第45話 親友との出会い
ガラガラと音を立てながら馬車が走る。
王都を抜けてから約二時間。
窓から見える外の景色は、建物の多く並ぶ城下の街並みからは一変し、一面麦畑へと変わっている。
ナタムは故郷アメルアを目指していた。
アメルアは王都から南に馬車で四時間ほど走った、海に面したやや小さな街だ。その途中には第二王都と呼ばれる商業の街、オリブが存在する。
隣に座る人物に声を掛ける。
途中のオリブの街で僕たちは昼食休憩を取るからだ。
「タクミ、もうすぐオリブに着くよ」
「んんっ? あーありがとう……」
眠っていた彼は僕の声で目を覚ますと、大きな欠伸をしながら車の外に視線を送り始めた。
(本当、いつどこで仲間が増えるかなんて、分からないものだなぁ)
ナタムはその横顔を見ながら、彼と初めて会った日のことを思い出していた。
新年度が始まり、三年生へと進級した四月のこと。
この国では十五歳で成人となり、同時に中等部を卒業したその後は仕事をはじめる者が多い。
また進学先を大陸国の学校にする者もいるため、王立の高等部に進学する者の割合は、やや限られていた。
その為、三年間同じ顔ぶれで過ごしていく王宮学園では、新年度とはいえど、いつもと変わらない学園生活が始まる。……はずだった。
「新しい生徒?」
「ああ、訳あり入学だが怪しい者ではない。私の保護下だ。
ナタムも気に入ると思って、早く紹介がしたくて、今日が来るのが待ち遠しかったのだ」
いつもは後から来るはずのガル様が、今日は既に席に着いていた。疑問に思い話を聞くと、どうやら卒業まであと一年というところで、編入生が来るのだという。
こんな時期に訳あり入学とは。周りの生徒に聞かれぬよう、声量を抑えて尋ねた。
「ガル様が保護責任者? って大陸国のお偉いさんとか?」
「いや、異世界人だ」
異世界人。
文献で何度か目にした事がある。過去に何人かの者が異世界から来ては、様々な文化や文明を発展させたという記述が残っている存在。
もちろん自分が生まれてからは、そういう人が現れたという話は聞いた事など無かったのだけれど。
その異世界人とやらが今からここに来ると分かり、僕はワクワクが止まらなかった。
そしてタクミが現れた。
見かけは自分と同じ人間、だがこの世界では珍しい黒い髪と黒い瞳をした彼は、不思議な雰囲気を纏っていた。
何というか、棘がないのだ。
人を疑う事なく知らずに育ったような柔らかさ。
年上だというのに僕にもガル様にも、そして他の学生たちにも同じように低い姿勢で接するところ。名を名乗って頭を下げられた時の衝撃は、今でもよく覚えている。
(身分制度の無い、ただの平民だと言っていたけれど)
その珍しい外見とヒムラという家名を持った彼は、周りからはどこか遠くの国から来た貴族の人間だと思われていた。
が、聞いてみれば彼はもともと平民出身でごく普通の生活をしてきたと言う。
(所作に品があるのは故郷の習慣なのかな)
この小さな島国の外にすら出たことの無かった僕にとって、海の向こうどころか、世界すら超えてきてしまった彼の存在は、全てが新鮮で興味深いものだった。
「タクミが火魔法の特化型とはな」
その日はタクミが鑑定を受けた。
彼が席を外した時を見計って、ガル様がそうポツリと呟いた。
「確かに珍しいけれど、それがどうかしたの?」
「いや……魔法どころか戦すら知らずに育った者が、ある日突然、攻撃性の高い能力を手に入れたら、人はどうなってしまうのか。
その時自分はどういう決断をすれば良いのか、と考えていた」
彼は魔法のない世界から来たにもかかわらず、火魔法特化型というこの国では珍しい魔力を持っていることが判明した。
同じく特化型のガル様には、何か思うことがあるのかもしれない。それは基本複合型の僕には分からないことだった。
「それはタクミが考えて自分で選ぶ事だから。僕らはその過程で一緒に考えたり悩んだりしていけばいいんじゃないの」
「……そうだな」
それからというもの、ガル様とはよく彼について話をするようになった。
タクミが現れたことで、今まで身分も能力も異なっていた僕たちには、初めてとも言える共通点ができた。
タクミの親友というポジション。
王族のガル様でも、勿論平民の僕にも、全てのことが予測つかない異世界人、タクミ。
彼の魔法に対する悩みの相談だけでなく、学業の事や異世界の話、彼特有のあれこれを二人で聞くのは本当に楽しくて。
元々二人の時は身分差を気にする関係性ではなかったけれど、彼の登場によって最近は更に仲が深まった気がする。
タクミの登場には感謝だな。と今日までの記憶を思い出しながら彼を見ていると、彼がこちらを向いた。
「そういえば昨日は入団試験だったんだよな。手答えどうだった?」
「自分の持ってる力は出せたと思う」
「そっか。受かるといいな」
先日、彼からとんでもない話を聞いた。僕が昨日試験を受けた第三騎士団の副長グロリオ様と、なんと一緒に魔物退治をしたという。
出会った頃の彼は、火魔法特化であることすら受け入れられずに悩んでいたというのに。
いつのまにかあの優秀な副長についていける程の実力を付けていたのだ。
(異世界人だからなのか、桁違いの上達度。なのに本人はまだ魔法の使い道の事で悩んでいるなんてね)
身体に心が追いつかないのは悩ましいだろう、と思いつつ、世の中平等じゃないよなぁ、と彼の横顔を眺めながらナタムは溜息をついた。
休憩が終わり、再び車に乗り込む。
「あとここから二時間くらいか?」
タクミが腕を見て時間の確認をしている。どうやらこの国で最近流行り出したという腕時計を購入したらしい。
「悪かったな。俺が馬に乗れないからって、急遽この車に変えてもらって」
「気にしないで。僕も確認してなかったから」
僕らが今乗っている馬車は、その名の通り馬が引いているものだ。
いつもなら直接馬に乗って里帰りをするのだが、朝出発しようとしたら、彼タクミが馬に乗れないことが判明した。「扱いが出来るか不安だから、出来れば直接乗るのは避けたい」という彼の意見を尊重し、今回は馬車を利用することにしたのだ。
「馬だったらもう着いている頃だろ?」
「いいよ、長期の休みだし。たまにはゆっくり帰るのも良いからね」
気にしなくていいのに、と彼を見れば、彼は未だ腕時計と睨めっこを続けていた。
「時計が欲しいなんて珍しいよね」
「あー、向こうにいた頃の癖で、すぐに時間を確認したくなるんだ」
「それ、魔物退治の報酬で買ったんだよね? 服とか買おうとは思わなかったの?」
「んー? 服は……今あるもので十分だからな」
相変わらず白や黒、単色の服装ばかりしているタクミ。装飾品と言えばその腕時計と青色の魔法石の首飾りくらいだ。
(なのに貧相には見えなくて、寧ろ上品に見えるんだから……ちょっとそれは悔しい)
そう思うのには理由がある。
この国では、単色の中でも特に黒や灰色といった色は他の色とは違い、別物扱いされている。
平民の中では“貧相色”
そして一部の貴族の中では“難関色”
というものだった。
平民が貧相色とするのは、元々は貴族王族の纏う色鮮やかな物への憧れからくる皮肉で。
貴族から難関色として扱われるのは、その黒色を扱うには高度な感性が必要とされるためである。
つまり見る相手によって大きく評価が分かれるはずの黒色は、どちらも人々が扱うのを避けたがる色だった。
(本当着こなしが上手いんだから……)
きっと物を見定める眼が育っているのだろう。平民出身で王族の親友がいる僕からしたら、その能力がもの凄く羨ましい。
彼のその色の着こなしと、そして生まれ持った黒髪に黒い目は、近ごろ王宮内に通う人たちの憧れの的となっていた。
加えて、先日初めて見せてもらった彼の故郷の服なんて、驚くほど上質なものだったから。
(まあ、僕は普通で良いけどね)
揺れる馬車はガタガタと音を立てながら南端の街、アメルアへと向かう。




