6/13 …まじぃ
6/13 火曜日 PM3:00
よし。ひとまずはここまでだ。
早朝に『引継ぎ』を読んで、それから小説の続きを書いていた俺は、目の周りをマッサージしつつPCを閉じた。
なんでかわからないけど今日は筋肉痛もしているので、休憩を取ろう。
そう決めると、無性にコーヒーが飲みたくなった。
あれ、なんでだろう。俺は酒は大好きだが、コーヒーはそこまででもない。いや別に飲めないわけではないけど、美味いともマズイとも思ったことがない。ただ、コーヒーの味だな、ということだけがわかり、カフェインを摂取した感覚があるだけだ。もしかしたら、俺は自分で思っているより疲れていて、カフェインを欲しているのだろうか。
まあいい。ただ、外出するのは面倒くさい。
そこで俺は日向とともに買い置きしたのであろうインスタントコーヒーを入れることにした。
袋を破ってマグカップにざーっと、お湯を沸かしてそこにどぼーっと。はい終わり。
はるか昔から人類に嗜まれていて、長い歴史や深い文化を持つ飲料がわずか数分で飲めるとは、文明の進歩ってありがたいね。
「……まじぃ」
テーブルに置き、一口すすってみると感想が漏れた。あれ、マズイぞこれ。なんか舌がザラザラするし、妙に酸っぱいし。
そりゃインスタントだし、粉の分量やお湯の注ぎ方も適当だけど、それにしてもマズイ。
いや、これがコーヒーの味だということはわかるんだけど、にしてもマズイ。おかしいな、こんなにまずかったか、コーヒーってやつは。
しょうがないので、俺はマグカップに氷をぶち込み、薄いアイスコーヒーに変えて一気飲みした。まあ、カフェインの摂取という意味なら別に問題ねーだろ。
しかし本当はホットコーヒーを時間かけて飲むつもりだったので、一瞬で休憩が終わるのもむなしい。でもすぐに原稿に戻りたくはない。
「んあー……」
俺は床にゴロンと横になった。ベッドにしなかったのは、それだとマジ寝してしまいそうだったからだ。
「のあーん……」
なんかだるい。カフェインが効いてくるまでゴロゴロしてよう。
とか思って転がっていると、ベッドの下に光るものを見つけた。
「……ピアス?」
それはピンクゴールドのピアスだった。あきらかに女性物だ。
「……?」
なんでこんなもんがウチにあるんだろう。この部屋に女が来たことは……まあ、あったけど、それは二年以上前の話だ。それに、たしかその人はピアスをしていなかったと思う。
では前向性健忘を患ってからあとの話か?
いや、それはない。ピアスを外しているということは、多分その主はここで寝たということだろう。
いくらなんでも、女が泊るという大事件を俺が引継ぎに残していないはずがない。
俺はピアスを片手にしばし思案したが、とある可能性に気が付き、スマホを取り出した。
メッセージを送る相手は妹の日向だ。
〈お前って今、耳あけてたっけ?〉
冷静に考えたら、これは日向のものであるという線が妥当だ。俺が退院した最初のころは泊ってくれたりもしていたようだし、毎週木曜はやってきて、たまに昼寝したりもしているってことだし。
あるいは、俺の前にここに住んでいた人という可能性もある。たしか若い女性だったと聞いている。
日向からの返信はすぐに来た。お前講義中じゃねぇのかよ真面目に聞けよ。と少し思った。
〈耳に穴? 当たり前じゃん、開いてないと音聞こえないし〉
〈ちげーよ。ピアスしてるかって意味だよ。分かれ〉
今度は少し間が開いて返信が来た。
〈あー、そゆこと。うん。してるけど、なんで?〉
〈次来た時、物置の奥にある小物入れの中確認しろ、一番上な〉
ちなみに、物置、というのは便宜上の呼び方である。俺のアパートは2LDKなのだが、そのうち一部屋はほとんど使っておらず、シーズンオフの服を放り込んであったり、使ってない家具や荷物を置きっぱなしにしているのだ。ここを『物置』としている。ピアスはそこの小物入れに入れておくことに使用。
〈なにそれ? なんかあんの?〉
俺はそのメッセージには返信しなかった。講義は真面目に聞いた方がいいのだ。
それにしても、日向がピアスねぇ……。俺は女のピアスは嫌いではない。いや好きだ。なんか可憐というか、せくしーな感じもするからな。
でも日向がなぁ。ハタチなんだから別におかしくねぇけど……。
俺も25になるみたいだし、髪切ったり、ちょっといいスーツ買ったりしようかね。