らない人もいる。ここにいる人たちの多くは広い意味では同業者なのだが、彼らとは年に数回あるパーティでしか会うことはないし、『初めまして』な人も相当数いる。だから、俺が今の症状を抱えている限りは、どれだけパーティに参加しても顔見知りが増えることはないのだろう。

 本当は知り合っているのかもしれないが、それをすべて引き継げるわけではないからだ。


 そんな俺が何故パーティに参加しているかというと、単に古い知り合いと久しぶりに会うためとタダメシを食うためだ。コネを作って次の仕事につなげることが出来るバイタリティある作家さんもいると聞くが、少なくとも今の俺にはそれは不可能だ。


 もちろん、そんななかでこんなパーティに来るくらいだから、今日の分の仕事は終わっている。ここに向かう電車の中でクライマックスのアイディアを完全に手帳にまとめることが出来た。あとでスマホで写して、家のPCに送っておこう。


「では乾杯!」


 おっ。終わったようだ。俺はグラスに注がれて少し温くなったビールを一気飲みし、料理を取る作業に入った。これは初動が大事なのである。別に原価が高い料理ばかり取りたいのではなく単に今食べたいものを取るだけだが、出遅れると並ぶことになり、結果、食べるのが遅れる。俺は腹が減っているのだ。


 ローストビーフとエビチリ、なんか白身魚を焼いたやつ、ステーキ、ポテトサラダを皿に盛り、新しいビールを継いでもらうと円卓の一つに置いた。とりあえずこれで一安心だ。


「あ、岸本さん、久しぶりですねー」

「あ、お久しぶりです。万里小路さん」


 先輩や同期の作家と適当に談笑し、最近の筆具合をお互いに聞いたりする。俺は自分の症状が誰にどこまで知られているのかわからないので、その辺は濁しつつ彼らとの会話をそれなりに楽しんだ。


「あれ、花井さんは今日来てないんですかね?」

「え、知らないんですか。花井さん、小説やめちゃったそうですよ」

 

 そんな会話もちらほら。

 作家というのは不安定な仕事だし、売れっ子じゃなければそれほど儲からない。もっと言うと、売れなければ出版社から切られてしまうこともあり、収入がなくなったりとか、嫌気がさしたりとかで辞める人もいる。


 俺だって他人事じゃない。このパーティには、来年は呼ばれないかもしれないという恐怖はいつだってあったし、今回はひとしおだ。


 ちなみに今話している万里小路さんという若い女性は、恋愛小説を書いていて、結構売れているのだが、作家として生き残れるかということをいつも不安視している人だ。


 が、まれにそういことをまるで心配していない人もいる。


「やあ、若手作家のお二人!」


 例えば、今、俺に寄ってきたこの人なんかがそうだ。薄くなった髪を上手く流して頭皮が見えない様に計算しつくされたヘアスタイルと、いつもニヤニヤしているようにみえるタレ目が特徴的なこの人は、記憶にある姿とあまり変わっていない。スーツが高級そうなのも、デカいゴールドの時計をしていることも、美人作家で知られる万里小路さんに絡むのが好きなのも変わっていないようだ。


「ああ、こんばんは。増田先生」


 普通、作家同士では『先生』なんて呼び方はあまりしない。でもこの人のことをみんながそう呼ぶし、この人もそれを喜んでいる様に見えるので俺も別に逆らわない。万里小路さんもそれは同じで、彼のグラスにビールを注ぐ。


 まだ残っているグラスに注ぎ足すとビールが不味くなるし、ペースも乱れると思うのだが、世の中にはこれをされるのが好きでたまらない人がいるのだ。

 

「最近はどうだい? 万里小路くんは、新作進んでるの? どんな話?」

「はい。おかげさまで、もう少しで脱稿できそうでして、今度は就活中の大学生男女の……」

「そうそれは良かったね。ところで僕の新刊、もう読んだ?」

 

 このオッサン、マジで人の話を聞かないなぁ。こんくらい押しが強い方が作家としてはいいんだろうか。


「え、えーっと、まだ、その……」

 万里小路さんは言葉を濁した。まあ、多分読んでないんだろう。ちなみに俺も読んでない。記憶がないのではない。読んでいない、と断言できる。新刊どころか三巻以降は読んでない。


「そうなの? じゃああとで上げるよ、マネタンの18巻」

「は、はあ……」


 オッサン。改め増田誠『先生』は超、売れっ子作家である。デビュー作にして代表作の『マネージャーが探偵で』シリーズが大好評発売中で、1巻の発売から3年もたたずに18巻まで出ているそうだ。このオッサンはめちゃくちゃ筆が早い。


 『マネージャーが探偵で』通称『マネタン』。これはアイドル事務所で男性アイドルグループのマネージャーを務める女性が主人公のライトミステリであり、主人公とアイドルたちの恋愛模様も描かれていた。こういうタイプ、つまりは専門職の探偵や刑事以外の職業の人物が探偵役を務めていて、恋愛要素があって、泣ける話は最近流行りのスタイルで、読者層が広い。


ちなみにどこかのアイドルグループの誰かが、SNSでつぶやいたことがきっかけでブレイクし、今では実写化も漫画家もしている。実写の方はイケメン俳優をずらりと揃えてヒットし、漫画の方も有名なBL系の漫画家が手掛けて大ヒットしていて、グッズの売れ行きも素晴らしいことになっているらしい。羨ましい話だ。俺も、小説の登場人物について『誰派』かとか論争してもらいたい。


「そうだ。このあと二次会行くかい? 僕のところはお偉いさんが銀座のバーを予約してくれてるんだけど、万里小路さんもこっちにきたらいいよ」


 俺もいるんだけどね。ここには。



「え? でも編集長が二次会の居酒屋を予約してあるって」

「どうせ安居酒屋さ。最近ケチなんだよねぇ。まあ、僕のマネタン以外に最近ヒットがないから仕方ないのかもしれないけど」


 おお、キツイ。まあたしかに万里小路さんはともかく、俺のはヒットはしてないけどさ。


 にしてもすげぇなこの人。作品同様コテコテだぜ。どこかで見たことのある嫌な偉いオッサン。どこかで見たことのあるトリック。でも、少なくとも後者はあんまり叩かれていない。まあ、彼の作品のファンの人はほかの本はあまり読まないらしいし、要はやり方の問題なのだろう。


「いえ、それは悪いですし……」

「大丈夫大丈夫! ね? タクシーチケットも貰ってあげるから」


 万里小路さんが縮こまると、増田先生は彼女の肩を強引に抱いて引き寄せた。

 ふう。仕方ないな。


「増田先生、俺にも構ってくださいよ」


 俺はそういうと、増田先生と万里小路さんの間に割って入るようにして、その隙に万里小路さんは彼の腕から離れた。


「ん? えーっと、君は……岸本、レイくんだっけ?」


 この人は、何故か俺の名前を覚えない。それどころか、初めてあった時からなんだか嫌われているような気がする。こんな下っ端で、しかも作風的には絶対に被らないような若手に対してになんで反感を持つんだろう。顔が気に入らなかったりするんだろうか。


「いや岸本瑛エイです。読みましたよ、新刊。今回もすごいトリックで、驚かされました。それに何と言ってもキャラがよくて、きゅんきゅんしました」

 

 俺は名乗りなれていないフルネームのペンネームを紹介し、ビール瓶を手に取った。


「ささ、どうぞどうぞ。お強いって聞いてますよ」


 今さっき注がれたばかりなので、彼のグラスはまだそんなに減っていない。が、こうされると少しは飲んでくれる。注ぐスペースを空けないといけないからな。


「乾杯」

 俺はそう言ってグラスをぶつけ、自分の分は一気飲みする。なんの対抗心なのかわからないけど、彼も流されてかなり飲んでくれた。万里小路さんの手前、ってことだろうか。


「おお、流石です。ではもう一杯」


 さらに注いで、自分の分も注いで、また一気飲み。ま、ビールだしな。っていうかなんでこの人、無理して飲むんだろう。酒が強い方がカッコいいなんてことはまったくないのに、バカバカしい。


 さらに注ごうとすると、さすがに渋い顔をされた。そして汗がにじんだ額をブランドもののハンカチで拭いつつ、口を開いてくる。


「ううむ……。岸本くん、ところで、君の本、読んでみたよ。あれだね、若いのにずいぶん古臭い文体だね。今どきハードボイルドもないと思うよ。もっと売れ線を意識しないとね」


 とっさに思いついた話題がそれだったらしい。


「はあ」


 間違ったことは言ってないと思うけど、俺はハイ、とは答えない。せいぜい、ほお、とかふう、とかだ。


「若い人がもっと売れてくれたらいいんだよね。最近、新刊の催促が酷くて。ほかの売れない本をカバーするためっていうのはわかるんだけど、なかなか難しいよ、ははは。ああそうだ。今度は他社からも依頼があってねぇ。他の暇な作家に仕事を分けてあげたいくらいだよ」


 なにがすごいって、この人は悪気無く言ってるんだろうな、ってことがわかるのがすごい。


「参考にさせていただきます。あ、そういや、向こうの方で先生のドラマに出てた女優さんが先生探してましたよ」


 もう面倒くさくなったので、ゲストできているはずの女優さんの名前を出し、さらりと嘘をついてみる。いいんだよ。作家は嘘をつくのが商売だし、向こうは誰かしらがガードしてんだろ。


 先生は、早く言いなさいよ、と口早に言うと、立ち去って行った。ちょっとふら付いてるけど、大丈夫なのかねあれ。あとでトイレで汚物をまき散らさなきゃいいけど。


「……岸本さん、ありがとうございます」


 黙っていた万里小路さんは、しずしずと歩み寄ってきて、ドレスの裾を握ったままお礼を言ってきた。しゅん、とすまなそうにしている。


「え、なにがですか?」


 あのハゲ親父から救ってくれて、っていう意味なのはわかっているが、俺はあえてそう答えた。ハードボイルドなタフガイとは、女性をサラリと助け恩着せがましくはしないものなのである。ただ、バレないように一人脳内で、今の俺カッコよくね!? とはしゃぐだけでよいのだ。


「あ、俺ちょっとトイレ行ってきます」

 ほかに人も集まってきたので、もう大丈夫だろう。俺はそう告げると円卓を離れた。


 ちょっと飲んだし、忘れそうなので用事は早めに済ませておいた方がいい。そんなわけで、トイレでウンコしつつ手帳にメモをまとめよう。で、それが終ったら第二陣の料理を取ってもう少し飲むとしよう。



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― 新着の感想 ―
ヒューッ! さすがハードボイルドだ。嫌な奴でも何ともないぜ!
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