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僕は僕の書いた小説を知らない  作者: Q7/喜友名トト


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20/35

8/8 なんなんだよ、どうすりゃいいんだよ


8/8 火曜日 PM1:12



「うーむ」


 書いた覚えがないのに間違いなく俺の文体だとわかる。そんな小説を読むのは不思議な気分だ。ちょっと熱中してしまったようで、時計を見ると読み始めてから2時間近くたとうとしていた。


 喉が渇いた。あと腹も減った。


 俺はデスクを離れ、冷蔵庫を開けた。もうビールでも飲んでしまいたいけどそれはやめておく。どうやら俺には考えないといけないことがあるみたいだから。


 二リットルのペットボトルを取り出し、ラッパ飲みする。グラスを使うと洗い物が増えるから嫌だ。どうせ一人暮らしだしな。


 続いて、ベーコンと卵を取り出し、焼く。焼けたらパンに挟んで食う。ただ焼くだけでそこそこ旨いベーコンエッグは最近の俺の主食らしい。ゴミ箱が卵の殻とベーコンの袋でいっぱいなのがその証拠だ。


そういやベーコンエッグってどこの国でいつごろから食われるようになったものなんだろう。ネタになるかもしれないから調べとくか。


 とか考えつつ、雑なサンドイッチを食い終わるとPC前に戻る。で続きだ。


「へー……」


 この女性キャラクター。知り合いの翼という人がモデルらしいけど、なんか可愛いな。俺にしては良く書けてる。元気で人懐っこいような感じだけど、そんなに女の子女の子してないし、話し方のクセやテンポから弾んだ印象があって気持ちいい。


 ヤマトナデシコ的な清楚さや可憐さとは違うから、あんまり読者ウケはしないかもしれないけど、俺は好きだな。こういう感じ。


 知り合いをモデルに書くことで女性キャラクターの描写を補強する、という試みは割かしうまくいってるんじゃないかと思えた。


 となると、残る問題は一つだ。


 クライマックスにおける仕掛けである。殺人事件とかそういうことではなく、小説全体の印象をガラリと変えて、読者を驚かすようなアイディアが必要だ。


 これについては、昨日までの俺も解決策を生み出していない。だから、今日の俺が頑張らないといけないんだろう。


 考える。

 考える。

 考えて、考える。


 思いつかない。なにもだ。座っているからいけないのかと部屋のなかをうろついたり、外を走ったり、それでもなにも出てこない。


 結局家に戻り、PCの前で唸るが出てこない。


 もう、いいんじゃないか、今のままでも十分イケてる。そういう囁きがどこからか聞こえてきて、従いたくなる。きっと楽になれる。それにそうして書き上げた小説だってそこそこ面白いはずだし、一応は出版もされて印税は入る。俺は延命できる。


 でも、『引継ぎ』にはこう書いてあった。


 負けるな。

諦めるな。

負けてたまるか。

絶対に書くんだ。


 最高傑作を書かないといけない理由、書くべき理由、書きたい理由。それが説明されたあとの行に、『引継ぎ』のラストにわざわざデカいフォントで書かれた叫びのような言葉たち。


 そこには、意志が感じられた。過去の俺が、悩んで、迷って、それでも出した『諦めるものか』という立ち向かうための決意が。


 俺はそれを裏切りたくない。記憶力を失って、作家としても崖っぷちで、未来の希望なんてほとんどないけど、それでも、このデカいフォントで書かれたメッセージに反してしまえば、俺はきっと大事ななにかを失ってしまう気がするから。


 考えろ。考えろ。考えるんだ。


 時間が流れるのが早い。気が付けばもう日は落ちていて部屋は暗くなっている。

 明かりをつけるのももどかしくて、頭を掻きむしり、うずくまって思考を架空の世界に浸す。それでも何も……。


 あ。


 なんだろう、この感覚。なにか思いつきそうになった。今書きあがっている部分に違和感がある。おそらくは、この245頁あたりだ。なにがおかしい? なにが不自然なんだ?


 わからない。なにがおかしいんだ? 

考えろ。例えばこの部分を違う角度から見ることはできないか?

 この部分にフォーカスして、なにかを仕込む。一見あたりさわりのないこのシーンが、後半で活きるように変えられないか。展開に裏側を作り、しかし書かずに匂わすだけにとどめ、ラストシーンの主人公の独白をより強いものにすることに繋がらないか。

 

 ぞわぞわする。何かが、もう少しでなにかが出てくる感覚がある。うまく言葉には出来ないけど、今俺の頭のなかではなにかが孵ろうとしている。


 長時間集中していたためか目の奥が熱くなり、鼻血が出そうなほど考えて、頭はもう限界まで疲れているし、倒れそうだ。でもそのかいはあった。


「……いけそう……!」


 ほんのわずかな希望とともに俺は顔を上げた。そして絶望する。

 PCのワードテキスト、その下には、現在の時刻が表示されている。


デジタル表示で2:58。つまり、真夜中だ。そして俺はすでに20時間以上も起きていて、頭は疲労でオーバーヒート直前であることがわかる。最後まで抵抗するけど、これ以上思考を走らせるのはきっと、難しい。


普通ならそれでいい。一晩ぐっすり寝て、今思いつきそうだった『コレ』の続きを明日、すっきりした頭で考えればいいんだ。


でも、俺にはそれが出来ない。言語化できないアイディアは引き継ぐことが出来ないから。明日には、孵化しようとしていた卵は、俺の脳内からさっぱり消えている。


「ちくしょう……畜生……なんなんだよ!! どうすりゃいいってんだよ……ふざけんなよ」


 呻き、拳を握り、誰にかもわからない呪いの言葉を絞り出す。

 理不尽すぎるし、哀しすぎるし、悔しい。やってられねぇよこんなもん。

 また最初からやり直しかよ。こんなので締切に間に合うわけがない。

 握りしめた拳でPCを殴りかけ、必死にそれを押さえる。


 暗い部屋で一人、うずくまって、感情の波が収まるのを待つ。

 どれだけ時間がたっただろう。限界間近な頭は時間を正しく認識できていない。

 


「……わかってるさ。わかってる」

 

 俺は殴るかわりに、静かにキーボードに手を置いた。

 今日で完全なアイディアができなくたっていい。


でも一ページでも、一行でも、一文字だっていいから、意味のあることを書き残さなくちゃならない。



明日の俺が、ほんの少しでも前に進めるように。

ああ、わかった。だから『引継ぎ』の最後にはああ書いてあったんだな。俺も今、とってもそんな気持ちだ。


負けるものか。


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まるで『俺の屍を越えてゆけ』の濃縮還元エキスや! あれ? 目から変なエキスが⋯⋯ 悔しさ、託す想い、抗おうとする強さ? そういうエモい気で、大気が震えている⋯⋯
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