ハナの生活① 帰り道は脳内が賑やか
キィィィ————
ほんの少し耳障りな音を上げながら、電車がホームへと滑り込んでいく——
ぞろぞろと駅のホームへ流れ出る人々…
人混みが苦手な私は、あえて最後に降車する。
もう夕方…
仕事ですり減った脳と身体には、刺激は少ない方がいいのだ。
人がまばらになった頃を見計らい、階段をゆっくりと降りていく——
今日もここまで帰ってきた…!
なんだかんだ言っても、最寄りの駅までくると安心する。
帰ったら何を食べようかな…?
もしかしたら、優しい同居人が晩御飯を用意してくれてるかもしれない。
でも、あの子は何かに集中すると時間を忘れるところがあるからな…
念の為、冷凍食品の在庫を思い出しながら、改札で鍵を取り出して…
———3秒フリーズする。
「えっと………」
……疲れてる脳がやっと動き始め、手に持った鍵をささっと鞄に戻す。
代わりに、交通ICカードを取り出した。
遅れて恥ずかしさがやってきたが、極めて冷静に、何事もなかったかのように振る舞えた……はずだ。
一応、他の乗客が周りにいなかったか確認する。
駅員さんのいる窓口には、あえて目線を向けずに通り過ぎた——
……
普通に考えれば、改札口に鍵が入るわけがない。
でも、人間の脳っていうのは不思議なもので、疲れていたり注意散漫になっていると、こういったミスをする。
例えば、駅の改札や家の扉など、何かを通過する為に物を出す——
これが習慣化すると、“取り出す物”を置き換えてしまうことがあるそうだ。
心理学ではこれを「スリップ現象」というらしい。
…なんでこんな専門的な話をしているのかというと、間違えたのがまだ少し恥ずかしいからだ。
……
駅から外に出ると、噴水のある広場が目に入る——
駅周辺は商業施設が点在しており、人の往来もそこそこある。
逆に、駅から少し離れるとシャッター街が多く、人もまばらになる。
私は、栄えているのか廃れているのかよく分からないこの街が結構気に入っている。
行政は、この街を“副都市”と呼んで、店を誘致しようとしたり、人口を増やそうと躍起になっている。
しかし、その成果は微々たるもの…というより全くなく、緩やかに衰退しているのが現状だ。
そもそも、ここの駅には快速すら停車しない。
普通電車でしか降りれない街を副都市と呼ぶのは無理があると思う…。
でも、これくらいの街の方が私には合っている。
ちょっと廃れているおかげで、駅近の家に住むこともできた。
……
駅から徒歩3分——
見慣れた集合住宅も、いつもより輝いて見える…
なんちゃって副都市万歳…!
心の中で万歳をしながらエレベーターに乗り込んだ。
早く帰りたい気持ちが溢れ、上着のボタンに手をかけるが最後の理性で踏みとどまる——
エレベーターを降りてすぐ横の301号室…
鞄から交通ICカードを出しそうになりながらも、なんとか正解の鍵を手に取る。
ガチャ……
何の変哲もない鍵を開ける音の、なんと耳心地の良いことか…
ただいま我が家……!!
今日も私は勝利した!!
何に勝利したのかは分からないけど…
でも、圧倒的な自由を感じているのは確かだ。
広い外の世界から、閉鎖的な家の中に入ったはずなのに、むしろ解放的な気分になる———
「ただいまー!会いたかったよ、ハロ!」
「ん…おかえり、ハナ」
部屋からは、いつもの気だるげな声が聞こえてきた。
ハロは返事を終えると手に持った服をテーブルに置く。
そして、首や肩をぐるぐる回し始めた——
どうやら、かなり長い間、セーターの毛玉を一生懸命取っていたようだ…
おそらく時間も忘れて没頭していたのだろう…いつものことだ。
よし……じゃあ晩御飯は冷凍の唐揚げだ!!




