42 真剣交際への障壁
ねえ? 私は風呂から上がった天川にどういう顔をして会えばいいの?
キッチンでお雑炊を煮ながら、ソワソワ落ち着かない。
───あ! 足音。
キャー! こっちに来る。
───気配!!
横顔に感じる視線。
もうちょっと待って。心の準備が出来てないの。
「えっと・・・すぐお雑炊持って行くから、向こうで座ってていいよ?」
なのに天川はもぞもぞしながら私の横に来た。
「あの・・・暮科先輩。僕のためにありがとうございます」
「う、うん・・・・」
お玉を持つ私は、ぐつぐつ泡立つ鍋から目を上げられない。どうにも気まずい。だって変に意識してしまう。あなたは、ほんの数十分前とは全く存在になってしまったの。
変な間が空いてしまってるけど、次の言葉が見つからない。
口達者な私だというのに。
「あの・・・・さっき僕・・・あんな告白をしてしまって・・・」
私はトレーに乗せた雑炊を持って、思い切って天川と目線を一瞬だけ合わせた。
「・・・うん」
顔がカーっと熱くなって、視線は雑炊に戻した。
ほわほわ立つ湯気が私の頬を余計に熱くしてる。
「すみませんでした。あれは聞かなかったことにしてください」
「・・・エッ?」
びっくりして顔を上げた。
────なに? その手のひら返し!
不意打ち・一撃・衝撃。
そう、あの諺。
鳩に豆鉄砲状態。
キュッと結んだ天川の唇は、何かに耐えて横に小さくヒクヒクしてる。緊張の強張りが現れた佇まい。
急展開の急展開。
180°回って180°リバースしたって、それってもう私たち、元の場所には戻ってないし戻れない。わかって言ってるのよね?
反転。その心を教えて。
「あの・・・すみませんでした」
自分の体の芯がスーッと冷えていくのを感じる。
私は、ほわほわ湯気が立つお椀が乗ったトレーを、調理台にスッと戻す。
聞きたいのは口先の謝罪じゃない。理由。
だから────
言わせる。キミに。
「・・・なら私は同僚の年下の男にからかわれたってことで良いのかな?」
冷たさを滲ませた言の葉の矢を突き刺す。
「・・・私、なんだかとても惨めな気分よ?」
そのまま天川の脇をスッとすり抜け、玄関から外に出た。
「あっ、待っ──────」
大きな音でバタンと扉が閉まって声が途切れた。
あー、今日はいいお天気ね!
ズンズン歩いて意味もなく畑に向かう。
なぜだか涙が一筋流れてることに気がついて指で拭った。
辺りにはトマトの木の独特な青臭い匂いが立ち込めてる。私と同じ位の背の、支柱に支えられたトマトの木が左右の畝に沿って並んでる。半分色づいたトマトもある。もうすぐ出荷出来そう。
泣きながら大声で悪態を叫びたい私と、一方で自分を冷静な目で俯瞰してる私がここにいる。
天川は私を追って来る? それとも────
もちろん追って来るよね? 私のこと、本気だったのなら。
────でないなら許さない!!
彼がここに来るまでは、私が玄関を飛び出てから10秒も無かったかも知れない。けど、すごく長く感じた寸秒。
「・・・・暮科先輩。混乱させてしまってすみません」
私はふいっと声に背を向けた。
「僕が独りよがりだったって気がついたんです。暮科先輩に世話を焼かれて一人で盛り上がっていたんです。そして人間に戻ってさらに優しくされて舞い上がってしまったんです。僕は・・・普通じゃない・・・ハハッ・・・僕は・・カエル人間・・だと・・いうのに・・・」
────あなた、何を言ってるの?
「僕が・・・誰かに告白する資格なんて・・・無い・・のに」
私はくるっと振り返った。
目の前に立つ男のうっすら充血した潤んだ目を真っすぐ見て話す。
「・・・待ちなさい。天川を認めるか認めないかは告白された私次第なのではなくて?」
「・・・それは・・でも僕はカエ──フガッ」
その口に手のひらを押しつけて塞ぐ。
「カエル人間になって今のところ命に支障は出てないよね? もしも不意にカエルになってしまっても、私が見つけ出して元に戻してあげられる。ただ、その変身に何回身体が耐えられるか、何歳まで耐えられるかはわからない。ならば、元の人間に戻れるように組織に交渉しつつ、なるべく変身しないように慎重に生きればいいだけよ?」
「・・・暮科先輩、僕・・・グズッ・・・」
「私は元々、恋愛感情は別として、天川の為に命を賭ける覚悟はしてたのよ! 私に絡んだせいで天川が巻き込まれたんだもの」
「・・僕が勝手に追って来ただけです。先輩に迷惑をかけるためじゃなかった」
「ねえ? 私のこと本気で好き?」
「も、もちろんです・・・」
「なら私、暮科透子は天川江流との真剣交際をここに承諾します」
「・・そ、それでも僕は暮科先輩にとってトラブルでしかないです」
私は気持ちに応えたのに天川は喜んでくれないの? どうして?
私の怪訝に気圧されたように、キョドってうつむいて、チラチラ顔色を窺う天川。
「そ、それは・・・えっと・・・」
「ハッキリ言って!」
「・・・僕たちの子どもがカエル人間になってしまうかも・・・しれない、じゃない・・ですか?」
「え?・・・天川と私の子ども!」
ヤダ! この子ったらそんなことまで考えていたのッ!? 私たち、付き合ったからって、先はどうなってるかわからないのよ?
「そ、そんな先のこと、今から心配しても始まらないよ!」(〃ー〃)
「あの・・暮科先輩。本当に僕で・・僕でいいのですか?」
「決まりね。これから2人の時は "トーコ" って呼んでいいよ」
「・・・トーコさん、僕・・・」
本当にあなたは泣き虫ね? その泣き笑いの顔が愛おしいわ。
その頬にそっと右手の指先を伸ばす。
「・・・僕、トーコさんが好きです! たぶん初めて出会った時から」
「ありがとう。私も私をこんなにも好きって言ってくれる天川が好きって思うよ?」
「トーコさん・・・今日のこと、後悔しないで。一生・・・」
頬に触れた私の指先が、優しく握り返された。
この瞬間、もう私たちに言葉はいらないの。
私はその動きに呼応し、瞳を閉じた─────




