第79話 思い出の一風景
「ロゼさまー…その服装はなんですか。思い切り騎士の格好しているじゃないですか」
予想外の事が立て続けに起こりすぎて笑えてくる。
朝起きて用意してもらっていた食事を部屋で取り、身支度をして外へ出ると、目にしたのはお馴染みのワンピースの上にガッチリとした鉄製の鎧を着た第一王女様だ。
腰にはこれまた初めて見る大きなハサミ。剣じゃなくてハサミ?なにこれ、どう使うの?
「だってどんな魔物が出るか分からないような場所にいつもの無防備な格好で行けるわけ無いじゃない。
むしろ普段からも庭師もいざという時のためにこういう格好するべきだと思うのに」
「あーそうだったんですねー」
質問した俺に対してキリッと顔を向けられてしまった。確かに正論だけど、仕事モードの彼女はちょっと厳しくて怖めだ。はい、従います、王女様…。
深森の手前に広がる林の中までは草木が少なく、道もある程度作られているとのことで今日も馬で向かう。
昨日もお世話になった馬に「今日もよろしくね」と声をかけるとベロンっと手を舐められた。
ロゼはまたランタナ王子と馬に乗るのだろうか?
王子も今日は鎧姿で装備が多い。二人乗ったら結構重そうな格好だけど、馬は大丈夫かな?
そう思っていると、トンっと地面を蹴った彼女が宙に浮かんだ。背中には大きな白い羽が広がり、ふわりと周りに風が起こる。
「そうか、ロゼ、飛べるんだったか!」
以前、彼女の姿を見たのは月夜の下だったから。
太陽の下で見るのは初めてだ。
白い羽に光る鎧が格好いい。
思わず興奮して叫ぶと「隊員の前では敬称で呼べ」と団長に頭を叩かれた。
いてて、だってその王女様が敬称付けなくていいって言ったんだぜ?
羽を広げた彼女に対して誰も何も反応しない。ということは、少なくともここにいる皆は彼女が天族の血筋だというのを知っているのだろう。
(凄いな。ファンタジーな世界って)
これから向かう深森は魔物の住む場所。ある程度のファンタジー要素には驚かないぞ、と気合を入れて馬に跨った。
馬を走らせて二時間ほど経った頃、それまで走っていた道が途切れた。
その先は境界線を引いたかのように、一気に草木が生い茂っていて。
道の途切れ目の側の木に、馬の手綱を固定する。カランさんが何か魔法を掛けたので気になり聞いてみると、土魔法と闇魔法を組み合わせ、彼らが襲われぬよう馬達の周辺に結界を張ったらしい。うわ、やっぱりファンタジー。
土魔法と闇魔法の複合型は時々いるようで、以前王宮に竜が出現した時に、城や学園の校舎が魔物に襲われなかったのはこの結界のお陰だったそうだ。
へえ…複合魔法って色々便利なんだな…と思いながら竜と戦った時のことを思い出す。あれ…何か…俺、大事なことを忘れてる…?
「タクミ、ここからは魔物が結構いるから気をつけろ」
「あ、はい」
声を掛けられ周りを見渡すと、足元で何かが動いた。魔物…?!
「…って、ウサギ?…リス?」
思わずその場にしゃがみ込んで真面目に観察をしてしまった。どう見ても普通の野うさぎにリスだ。
野生だから少し汚れてはいるが、大学時代に行ったアニマルカフェで触れ合った癒し系と同じ…。
「もしかして小型の魔物って、これのこと?」
「ああ。そうだけど……あーそういう事か。
最近、よく現れてた異世界からの動物の事を総称して魔物と呼んでいたんだ。だけど、よく考えたら深森に住む動物たちのことも魔物と呼んでいたな。なんせ動物達にも魔力があるからな」
「…………」
最近「それ知らなかった〜」のパターン多くない?何このズレズレの勘違い。
「じゃあさ、魔物がいっぱい住んでる深森って、つまり自然豊かな森って事?!」
「そうだね」
「マジか…」
俺の中での魔物の定義が一気にひっくり返った。つまりこの世界の一般的な魔物=動物って事だ。
「じゃあ俺が乗ってた馬も魔物?」
「そう」
「王宮でよく飛んでる鳥達も魔物?」
「そうだよ。だから趣味で魔物を飼っている人も居る」
「………ペットも魔物かぁ…」
がくりと首が項垂れた。
「大型の動物に遭遇したら危険な事には変わりない。タクミ、そこは履き違えるなよ」
「……はい」
王宮に帰ったらもう一度、魔物に関する本を読み直した方が良さそうだ。いや、動物大百科とかそういうのから読もう。児童コーナーで読み直そう。
衝撃の事実を知ってからは、程々の緊張感へと変わった。
中型〜大型の動物といえば、キツネやタヌキ、イノシシ、オオカミ、クマあたりだろうか。そう思いながら森の奥へと進む。
「やはり報告の通り、魔物が少ないな」
「殆ど出てきませんね」
構えながら進んでいたが、こちらに襲ってくるような動物には遭遇しないまま進む。
「新種の花の影響かもしれないと言ってましたよね。赤い花以外の特徴は何か聞いていませんか?」
何かヒントがあれば、とランタナ王子に質問する。
「赤い花の中に何本か白いものもあったそうだ。形が独特だとも言っていた」
「赤い花に白い花…形が独特?」
日本でメジャーな花の中に赤い花って何があったっけ?色違いで白?薔薇の花、チューリップ……あと何だ?南国の…ハイビスカスだっけ?
記憶を頼りに花の種類を挙げてみるも、ピンとくるような種類は浮かばない。
考えながら歩みを進めていると、チョロチョロと水の音が聞こえ始め、近くに川が流れている事に気がついた。目的地は近いかもしれない、そう思った時に急にその場所は現れた。
「ありました!群生地で……す……」
「あ…」
目の前に広がる鮮やかな赤い絨毯。
川の流れに沿って並んで咲く姿は見事な美しさだ。
森の中なのにここだけ草木が少ない為か、日の光が明るく差し込んでいる。
突然現れた赤色に、皆が言葉を失っているようだ。
俺は、この花を知っている。
「…タクミ、見たことある花か」
ランタナ王子が視線を群生に向けたまま俺に問いかけた。
「彼岸花です」
「ヒガンバナ?」
「故郷で咲いていた花です」
「どういう花だ」
「……あまり詳しくはないのですが、この時期に咲く花です。咲く場所は田畑周りや…墓場に多くて」
「墓場に?何故だ」
なぜかと聞かれるが、これについては知らないから答えられない。だから、分かる事だけでも話してみよう。
「理由は分かりませんが、何故か多いんです。
その、少し時期はズレますが、この季節に故郷では死者が戻ると言われている期間があって。その時に墓参りに行くと、毎年必ず咲いているという花なんです。
触ったら駄目という話は聞いたことがないのですが…」
皆、その場から動かずに、じっと俺の話を聞いている。
「ロゼリス、何か今ので分かることはあるか」
「……日本にも土葬があると言ってたよね」
「うん。昔は特に多かったはず」
「もしかしたら根に毒があるのかしら」
「毒?」
ランタナ王子の隣で同じく立ち止まっていた彼女が話を始めた。
「赤い花で、根に毒のある花を植えることで地中の魔物の侵入を遮る方法があるというのを聞いたことがあるの。土葬や農作物の周りに意図的に植えていたって」
「大陸国の情報か?」
「ううん、精霊から聞いたの。昔、日本から来た人に聞いた…って。
そうね…拓巳くんと同じ日本だわ…」
「ならば日本から来た花の可能性は高そうだな。
この花がロゼリスの言う赤い花であるとしたら、最近の魔物の減少にも説明がつく。奴らはこの花を食べて毒で死んだんだろう」
ロゼリスとランタナ王子の説明を整理する。
小動物が毒を持つ彼岸花を食べ、その毒の回った小動物を中型や大型の動物が食べて死んだ。
森に住む動物達はそこから学習し、毒のあるところには近寄ろうとしなくなった。
そう考えると辻褄が合う。
「拓巳くん、白いものは何が違うの?」
「多分、変異種じゃないかな。他の部分は一緒だけど、色の情報だけ上手く伝わらなくて白になった、って感じ」
「そっか。だとしたら両方とも調査しないとだね」
ロゼリスが一歩前に出て群生へと手をかざした。
「攻撃性なし。安全に採取できるかと思われます」
そう述べたあと花の側へと近寄ると、状態の良いものを選び腰から下げていた大きなハサミをその根本へと突き刺した。
スコップのようにハサミの先で土を掘ると、球根をつけたままの彼岸花が姿勢を傾ける。
彼女は手のひらから淡く光るベールのようなものを発すると、くるりと手を回し、二輪の赤い花を覆った。
ふわりと花が宙に浮かんだ。続けて白い花も選び同じように花を覆う。
「採取完了です。ありがとうございます」
周りの皆が「よかった」と口々に言っているから、今回の目的はどうやら達成したらしい。
その間に彼女は両腕にカゴを抱えて、その中に浮かせた花を入れていた。
「……………」
目の前に広がる彼岸花の群生を眺める。
不思議な気分だ。異世界にいるはずなのに、目の前に見知ったものがあるという感覚。
ああ懐かしいな、この景色。もう少し、近くで花を見たいと思うけれど…
「ロゼ、ここの花は触らない方がいいよね?」
「可能性は低そうだけれど、何が起こるか分からないから、控えてほしいけど…どうして?」
「いや……少し、もう少しこの景色、見ててもいい?」
ゆっくりと群生の周りを歩いて、真ん中あたりで地面に座る。花には直接触れないギリギリのラインって所だ。
目の前に広がる赤い景色は、本当に懐かしい。
毎年この時期になると、父さんと一緒に母さんのお墓参りに行っていた。
いつもお墓の近くには彼岸花が一面に咲いていて。その先には小さいけど川が流れていて。天気のいい時はその場に腰掛けて、父さんとよく思い出話をして過ごしていた。
…その時に見えていた景色によく似ている。
今年はどうだろうか。
あの河川敷には、変わりなく赤い花が咲いているだろうか。今年はきっと、一人で見ることになるだろうって思っていたから。父さんが事故で死んだから。




