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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第3章 開花
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第52話 南からの知らせ

 いつもと変わらない王宮。


 いつもと変わらない城。


 この時期特有の強い日差しが、今日も朝からジリジリと肌を指していた。



 ロゼリスはいつものように深緑色の制服へ着替えると、部屋を出て中庭へ向かった。


 今日の仕事内容は今日も中庭担当。とは言っても問題が起こらない限り、私は城内や王宮内の仕事を割り振られることがほとんどだった。



 なんせ私の本業はこの国の第一王女だから。

 目の届きにくい場所での仕事を王女に割り振るのはよくないと、離れた場所の担当はなるべく避けているのだろう。



(また、だ)


 中庭の少し離れたところから視線を感じた。ちらりと視線を移すと、同じ制服の男女がこちらを見て何か話していた。



 いつもそうだ。


 同じ仕事をしているというのに、こうして距離を置かれる。


 私だって、皆と同じように色々な話をしてお仕事したいのに。


(皆と同じでは……ないからか)



 我ながら何て馬鹿げた事を思ったのだろう。私が他の人と違うことなんて、とうの昔から分かっていることだった。


「さあ、手を動かさなくちゃね」


 仕事は仕事だ。手入れを待つ花たちに、私の事情は関係ない。

 この国を守るために今日も花を守らなくちゃ。

 


 コン……



 作業の度に首飾りの石が揺れる。


 暑い太陽に負けない、赤い赤い、タクミくんの魔法石。石が目に入るたびに思い出す。先日の彼の事をだ。


 この国に、この世界に来たばかりの彼は、自身の魔法を受け入れられずに悩んでいたというのに。彼はこの夏、最上級魔法を獲得しようと決めたという。



 それに比べて私はどうだろう。

 春から何か変われたのだろうか。


 この夏。私は何かを成し遂げられるのだろうか。



(彼には、まだ話せていないことがある)



 私自身の話だ。


 国の人が殆ど知っている事。

 でも彼はまだ知らない事。王女の次に私の素性を現すもの。


 他の人とは違うもの。



 怖い。でも同時に知ってほしいとも思う。

 勇気を出してでも自分の事を知ってもらいたい、なんて。この気持ちはどこから来るのだろうか。



「やっぱり、そうなのかな」


 数日前に彼と城下町へ出掛けてから。それからずっと頭の中は彼でいっぱいだった。



 朝目が覚めた時。タクミくんも起きたかな。


 食事の最中。今日は何を食べているのだろう。



 仕事中も、眠る時も。今、あなたは何をしているの、と思うようになってしまって。


『その人のことをずっと考えるようになったら、それは恋した証よね』


 そう微笑んだ親友トレチアの言葉を思い出す。



 彼女の言うとおりなのだが、生まれてはじめてのことで。これが本当に恋なのか、私には分からなかった。


「うーん……私が、恋なんてするのかな」


 今もこうしてこんなにも他人の目を気にする私が、誰かを好きになるなんて。



「あー! もう、仕事に集中しなきゃ!」


 今は仕事中だ。恋をしていようがしてなかろうが、目の前の花たちに私の事情は関係ない。


 すると急に一人で大きな声を出したからか、中庭の多方向から視線が一気に集まり、注目を浴びた私は思わず両手で顔を隠した。



「ロゼリス様。こちらの作業は終わりました」


「分かったわ。そうしたら次はこれを……」



 庭師の仕事は、一人で好き勝手に花の手入れだけをすればいいわけではない。研究を元に構築された花植えの計画に沿って、周りの庭師たちと仕事を分担し協力して行わなければならない。


 なので例え苦手であっても、私は周りの庭師たちと必然的に話をするのだが。



 たった今、私に報告に来た庭師の彼女は。


 最低限の彼女からの報告と私からの新たな指示を受けると、視線を泳がせた後、逃げるようにして中庭の奥へと走っていってしまった。



(何を思ったのか、知りたかったな)


 でもきっと私が急に業務的なこと以外のことを話しはじめたら。彼女を不快な思いにさせるかもしれない。


 それが怖い。



 そう思った途端に少しだけ手が震えた。息の仕方を忘れかけた。慌てて胸元の石を握りしめる。


 目を瞑って思い出すのは、大丈夫と背中を撫でてくれた彼の暖かい手のひら。



 はぁ。大きな息をしたロゼリスは、再び目の前の仕事を再開した。




 昼休みを終えて、午後の仕事に取り掛かりはじめた頃。ロゼリスは作業の手を止めた。


 違和感を感じたのだ。


 天気は特に変わらずいいはずなのに、風に乗って雨雲の香りがしたのだ。


 おかしい。確か朝の水やりのときには、花の精霊たちは今日は晴天だと言っていたのに。



 花の精霊たちは不思議な力を持つ。その一つにこれからの天気の移りを予測する力がある。


 朝の起床後、身支度の途中で私の部屋を訪れる精霊たちが『白薔薇様、今日の天気はね』と教えてくれるのだ。それを私は各団体へと伝達する仕事もしている。


 彼らの天気予報はまず外れない。

 彼らの天気予報が外れる時は、必ずといっていいほど魔法が影響していた。



(雨雲? どこかで水魔法が沢山使われているのかしら)



 不思議に思いながら中庭から南側の大正門へと向かう。すると空から不自然なほどに小さな雲がこちらに向かってきた。



(あの雲、どこかで見たことがあるような)



 灰色の、厚い雲。

 形を少しずつ変えながら動く雲。


 頻繁に見るものじゃない。だが、一度どこかで見た覚えがある雲だった。



 じっとその場で雲を見つめていると、その雲はぐんぐん近づいてきて、城の上で動きを止めた。


 それまで青空の広がっていた城の上に灰色の雲が広がった。



 パタッ……パタパタ……



「……雨だ」



 大きな雨が降り始める。

 大きな雨粒が頬に落ちた。


[ロゼリス!]



 その瞬間、脳内に声が響いてロゼリスは顔をしかめた。何かを叩くような甲高い声。



[ロゼリス! お願い、彼を探して……!]


ーロゼリス! 王女と殿下が!ー



 思い出した。あの日の雨だ。


 水族の末裔・ペルシカリアが両親の危機を知らせてくれた、雨。

 

 これはあの日と同じような色の声だ。彼女の元で何か大変なことがあったのだろう。



 彼を探す。


 彼女が言う彼って、ナタムのこと? ということは、アメルアの街で彼が行方不明になったという事だろうか。

 ナタムみたいな用心深い人が、行方不明? にわかには信じられなかった。



 肌に、濡れた身体中に彼女の声が何度も繰り返し響き渡る。


 アメルアの街か。



「待って、アメルア……?」


 数日前、彼と城下町へ出かけたあの時。彼はアメルアに行くと言っていた。



「もしかして、行方不明になったのはタクミくん?」



 頭に浮かんだのは、アメルアの海岸線と大きな海。

 その中で海に引きずり込まれる彼の姿だった。



 駄目だよ、海に入ったりしたら。

 海の中にも沢山の魔物が住んでいて、それに貴方は火魔法特化だから。気をつけなくちゃ。



 そう思った途端に足が勝手に動いた。

 勢いよく身体は正門を通り抜ける。


 南大正門の前には城下町へと繋がる大きな下り階段が広がっていて。助走をつけて走ると、ロゼリスは大きく階段の目の前で地面を蹴って宙を飛んだ。



 後ろの方から複数の誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そんな事はどうでも良かった。



 彼がいなくなったというのだ。探しに行かないという選択肢はカケラも無かった。



 身体はぐんぐんと城から離れていく。


 風の抵抗を減らして進む。


 早く、着いて。



 こんなにも早く移動のできる身体を持っていて良かったと思うのは生まれて初めてかもしれない。



 そうしてロゼリスは振り向くことなく、一目散にアメルアの街を目指した。

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