第43話 あなただけをみつめる
朝食を済ませて外に出た。
既に空高く昇った太陽からは光がチリっと肌を刺す。
本格的に暑い季節が来たな、とロゼリスは髪をかき上げた。
城内の庭には、この暑い季節を象徴する通称太陽の花と呼ばれる品種が植えられており、まさに彼らは太陽を追いかけるように天を仰いでいる。
ジラーフラの国色が黄色であるため、この黄色い太陽の花は夏の定番となっていて、街の中でもよく見かける花だ。
今日は休みの日。
夕方からは約束があるのだが、それまでは特に予定もなく、そして予定を作る事もなく今朝を迎えてしまった。
時間がたっぷりあるけれど、どうしようか……と城外へ出て王宮を散歩する。
週末という事もあり王宮内の人出は少なく、散歩をするのにはちょうど良い静かな空気が流れていた。
しばらくして職員食堂の建物が見え始める。
赤土色の石が印象的なあの建物の屋根は、実は小さい頃からの私の隠れ家として訪れる場所だった。
この国では修理でも無い限り、屋根に登ろうとする者は殆どいない。更にここの屋根は城からはちょうど陰になっていて、姿が見えなくなるのだ。
一人になるには絶好の場所だった。
(でも流石にこの季節は暑いからなー)
未だに時々登ることがある。最近は以前のように他人の目を避けるための場所ではなく、考え事や心の整理をする場所として登ることが増えているが。
今日は行くのをやめて、他のことでもしようか、と視線を上から前へと下ろしていく。
するとこの国ではだいぶ異色な格好と言える服を着た人影に、思わず視線が止まった。
タクミくんだ。
彼とは本当によく会う。
今、私の腕には気配を消す魔法具が着いている。
数年前、部屋に引き篭もり全く外へ出ようとしなかった私にガルベラが用意してくれたものだ。「これなら周りから気付かれにくいから、外に出てみろよ」と。それからは王宮だけでなく城下町まで足を運ぶようになった。
この魔法具は、使用中は使用者の気配を消す。
だから頻繁に外に出るようになった今では、護衛の代わりとして日々使用している。気付かれなければ、誰かに狙われる事もないからだ。
逆に言えば、特定の人に認知してもらうためには自ら声を掛ける必要があった。
前から少しずつ近づいてくる彼も、今は私がいる事に気付いていなくて、私から声を掛けないと彼は私に気付けないのだ。
そこでふと、疑問が浮かんだ。
今までの彼との出会いについてだ。
(あれ……? ということは、今までずっと私からタクミくんに声をかけ続けてきたってこと……?)
そうだ、先日の建国記念日の見回りでは第一王女として動いていたから、あの時は魔法具を使っていなかったけれど。
そのほかは、ほとんど使っていたはず。
「…………私からずっと?」
その事に気付いた途端、陽射しの下で熱くなっていた身体がさらに熱くなった。
私から声を掛けることは、他でもちゃんとある。
公務の時は魔法具は使わないし、家族の前でも使わない。各団長さん達や侍女さん、トレチアやナタムがいれば声を掛ける事だってある。
それについてはタクミくんと変わらない。
(じゃあ、タクミくんとの違いは何)
違うといえば、そう、今まさにこうして変に意識してしまった事だ。あとは。
(会えた時に……凄く嬉しいこと)
『ねえ、ロゼ様。最近すごく明るくなりましたよね』
『そうかしら?』
『やはり恋でもしていらっしゃるの?』
『こ、恋っ?』
夕食会を開いた次の日、トレチアとお茶をしていた時の会話を思い出す。
彼女は私の数少ない親友の一人だ。
そんな彼女に指摘された私の変化。
『その人の事をずっと考えていたり、会えた時にものすごく嬉しかったり、もっと知りたいって思ったり……あとは他の女性といるのを見て嫉妬したりしたら、それはきっと恋をしている証拠よ』
『でも、トレチアと一緒にいる所見ても何も思わないよ?』
『それは私がガルベラ様の許嫁なのを知っているからよ。
そうじゃなくて……彼が自分の知らない所で知らない女性といるのを想像したら、嫌じゃない?』
『うーん、経験していないから何とも……』
そんな話をした矢先、義兄の執務室前でタクミくんと副長の娘さんが一緒にいる所に遭遇して。
彼の口から、彼女とは図書館で仲良くなった、と言うのを聞いて。
彼女の事を、愛称で呼んでいて。
(自分でも吃驚するくらい、心がドロドロになった…)
相手は自分の半分にも満たない歳の子だったのに。
(タクミくんが横取りされたような気がして、凄く嫌だった)
あれが俗に言う嫉妬という感情ならば。
(これって……やっぱり私、タクミくんに恋してるのかな)
そう思うと胸の鼓動が早くなるのを感じた。
近づいてくる足音に視線を送る。彼は私の方は見ていなくて、行く道の先をまっすぐ見ているようだ。
タクミくん、これから何処に行くのかな。
そう彼を見続けていると、ふっと彼が私の方を見た。
「ロゼおはよう」
え?
私今タクミくんに声を掛けた?
「今日はロゼもお休み? ……ロゼ? おーい、ロゼリス?」
咄嗟に手元を確認するも、いつもと変わりのない魔法具がキラリと光っている。
「急にロゼが現れたからびっくりしたよ」
「急に現れた?」
急に私が現れた? それって私が魔力を流すのをやめたから?
「俺に気づいたから魔法流すのやめたんじゃないの?」
「……そうです?」
「何で急に敬語で疑問形なの?」
そうだ、魔法を流すのをやめたのだ。
彼に気づいて欲しいって思って。無意識のうちに。
「……っ」
「あれ、また固まっちゃった」
ああ、どうしよう。
意識しだした途端に自分じゃない自分が出てきて、どうしたら良いのか分からなくなる。
とりあえず、この気持ちを悟られないように、何かお話ししておかないと。
「た、タクミくんは、これからお出掛け?」
「うん。この前の魔物退治でお金が少し入ったから、気になっていたお店にでも行こうかな、と思ってね」
鞄を軽く叩きながら彼が笑う。
不思議だ。彼は今日もいつもの静かな格好で、装飾品も殆どしていないのに、とても眩しく映る。
「ロゼも行く?」
「え、いいの?」
「その格好だと今日休みだろう? 行こうよ。久しぶりにおじさんの珈琲も飲みたいし」
なんと彼からのお誘いがきた。これから一緒にお出かけ。
え、今からだよね?
散歩のつもりで外に出てきた私は、動きやすい格好ではあったものの、今何も持ち合わせていない状態だった。出かける準備をしなければ。
「少し待っててもらえる? 身支度してくるから」
「オッケー。そうしたら職員食堂の中で待ってるね」
急いで足を翻して城を目指す。そして部屋に直行する。
嬉しい! タクミくんと一緒にお出かけだなんて。
勢いよく部屋の扉を開けると姿見の前に立った。
今日の服は象牙色のワンピースだ。城下町へ行くのであれば服装はこのままでいいだろう。
髪は、後ろに一つまとめる。顔の向きを左右に変えて確認、よし。大丈夫。
おまもりも付けて、鞄に財布。
彼が待っている。早く戻らなきゃ。
「おっと、ごめんロゼ」
すると部屋を出た途端に人とぶつかった。見上げる金色の髪が視界に入る。
「ガル、ご、ごめん」
「……ロゼ出かけるのか?」
「うん。お兄様たちとのお茶の時間までには帰るから」
ガルベラにぶつかってしまった事を謝りつつ、外に出る事だけを伝える。
「了解した。タクミによろしく」
「な、何で知ってるの!?」
「はいはい。タクミ待たせているんじゃないのか」
「あ……! そう、い、行ってきますー!」
よく分からないけれど、ガルベラに彼との事が知られてた。なんで!?
(は、恥ずかしい…っ)
バタバタと足音を立てて城内を駆け抜ける。
途中何度か侍女さんや騎士さんたちにぶつかりそうになってしまい、その都度謝りながら外を目指した。
「はぁ……はぁ……」
「だ、大丈夫? ロゼ?」
「平気……。久しぶりに沢山走ったから、息が……」
「水、飲んで飲んで」
「ありがとう」
待ち合わせの食堂に着くと入り口直ぐの席にタクミくんが座っていて、お水を用意していてくれた。
冷たく冷やされた水を飲みながら呼吸を整えていく。
「ロゼ、そういう格好もするんだな」
彼が私の方を見ている。そんな風にじっと見られるとなんだか恥ずかしくなる。
「これ? うん。お休みの日や町に行く時はよく着ているの」
「あー、お忍びで祭りに行く時とか」
「う……うん。一部には忍べてなかったみたいだけど」
私、ちゃんと話出来ているよね? 平静を装いながら彼と二人、外へ出る。
建物を出るとムワッと熱い空気が肌を纏った。
肌が痛みそうだし、今夜はいつもより肌の手入れをしてから寝た方が良さそうだ、そう考えていると目の前に手が差し出される。
「お姫様、お手をどうぞ?」
彼の手が目の前に差し伸べられた。
手を差し伸べられるなんて、王女をしていれば日頃からよくある事なのに。
それに彼とも手を繋いだことはあるのに、どうして。変に意識しちゃう。
そう思いながらも手を添える。
「ねえ、今って俺の事も皆気づいてないのか?」
「うん。手を繋いでいるから、魔法具は私とタクミくんの両方に働いてる」
彼は魔法具の事、今までずっと私から声をかけていたこと、気付いていたりするのかな。
彼の顔をそっと見つめる。
「ふーん」
パチリと視線が合うとニヤリと笑われた。なに? と思った途端に繋いでいた手が一瞬離れ、彼の指が絡められた。
私より大きくて力強い指先だ。
ここから暫くの間、私の思考は動くのをやめてしまった。
*
「間に合った……」
部屋に入りベッドの上に仰向けに倒れ込む。
荒い呼吸を整えながら顔を横に向けて机の上の時計を確認したが、幸い約束のお茶の時間まであと少し時間があった。
「は、走るんじゃ無かった」
店を出て路地を曲がり、大通りを途中まで来たところで、自分が走っていることに気がついた。
流石に週末の街中は人の目が多かった事もあり、万が一を考えて城まで走って帰ったのだが、朝といい今といい、一日で慣れない事を二度もしてしまった。
約束の時間を忘れてしまうほど、彼との時間に夢中になっていたのだ。
(楽しかったな)
開きっぱなしにしていた窓からは、生温い風が強く入り込む。カーテンがぶわりと広がって部屋の中の空気が回った。
ふわり、と頭上に白い羽根が舞う。
風が止み、ゆっくりと落ちてくる羽根を手で受け止めた。
「いつ、言えばいいのかな」
寝返りを打つと白い羽根が顔を包んだ。顔を埋め目を閉じて彼を想う。
「でも、嫌われたくない……」
「ロゼリス、具合でも悪いのか?」
「……あ、お兄様。いいえ、大丈夫です」
「お茶が入ったよ。一緒に飲もう」
扉が開く音がして義兄のトネアスが部屋に入ってくる。「時間になっても来ないから心配になって来てしまったよ」と言いながら彼は床から羽根を拾い、指先で回しはじめた。
お父様が生きていたら、こんな風に会いに来てくれただろうな。ぼんやりとする頭の中で、懐かしい顔を思い出す。
「その格好、もしかして彼に伝えたのかい」
「まだ……。まだ、話すのが怖くて」
枕の端を掴んで握りしめる。
「自分の事を話すのがとても怖くなるの。
今のままじゃ駄目って分かっていても、話したら、もしかしたらこの関係が壊れてしまうかもしれないじゃないかって」
「そうだね。他人の心は見えないから、望まぬような思わぬ方向に転じてしまうことはあるよね。
でも見えないからこそ、自分と気持ちが通じ合った時は嬉しいものさ。
ロゼはそういう経験を、最近沢山しているんじゃないのか」
「……うん。しているのかも」
くしゃりと頭を撫でられ「ほら、起きて行こうか」と手を引かれる。
(ああもう、しっかりしなきゃ)
ロゼリスはベッドから起き上がると小さく唇を噛み締めた。




