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4/17 もしかして俺は

2017年 4/17 月曜日 AM6:30


 枕元でうるさくがなり立てるスマホのアラーム。

 起きろ起きろ起きろ、ほらほら早くしろ、そう言わんばかりにどんどんボリュームが大きくなっていくそれを止めようと、俺は目を開けて、起き上がった。


 ……あれ?


 スマホを手に取った俺はまだ寝ぼけていたけど、それでも違和感には気づいた


 これは、俺のスマホじゃない。


 まず、色が違う。それに画面のデカさが違う。それに、時間をみると今は6:30だ。時間的には都合のつきやすい仕事をしている俺は、そんなに早い時間に目覚ましをセットする習慣なんてない。そして、俺のスマホはどこにも見当たらなかった。


「……昨日、なんかあったっけ……?」


 しかしアラームはうるさいので、とりあえず停止させる。そして考えた。

 昨日はどうしたんだっけ。例えば居酒屋で酔っ払って人のスマホを持ち帰ってしまったとか、そういうことはあっただろうか。


 いや待てよ。もしかしたらバーで隣に座った女性にカクテルでも奢って、流れで部屋へ招いて一夜を過ごした。このスマホはその女性のものである。という状況か?


 いや、そこまで俺のナンパは成功率が高くない。まして、そんなことがあったら絶対に覚えているはずだ。じゃあなんだってんだろう。


 記憶の糸を手繰ろうとした俺は、猛烈な不安感に襲われた。


「あれ、あれ? なんでだ?」


 俺は昨日、横浜にいたはずだ。ツーリングをして、スーパー銭湯に入って、帰るのが面倒になったからカプセルホテルに泊まった。そのはずだ。家に帰った記憶はない。なのに、俺は今朝、住み慣れたアパートの一室で目が覚めた。なんだこれ。


飲み過ぎた日に記憶を飛ばしたことはこれまでにもあったけど、今回は違う。そもそも、飲みに行った記憶すらないのだ。


「嘘だろ。いやちょっとまってマジで」


 つい、独り言が続いてしまった。


 アルコールで記憶を失った翌朝に焦る、という経験はある。一緒に飲んでいた人に迷惑をかけなかったかとか、財布はちゃんとあるかとか、家の中でゲロを吐いたりしてないか、とかそういうやつだ。


 それですら、焦る。だから今回はさらに怖い。昨日の俺は、どうやって横浜から家に帰ったんだ? ちなみに、頭もいたくないし二日酔いの気配もない。まるで睡眠不足が続いたあとに思いっきり寝たときのように、体調は良好だ。


 OK。一回冷静になろう。記憶がない、ってのはどこからだ?


 名前、年齢、育ち、職業、今やってる仕事。……バカみたいだけど、そこから確認してみる。


 岸本アキラ、23歳、職業は小説家、今は新作の出版のために出版社に企画を出しているところ。神奈川県で一人暮らし中、彼女はいない。


 よし。大丈夫だ。ちゃんとこの部屋にも見覚えがあるし、実家の家族や友人のことも思い出せる。記憶喪失というわけではなさそうだ。


 ベッドに横たわっていても仕方がないので、俺はとりあえず立ち上がり、部屋の中を見渡した。とはいってもワンルームしかないので、それも一瞬のことだ。誰もいない。


 この謎のスマホの持ち主が、泊っていったということは、やっぱりなさそうだ。


「一回、落ち着こう、うん」


 自分にそう言い聞かせ、洗面所に向かうことにした。

 一日くらい記憶をなくしたって、そこまで大きな問題じゃないはずだ。もちろん、脳の異常とかだと困るから、それは病院に行こうと思うけど、まずは落ち着くことが先だ。


 バスルームにつながる洗面所にたどり着いた俺は蛇口をひねって勢いよく出てくる水で顔を洗おうと……。


「……これって……」


 洗面所の鏡を見て、絶句してしまった。少し汚れている鏡面には、文字が書かれていたのだ。


〈PCを立ち上げろ。デスクトップにある『俺へ』というテキストデータを開け。アキラ〉


 赤い文字で書かれたそれは、ちょっと昔のヒットナンバーの歌詞にある、伝言のようだった。もっともルージュで書かれたているわけでも、浮気をたしなめる内容でもない。


 だから、少しも可愛くないし、オシャレでもない。ただ、さすがにゾッとした。

 俺にはわかったのだ。その文字を書いた人間が誰なのか、ということが。


 これを書いたのは、俺だ。けっして上手くはない文字。おそらく人生で一番書いたであろう『アキラ』という文字列の癖、それは、完全に俺のものだった。もちろん、書いた記憶などない。


 なにか、とんでもないことが起きている。体の芯が冷えたようなその感覚。俺はその文字をよく見ようとして鏡面に顔を近づけた。そこでさらに気づいたことがある。


 これ、俺か?

 

 鏡に映る男は、俺のイメージしている『俺』とは少し違っていた。まず、髪が長い。最後に散髪してから二週間経っていないはずなのに、俺の髪形は見慣れたツーブロックではなく、ミディアムショートの長さになっていた。緩いパーマまでかけている


 それから体つきも違う。大学時代にボクシングをかじっていた俺は、減量の名残で少し細かった、けど今見ている体はすこしガッチリしていて、細マッチョと言ってもいい感じになっている。


 それ以外にも様々な差異が感じられるが、一言でいえばこういう風に見える。


 俺は、年を取っている。


大学を卒業して一年も経っていないはずだが、今見ている自分の姿は20台中ほどくらいにみえる。少年っぽさが消えており、より青年らしくなっている。


 もしかして俺は……。


 叫び声をあげそうになったが、それはなんとかこらえた。


 どうすればいい? これは明らかに異常な事態だ。家族に連絡をしたり、救急車でも読んだ方がいいのか? いや、まずは。


 俺はよろけながらも部屋に戻り、PCを立ち上げた。あの鏡のメッセージは俺の字だった。なにはともあれ、まずは事態を把握しなくてはならない。


「ほんとに、あった……」


 デスクトップ画面には、俺の知らないテキストファイルがいくつも保存されていた。


 『新作 プロット』『新作 執筆中 2017/4/16』『新作 熊川さんチェック2回目』……、そして、『俺へ』


 このPCにはパスワードを設定している。そしてそれはどこにもメモしていない。俺だけが知っている、規則性のない文字列だ。それなのに、誰かがこのPCを立ち上げてファイルを保存しているのだ。


 誰か。いや、ある可能性に思い至ってはいる。このファイル名のつけ方は、俺が小説を執筆中にやるのと同じ方法だ。でも、なんでそんなことをしている?


 タフガイを目指す俺らしくもなく、指先が震えて、唇が渇いた。



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