第31話 庭師の正体
何度瞬きをしたって、目の前に立つ人の姿は変わらない。
夢を見ているんじゃないかと思う。
「な、なんで。ロゼがここに? ……え???
ガルベラとロゼが、………一緒??」
ガルベラとロゼリスの関係と言えば、彼女は彼の許嫁の親友、という立ち位置のはず。
「彼女は遠い私の血縁者。
この国の第一王女、ロゼリス・グランディーンだ」
「……………ん?」
彼の言い間違い、もしくは俺の聞き間違いか。
まてまて、落ち着け、俺。
彼が言った言葉を、もう一度、ゆっくり復唱してみよう。
「ガルベラの血縁者の、グランディーン……王女?」
「ああ」
第一王女。
別の名は、白薔薇様だ。
「えええーーー?! ロゼが?!
だ、第一王女?! まさか白薔薇様張本人?!」
いやいやいやいや、落ち着いてられるかよ!
だって彼女は、庭師のはずなのに。
第一王女だよ? しかも、あの噂の王女様だ。
「王女様だったの……?」
あまりの衝撃的な急な情報に、なんだか眩暈がしてくる。
「ごめんね。本当はもっと早くに言えれば良かったんだけれど」
目の前に立ったロゼリスと目が合う。
ピンクゴールドの髪から覗く瑠璃色の瞳。
いつもより髪をまとめていて表情が見えやすい。
間違いない。ロゼリスだ。
頭が、痛い。
ああ、先日一緒に珈琲を飲んで、いつもより一歩踏み込んだ話をして。そして一緒に手を繋いで帰った、あの彼女だ、間違いない。
「庭師をしているのは嘘だったの?」
「違う、嘘じゃない。
庭師も、第一王女も。私にとっては同じくらい大事なものよ」
「…………」
「もちろん今日みたいに公務もするけれど、でも、庭師の仕事は。
私が本当にやりたい事だから」
少し俯く彼女の手が、ぎゅっと握りしめられているのが目に入る。いつもの土と共に働く手じゃなく、装飾品を身につけた、煌びやかな手だ。
指先が青白い。
握りすぎて血が通ってないのだろう。
「……タクミくん、やっぱり怒ってる?」
「怒ってないよ。でもびっくりしたかな」
確かに驚いた。そして今までこうして真実を隠されていた事に少しだけ悲しくなった。
だけど。彼女の立場を考えると、不思議と怒りは湧かなかった。
出会った頃の事を思うと、かなり打ち明けにくい事だったかもしれない。
あの庭仕事をしている人間が、実はこの国の第一王女だなんて。それはとても言えなかっただろう。
俺には分からないけど、想像くらいなら出来るから。
「ガルベラからも、タクミくんの話を聞いていたの。
だからいつかは私から話さなきゃいけないなって思っていたけど、機会逃しちゃって。
今日になっちゃったの。
隠していてごめんなさい」
「いいよ、話は今聞いた。俺は怒ってない。
それじゃ駄目か?」
「……駄目じゃない……」
俯きぎみの彼女を見て、冷静さを取り戻す。
そんな苦しそうな顔するなよ、いつもみたいに笑えよ。
そう思って彼女と目を合わせたくて、彼女の前にしゃがんだ。
一国のお姫様の前でこんな格好をするなんて、無礼者かもしれない。
でも俺にとっては彼女は彼女のままだ。苦しそうな顔は今すぐやめて、笑顔に戻ってほしい、一人の女の子。
彼女が笑えるなら礼儀など今はどうでも良かった。
少し眉を下げて不安そうな瑠璃色の瞳を見上げながら「俺は大丈夫だよ」と伝えたら、彼女の顔がやっと笑みに変わった。
「そうそう、ロゼはそうやって笑っている方がいいって」
「タクミくん……」
周りの事を忘れてしまっていた。
視界に入ったガルベラの身体。
視線を彼へと動かせば「そろそろ二人の世界から戻りたまえ」と声が掛かった。
「あ、うん」
その声を機に立ち上がる。
「ロゼ、次の所へ移動するそうだ、行くぞ。
タクミ、俺からも謝りたい。長い間ロゼリスの事を隠していてすまなかった」
彼からも頭を下げられる。
「大丈夫だよ、それで何か困ったわけでもなかったし。
この話はもう大丈夫だから、公務頑張って」
「ああ」
じゃあな、と歩き始めたガルベラ。すると彼に続けて向きを変えたはずのロゼリスが、再び俺の方を向いた。
「タクミくん、夕方になったら時間ができるの。
改めてお話がしたい……ううん、お話しさせてください」
「もちろん。ここで待ってる」
彼女に向かって笑うと、彼女も笑う。「またね」とピンクゴールドの髪を揺らしながら去る彼女の後姿を俺はぼんやりと見送った。
ロゼリスがガルベラの親戚というか血縁者で、第一王女であの白薔薇様だった。
それは俺の中では超が付くほどの大ニュースだ。
元々彼女からは、上品な所作が見受けられていたから、きっとどこか良いお家の出身なんだろうな、とは思っていたけれど。
いやまさか王族の一員だったなんて。
「タクミさん、白薔薇様と仲良いんですか?」
メンバーの一人から声をかけられ、はっとする。
「結構、仲良くしてたとは思う。
まあ、なんせ俺ったら彼女が庭師だと信じきって関わってたから。まさかこの国のお姫様だとは知らずに話してた」
もちろん白薔薇様だということも、だ。
「なあ……ガルベラ王子やロゼリス姫と仲良くする奴って、他の人から見たらどういうもの? やっぱりおかしい?」
こうなると気になる。
俺にはいわゆる身分の違いというやつが理解できていなくて。
だがこうして俺は王子と王女という身分の高い人たちと、日々を送っているのだ。
それは、周りにはどう映るのだろうと思う。
俺の言葉を聞いて顔を見合わせて話すメンバー達。その表情は、普段と全く変わりのない表情だ。
「羨ましいとは思う。
だけど、もともと王族の人間が身分関係なく誰とでも接するのは昔からあるらしいから、特に変には思わないかな」
「だよな。正に今回がそうだけれど、ガル様なんて凄く気さくなお方だし。
いや……白薔薇様と仲が良いのは羨ましいかもしれない」
「え、なんで? 羨ましいなの?」
なんだか勝手に固いイメージを持ってしまっていたから。それが羨ましいに繋がる理由が分からない。
「なんでって、白薔薇様は滅多にお見えにならないからだよ。
仕事で王宮内を歩いているって聞くけど、実際は遭遇するのが珍しいくらい、殆ど姿を見かけないことで有名だぞ?」
変だな。
ロゼリスが殆ど姿を見かけないって?
「そうか……?俺は何回も会ってて、結構話もしてるぞ?
特に待ち合わせとかしたわけでもなく、むしろ偶然の方が殆どなのにな……」
本当に彼らが言うように、タイミングが何度か重なって会えているだけなのだろうか?
「あーそれはじゃあ運命の出会いってやつですよ」
「タクミさんって、結構強運の持ち主なのかもしれないですよね」
「……はあ……?」
その後も、何人かに魔法石の話をした。
頭の中ではロゼリスが王女だった衝撃でいっぱいだったが、表向きはなんとか切り替えて、目の前の事を真剣に対応した。
うち何人かからは、火魔法特化型のことについても聞かれた。まだ練習中だと返したので、それ以上質問攻めにあうことは無かったけれど、今後またこんな風に聞かれることが増えるかもしれない。
そんなこんなで対応をしていれば、あっという間に時間は過ぎていって、前半に担当をした俺たちの仕事は終わり、後半組と入れ替わると自由時間となった。
後半組にはナタムやガルベラの婚約者のトレチアさんがいる。
賑やかな声で来た人へと対応する彼らの姿を見つつ、俺は一緒にいたメンバー達と昼食を取る為、職員食堂へと移動をはじめる。
すれ違う人々は、偉い身分や役職についている人が多いのだろう。皆、身に纏っている服装が煌びやかだ。
将来はあんな感じの服装を俺もする?
俺にはちょっとキツいかも。
と横目で見ながら歩いていると、彼らの会話の中から“白薔薇様がいた”というワードを何度か耳にした。
「ロゼリスが白薔薇様って呼ばれているのには何かあるのか」
直接名前で呼べばいいのに、と思うけど。
「それは……この国の派閥の名残りだよ」
「派閥?」
「ロゼリス第一王女の家系を支持する白薔薇派。
ガルベラ様兄弟の家系を支持する現王派。
昔とは違って今はもう過激な活動はないけれど、その頃からロゼリス様の事は白薔薇様って呼ばれてる」
「へぇー、知らなかった」
彼女の事は、結構知っている方だと思っていたのに。まだまだ知らない事ばかりだ。
「ちなみにロゼリス様には話したら駄目だからな。呼び名は知っているかもしれないけど、派閥のことは知らないだろうし…」
「うん。ありがとう、言わないようにする」
これは多分、王族以外の人が知る暗黙のルールのようなものだろう。
ならば白薔薇様の話はここで終わりだ。
彼女の前ではもう話さないように、と聞いたことを胸の奥にしまう。
食後はメンバー達とは解散し、俺は城へと戻った。
公務終わりのロゼリスとの待ち合わせの為、準備の時には見られなかった他の学生たちの発表を見て回る。
今日が終わったら、次は何をしよう。
魔法石の調査については、今日で一旦終わりとなるからだ。
何か俺が新たに興味ありそうなことが他にもあれば、是非挑戦したいと思うのだが。
そんな事をぼんやりと考えながら、歩いて回る。
しっかりと話を聞いて回ったためか、気付けば結構な時間が経っていた。
さて。そろそろか。
そう思って辺りを見渡していると、くいっと服の袖を引っ張られた。
大概の人は、声を出して俺の名を呼ぶはずだから。
犯人は、彼女で間違いない。
「待ってたよ、ロゼリス」
振り向くとそこには、いつもと変わらない瑠璃色の瞳が、俺の目をまっすぐ見上げていた。




