第32話 第一王女の本音
振り向いた先には。
先程と特に変わらぬドレス姿のロゼリスが立っている。
だが違和感に気づいた。
国のお姫様が立っているっていうのに、さっきとは打って変わって周りの人は騒ぐこともなく、寧ろ誰も彼女の事に気づいていないのだ。
「待っていてくれてありがとう」
「ねえ、ロゼのこと、周りは気付いてないのか?」
慌ててキョロキョロと周りを見渡すも、そんな雰囲気が全くない。
すると彼女は左手を見せてきた。
「気配を消す魔法具なの」
細い手首に金色のチェーンがきらりと光る。
魔法具。
そうか、世の中にはそんな便利な魔法陣もあるんだな。
「少し外を出て歩いても良い?」
「うん、いいよ」
ついてきて。と言いながら彼女は俺の手を引く。
相変わらず彼女の手は冷たくて、反して俺の手は熱くて。彼女と手を繋ぐのは、この前の城下町で会った時以来だけど。でもあの時とは状況が違いすぎる。誰かに見られたら……なんてヒヤヒヤしながら歩いていた。だが。
どうやら彼女の持つその魔法具のお陰か、周りの人は俺たちを避けていく。王女が来たからとかそういうものではなく、ただ視界に誰かが立ち入ったから距離を取った、そんな動きだ。
一度も誰からも声を掛けられることはなく、そして誰からも視線を向けられることもなく、もちろんぶつかることもなく、俺たちは城の外のある目的地へと着いた。
庭だ。柵に囲まれている庭。
小さな池が一つあって、傍に木のベンチとテーブルが置かれている。池には花や水草が沢山浮かんでいて、見ているだけで涼しげだ。
「ここがね、私のお庭」
「ロゼの?」
「中庭は皆の場所よ。私の場所はここなの」
そう庭を見渡した彼女はベンチへと座り、空を見上げた。俺も彼女の隣へと座る。
すると彼女はまっすぐ上を指差して。
「そこの窓の所、見える? そこが私の部屋。
他の人には内緒ね。王族の部屋の場所は他の人に喋っちゃいけないから」
彼女の指差す先には、レンガ調の城壁に小さな窓が二つ並んでいた。どうやらそこが彼女の住む部屋で、その部屋から望めることができるこのスペースが、彼女の専用庭らしい。
「見えないと思うけれど、ここの庭には沢山の花の精霊が住んでいるの。
タクミくん。もし急にどうしても私と連絡取りたくなったら、ここに来れば精霊たちが私に教えてくれるから、一応教えておくね」
ぶーん、と羽虫の音が横切る。
先程の城の中の賑やかさとは違い、ここは凄く静かだ。
その静かさが、さっきから俺を不安にさせる。
「……ロゼ。
俺たち、これからも変わらずに会えるのか?」
そう、彼女とこれから会いにくくなるかもしれない、という不安だ。
「うん。公務でない限りは、変わらずに庭師のお仕事をしているよ。
個人での公務も今は殆どないから、基本いつでも会えるし、私もタクミくんを見かけたらすぐに声かける」
ドレスを身に纏う彼女は、どこから見てもお姫様。
でも、その口調、その仕草、その笑顔はいつもの俺の知るロゼリスだ。
「よかった。王女様だって分かった途端、じゃあ会えませんってなったら寂しいなって思ってた」
「タクミくん」
それがこの国のルールだ、って言われてしまったら従うしかなくなってしまう。きっと身分ってそういうものだと思うから。
「ガルベラもそうだけど、ロゼは王女様なのに俺なんかと仲良くして大丈夫なのか?」
「タクミくんは第一王女の私は駄目?」
「駄目じゃないけど」
そのような問いは彼にも聞かれたことがある。
俺が彼と仲良くしていいのか、と聞いた時のことだ。
彼は、ガルベラは向こうから友だちになろうと声を掛けてくれて。
「タクミくん、これからも変わらずに私と仲良くしてくれる?」
それは彼女も同じだった。
俺は、彼女の気持ちに応えたい。
「もちろん仲良くしたい。ロゼ」
「ありがとう……!」
今日一番のロゼの笑顔だ。俺の大好きな、太陽のような明るい笑顔。
風でサラサラとピンクゴールドの髪が揺れる。彼女の薄紅色の唇を見ると、ふと胸が熱くなるのを感じた。
笑う彼女は可愛いな……と。
「タクミくん、今なんて」
「うん、何?」
ロゼリスが何か呟いた気がして、彼女を見る。
少し顔を赤らめてこちらを見上げている。
俺今何か言ったかな、と思ったが頑なに「なんでもない」と彼女が言うから、そこまで言うならと俺は気にしないことにする。
「「…………」」
ここが彼女の専用の庭だからだろうか。王宮内には色々な声が聞こえているのに、誰一人ここには姿を見せない。
だからなのか、色々な事を思い出しては考えさせられる。
彼女がこの国の王女様か。
隠されていた事実がこの事だけだとすると、彼女の両親は十年前の襲撃で亡くなり、ガルベラ達と共に城で暮らしているというのは本当だろう。
ガルベラとは親戚で、彼の許嫁トレチアさんとは親友。そこもきっと本当だ。
喫茶店のマスターのおじさんは? 一体どういう繋がりだろうか。彼女の両親がマスターの店によく来ていた常連客だったとか。それならありそう。
考え込んでいてしまったのか、顔を上げるといつのまにか彼女が目の前に立っている。
「タクミくんは」
彼女が口を開いた。
「なに?」
「タクミくんは、この世界に来て、良かった?」
小柄な彼女が、俺の顔を覗き込んでいる。
「あ……」
そうか、彼女は知ってたんだ。俺がこの世界の人間じゃないって事を。
「タクミくんと初めて会ったあの日。朝一番でお兄様からあなたの事を聞いたの」
ランタナ王子から。
異世界人を保護したと。
「あの頃のタクミくんは、遠い国から来たばかりでこの国のことを何も知らないって私に話していたけれど。私は知っていたの、タクミくんの故郷がこの世界にはないって事を。
トレチアやナタムは知っていたんだよね? タクミくんが、異世界から来たってこと」
「うん」
「私には話してくれないのは何か理由があるのかも、と思って聞くのをやめたの。だってこれってものすごく特別な事情だから。
それに私は私の事を話さないのに、私はタクミくんの事は知りたいって、そんなの身勝手じゃない。
そう思ったら、いつの間にか私も聞くに聞けなくなっちゃった……」
「そうか」
そうか、彼女は彼女なりに、色々考えていてくれたのか。
「ごめん、ロゼ。意図して話さなかったわけじゃないんだ。確かに最初に話した時は、こんなに色々話せる仲になるとは思っていなかったから、別にいいかと思ったけど」
なぜ俺もちゃんと早く話さなかったのだろう。
俺の方こそ、彼女の事を知りたいだなんて身勝手なのに。
「……………」
先程の彼女からの質問。
この世界に来て良かったかどうか。
それについての答えは、正直今は空欄のままだ。
「分からない。分からないけど、でもロゼリスとこうして会えたことは良かったと思うよ」
日本でのあんな社畜生活でも、あと少し先には幸せな何かが待っていたのかもしれないし。そこからこの世界へと引き離されたことが不幸かと聞かれたら、それもどうなのか分からない。
沈黙が再び訪れる。
さてどうしようか、と動かした視線が捉えたのは、彼女の手だ。
彼女の手が動いて俺の髪に触れる。
これは、頭を撫でられている?
「綺麗な髪」
「俺の髪が?」
「うん」
耳元で彼女の手が指が俺の髪を撫でる。くすぐったくて、少し恥ずかしい。
「異世界人ってだけでも驚いちゃうのに、見たことのない色をしているんだもん。
まるで天然鉱石みたいな黒の髪。黒い瞳。
タクミくんのお父様とお母様も同じ色なの?」
「うん一緒。ロゼは?」
「髪はお父様。髪以外はお母様似」
そう言って彼女は俺の頭から手を離した。
寂しい。
もう少し撫でていてほしかった。なんて勘違いだと思いたい。
彼女の手はそのままピンクゴールドの髪を捉えて、指先でくるくると髪を回している。
「この髪色、珍しいの。タクミくん程ではないけれど、目立つのよね。嫌いじゃないけれど」
「ああ、俺も分かるな、その気持ち。
目立つし好きなわけではないけど、親に貰った唯一の色なんだよね」
「うん」
気付けば空の色が変わりはじめていて。
今の時間が気になる。
あまり遅い時間まで彼女を拘束していたら、それこそ彼女の家族が心配するだろうから。
まだ一緒にいたい気がするけれど。
「そろそろ戻ろう。どこまで、送ればいい?」
考えていたことを悟られないよう、気持ちを切り替えて立ち上がる。
すると先程まで俺を見下ろしていた彼女が、今度は俺を見上げる形となった。うわ、なんかいつもと雰囲気が違うのもあって可愛く見えるぞ。
「送り先は……そうね。タクミくんが急に現れても不思議じゃない場所」
そう言って彼女が俺の手を握る。
その瞬間、明らかに胸が躍りはじめた。
「初めて会った中庭にする?」
「う……」
「え、駄目なのか?」
「だって私が襲いかかった場所じゃない」
バツの悪そうな顔をするロゼリス。確かに、仕事とは言えあまりいい思い出ではないよな、と思う。
(そうか、あの時の俺は、王女様に捕まったのか)
そのことに気付くと何故だか笑いが込み上げてきた。
「じゃあ仲直りして友達になった食堂まで! そこならいいか?」
「……うん!」
本当は、そこまで行くとなれば、彼女と一緒にいられる時間が増えると思ったからだけど。
これも悟られないように。
俺は余裕があるフリをして、人が溢れるもと来た道へと歩きはじめた。




