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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第2章 夜空に高く昇る
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第21話 はじめての魔物

 嫌なことは忘れた頃にやってくる。それはどうやら世界が違えど同じらしい。



 それは本当に前触れもなく、突然のことだった。



 学校で魔法石作りの活動をし始めて、数週間が経とうとしていた。


 魔法石の精度を上げるために、術そのものの練習も以前より頻繁に行うようになって。俺は火魔法3くらいの術が、少しずつできるようになっていた。



 金曜日の午後。


 授業が終わったため空き教室に向かおうと、いつものように校庭を歩いていた時だった。



 ぎゅん、とまるで弦楽器を引っ掻き鳴らしたような、酷く大きな音が空に響いた。耳を塞ぎたくなるほどの音。


 慌てて辺りを見渡すと視界がまだらに暗くなる。


 見上げると、学校の屋根を簡単に越える、大きな何かが飛んでいるのが目に入った。



 初めて目にしたものなのに、それが話に聞くあの魔物の竜だとすぐに気付いたのは、その身体から闇色の煙のようなものがじわじわと沸いて出てきていたからだ。



 何あれ。



 黒くゴツゴツとした岩肌の鱗のような身体、太い四本の脚には鋭い爪が伸びていて、後ろで長い尻尾を揺らしている。


 真っ先に感じたものは、恐怖だった。


 逃げなきゃ。


 そう思ったが、俺は校庭のど真ん中にいて。


 逃げるには、やや距離のある校舎まで走らなきゃいけない。時間的に間に合わないかもしれない。もしかしたらここで動いた事で魔物の標的にされるかもしれない。


 そう思うと身体が動かなくなった。


 なのにどうしてか、こんなタイミングで運悪く空から大粒の雨が降りはじめてしまう。



 ガラガラッ……


 音を立てて、校舎の向こう側から煙が上がりはじめた。方向的に職員食堂の方だろうか、建物の壊れる音もする。



 どうしよう逃げないと。

 あんな大きな爪が当たったら、あんなに鋭い牙で咬まれたりでもしたら、大怪我どころじゃすまないかもしれない。



 どうしよう、怖い。


 そうだ、まほう。


 俺は日本にいた頃の俺じゃないんだ、魔法使いなんだ。魔法で闘えばいいんだ。その為に魔法を練習してるんじゃないか。



 火を、着けないと。



 練習を必死に思い出しながら、試しに目の前で発火してみる。


 じゅうぅぅ……っと音を立てて煙が上がった。火は一瞬だけ着いたが、すぐに雨で消されてしまった。



 徐々に雨が強さを増していく。



 やっぱり雨の中の火魔法は不利? いやいや、落ち着けよ俺。


 前に二人に攻撃魔法を教わった時、ナタムが言ってたじゃないか、集中力が大事だって。


 ガルベラも言ってた、素質がある以上、イメージ次第で高度な術が出せるって。



 魔物の竜の顔が見えた。


 眼を、眼を狙おう。


 あの頑丈そうな身体の中で唯一柔らかそうな所。頭の中で描くのは誘導兵器だ。


 レーダー操作みたいに飛んで魔物の眼に命中する、それと同時に大きな爆発が起こる、それでいこう。爆発系の術はまだ一度もやってみたことがないけれど。



 ついに俺の存在に気が付いたのか、魔物はぴたりと動きを止めて、ゆっくりと此方に向きを変えた。赤紫色のガラス玉のような目玉が確実にこちら向いている。


 すかさず俺も腕を前に出し、指先を魔物の目に向けた。



(……当れ……!!!)



 赤い小さな火の塊が俺の指先から放たれ、少し遅れて魔物の目元で爆発が起こった。更に遅れて熱風が顔にかかる。



 肌が痛い。

 どうだろう、俺の攻撃はちゃんと当たったのか。



 目を凝らして標的を見つめる。

 すると校庭にボタボタっと赤黒い液体が落ちてきて、魔物に傷をつけられたことが分かった。



 ワンテンポ遅れて地鳴りのような呻き声を上げて暴れる魔物。



 屋根や壁をガラガラと崩しながら、必死に痛みを堪えるような四肢の動き。



 生臭いにおいが辺りに立ち込めて、息をしたらあまりの臭いに吐いてしまいそうになった。



 ぐっとこらえ顔を上げると、血を吹き出した魔物の目玉が、見えていないはずなのにギロリとこちらを向く。



 …………!!


 まるで負の感情を集めたような、赤黒い目玉。


 それが、俺を睨みつけている。



 怖い! 怖すぎる……!!



 まずい、もう一度。

 と腕を前に出すも手が震えて的が定まらない。


 魔物からは未だ血が止まらずに溢れ続けている。

 凄い量だ。


 先程俺が使った攻撃魔法は成功だった、でもアレを倒すまでの傷は負わせられなかった。


 次で倒せる?

 どうしよう、負けるかもしれない。


 負けたら、ここで死ぬ……?



 それは嫌だ。こんな事でこんな所で死んだりしたくない。


 あの時あの魔法陣に吸い込まれて暗闇の中を落ちていった時とは違う。


 今は大切な人がいて、一緒に生きていきたい人がいるんだ。



 そんな中で、死にたくない!





「タクミ!! こっちに戻れ!!」



 声が聞こえてハッとした。と同時に屋根から石の槍が出てきて魔物の顎に突き刺さる。


 雄叫びを上げる魔物に身体を向けながらも横を向くと、校舎の二階の窓からガルベラがこちらを見ていた。



「校舎の中には魔物は入れない! 安全だから戻れ!」


「ありがとう! 分かった!」



 よかった、このまま俺一人で戦わなければならないのかと思ったが、そうじゃなかった。俺には仲間がいるんだ。

 そう分かると手の震えが小さくなった。



 続けて屋根から新たな石の槍が飛び出し、次々と魔物の首回りへと的確に刺さっていく。



 彼が攻撃魔法を使っているのだろう。



 その間に少し走り魔物から距離を取ったが、魔物の動きが鈍くなった隙を狙い、俺は先ほどともう一度同じ火魔法を放った。



 爆発音と遅れて届く熱風に目を閉じかける。

 自分で放った攻撃だが、凄い威力だ。



「………?」



 すると隣に誰かが立つ気配がした。

 うっすらと目を開いた視界に金属の鎧が写り込む。


「あ……」



 ザっと砂を蹴る音と共に、その人はバサリと背中から白い大きな羽根を広げると、魔物の首元目掛けて飛び出した。



 宙を舞う人。



 あまりにも一瞬の出来事とその無駄のない動きに唖然とし、逃げることを忘れ、その人の背中と魔物を目で追う。


 雲が速く流れて雨がやみ、一気に太陽の光が降り注いだ。


 剣だろうか、キラリとその人の手元が光った。



 途端に、ぶつりと鈍い音がして、魔物が大きく一声鳴いて、そして地に落ちた。



 ズドン、という音とともに地が鳴り、そして土煙が舞い上がる。



「……いててっ……いってぇっ」



 砂が目の中に入って痛い、そう目を瞑った途端に頬に何かが掠った。痛い? 手を当ててみるとぬるりとした感覚がする。


 血だ。頬に傷ができたようだ。

 感覚的には深い傷ではなさそうだ。

 かすり傷くらいだ。


 だがかすり傷にしては酷く、ビリビリと顔面が痛みはじめる。



 魔物は。恐らくあの鎧の騎士が止めを刺したのだろう、土煙の向こうからは闘う様子は伺えない。



 辺りは静けさを取り戻し、そして遠くから大勢の人声が飛び交いはじめた。校舎の向こう側で王宮の人たちが動きはじめたのだろう。


 助けてくれたその人にお礼を言いたい。

 が、一応まだ魔物の存命が不確かである以上、戦闘力の少ない俺がここに留まるのは良くないと思う。


 万が一、あの魔物が復活して襲いかかってきたら、今度こそ俺は死ぬかもしれない。そのくらい、動ける自信は無かった。


 何か起こるかもしれない。あの人の邪魔になるかもしれない。ならば俺は安全な所に逃げて、自分の傷の手当にでも行った方が良いと思う。



 きっとあの人は騎士団の一員だろうから、またどこかで会えるかもしれない、と思って。



(格好良かったな。


 遠目だったけどきっと女性の騎士さんだったよな)



 騎士団が演出をする場面は、王宮内で何度も見たことがある。

 その中に女性の騎士も割合高くいたからか、助けてくれたあの人が女性な事には驚かないけれど。



 全身鎧姿の、白い羽を広げた女騎士。


 明らかに凄そうな人がこの国にいた事を、俺は今日まで知らなかった。


 色々な人に出会って、色々知りたい。


 あの人にもまたいつか会ってお礼が言いたい。



 そう思いながら、拓巳は頬を押さえると、魔物の倒れた方に背中を向けて校舎の中へと走った。




 校舎の屋根の上に一人、鎧姿の騎士が立つ。



 校庭には、首を落とされた竜の姿が横たわる。

 他の騎士たちが集まって、対応に回る様子が見える。



 右手に握る重い刃。魔物の血で紅く染まっている。


 洗わないといけない。でないと大事な仕事道具が錆びてしまう。



 ふと視線を学園の校舎に移すと、黒髪の青年が歩く姿が見えた。校庭で一人、勇敢に魔物と戦っていた青年。

 ここから見る限り、元気そうだ。



「よかった、怪我したりしなくて……」



 彼に向けて放った言葉は、その時強く吹いた風に乗って、西の方へと流されていった。



 空に白い羽根が舞う。

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