6/27 負けるものか
6/27 火曜日 PM2:05
平日昼間の河川敷を走っている人は少なかった。具体的に言うと、俺以外には一人もいない。
今日は過去の自分が書いた小説を読む気にはどうしてもなれなかった。しかし昼寝をするわけにもいかず、本を読んだり映画をみたりする気分にもなれなかった。どんよりと曇っている天気は、まるで俺の心情にリンクしているみたいだ。
いや逆か。このどんよりとした天候のほうが俺の精神に影響を与えているのかもしれない。あとは近所でやかましくがなり立てていた選挙カー、あるいは急にフリーズしてしまったPCも関係あるかもしれない。だって、覚えてないし読んでないけど、昨日や一昨日の俺は、一応小説を書いていたみたいだし。
「ふっ、ふっ、ふっ」
呼吸を整えて、走る、走る、走る。熱くなったのでジャージの上を脱いで腰に巻き、一度全力疾走、それからまたペースを落として走る。
立ち止まっては一人でシャドウボクシングなんかもやってみる。
「シッ、シッ、シッ!!」
ジャブ、ストレート、フックのダブル、アッパーカット。
拳を連続して繰り出し、筋肉に負荷をかける。
前向性健忘とやらのせいで俺にはここ二年の記憶がないが、思ったより動きに衰えは感じられなかった。大学でボクシングをやっていたときよりは劣るかもしれないけど、選手を引退して一年後からは変わっていないようだ。
どうやら、俺は昨日のことを覚えていられなくなってからも、時々はトレーニングをしていたみたいだ。
元々、強いとカッコいいからな! とかいうごく中二的な理由で始めたボクシングだったし、俺は別にたいした選手でもなかった。
夜道で暴漢にあっている女の子を華麗に助ける妄想や、ストイックにサンドバックを叩く姿がハードボイルドだぜ、とかいう陶酔で悦に浸っていたなんちゃってボクサーだった俺が、今もトレーニングを続けている。
……そうだろうな、と思う。
今日の俺がやっているのだから過去の俺もやったはず、というだけではない。俺が今やっているトレーニングは、一種の現実逃避だとわかっていた。
シャドウボクシングをやめて腕立て伏せに切り替える
「いち……に……さん……」
時間をかけて腕を縮めて、伸ばす。腕に乳酸がたまっていきプルプルと震えだす。
キツイ、疲れる。だから、それ以外のことが考えられない。考えないで済む。
でもそれにも限界がある。
「……100……! あー……、ふう」
腕立て、腹筋、背筋、スクワット。ノルマにした回数をこなし、芝生に転がる。呼吸が整っていくのにあわせて、頭は勝手にいろんなことを考え始めてしまうのがわかった。
「……俺、どうなるんだよ……」
さっきまでの曇り空はいつのまにか澄み渡った青空に変わっていたけど、俺の気分はそれにはリンクしてくれなかった。
「……マジかよ。本当に二年も経ってんのかよ」
信じられない。その状態でこんな生活を送っていることも信じられない。理屈で考えれば信じるしかないけど、信じたくない。
なにも、覚えていない。なのに今日がある。
足元がフワフワとする。現実にリアリティがない。自分の姿は自分が知っていたものではなく、周囲の人間の時は過ぎていて、俺は一人きり。
立っている場所に安定感がなく、背骨が抜かれてしまったような不安定さを覚える。
そして明日にはこの胸の焦燥感や虚無感も覚えていないというのだ。
俺には、昨日がない。そして、明日もない。今日は日向が来るという木曜日ではないし、修も仕事で忙しいのだろう、そしてバーに行く気にもなれないし、遠出もしたくない。きっと、誰とも話すこともなく、なにかの印象的な出来事が起こるわけでもなく今日は終わる。そして今日、今考えている『俺』は明日にはもういない。
頭が痛くなる。わけのわからない奇声をあげて転げまわりたくなる。
俺はどうなる? 日向はそのうち大学を卒業して結婚したりするのかもしれない、修をはじめとした友人たちともそれぞれの道を行くだろう。
俺が、普通の状態でいたのなら。彼らと同じように未来を生きることができてはずだ。
『俺らもオッサンになったな』なんて自虐的なこと言いながら友人と思い出話をしたり。
日向に子どもが出来たりして、甥だか姪だかわからないその子の成長を見守ったり。
俺自身がいろんな作品を書いて発表して、その反響に一喜一憂したり。
楽しみにしている漫画の続きを読んで喜んだり。
俺には、それが何一つできないのだ。
俺には人に語るような思い出はもうつくれない。ある朝起きたら実感もないまま年をとっていて、新しい親族が出来てたとしてもその子はいつでも初対面にしか感じられず、漫画を読んでもその続きが出るころにはストーリーを覚えていない。
この作品は面白かったから、記憶を消してもう一度読みたい。なんて願望はある意味では定番だし、俺もそう思ったりもした。でも冗談じゃない。忘れてしまった俺は、『俺』じゃないんだ。
気が狂いそうだ。
わかってるさ。それでも、それでも悲嘆して入院しているよりは今の状態のほうがマシなはずで、強くあろうと思った過去の俺が今こうして生きていることはわかってるさ。俺はカッコつけだからな。きっとこの二年、俺はなんとかかんとか自分を騙して、強がって、忘れたふりをしてやってきたんだ。書きかけの小説は読んでないけど、少しは進んでるらしいしな。
「けど……」
やりきれない。
だから俺は走っていて、無茶な筋トレをしていて、そして今度は
「くそったれ!!!」
河川敷に植わっている木を思い切り殴りつけた。ごっ、という鈍い音がなり、拳が傷んだ。
見れば、中指の第三関節から血が滲んでいる。
俺は、生きているのか。
今日しかない岸本アキラは、周囲の人たちと、世界と同じように生きているのか。
連続する記憶もなく、人との繋がりも築けず。
前に俺と同じ症状の大学生を主人公にした映画を観たことがある。
その主人公は愛すべき仲間たちや恋する女の子と一緒に学生プロレスをやっていて、物語のクライマックスでは、頭は覚えていなくても、頑張って習得したプロレス技を体は覚えている!という感動的な展開だった。
俺も、そうできないかな、と思ったのだ。
「無理だよな……」
でも、本当はわかっている。俺は別にそこまでボクシングが好きなわけじゃない。教えてくれる仲間やひそかに恋してるプロレス研究会のマネージャーもいない。
この拳に宿っているのは情熱でも恋でも希望でもなく、脅えと焦りと怒りだけだ。
「……」
無意味だ。帰ろう。きっと、明日の俺は筋肉痛になっていることだろう。
最悪なのは、たとえそれが筋肉痛でも明日の自分に何かを残した気になって、わずかの安堵を覚えていることだ。
俺は、死にかけているのかもしれない。
そう考えると、体中に冷たい水が満ちていく錯覚を覚える。
だから、か細くて消えそうな自分の中の火を消さないように強く思う。
負けたくない。負けるものか。
これで大体このお話の半分くらいきました。