リラ・ペンシルの追憶③
それから時の流れは早く、大学3年になった私はサークル活動にアルバイト、インターンシップや友達との小旅行などと大学生活を満喫して日々を過ごしていた。
兄は大学を卒業後、そのまま大学院へ進学し、今は1年目。
修士課程まで取りたいようで、今は勉強一筋で頑張っている。
「●●●にぃ、今晩は夕飯どうする?」
「ん〜……大学で●●教授の研究発表が近くてさ……その手伝いで遅くなりそうで。●●●は先に食ってて風呂入ってな」
「そっか、分かった……」
という会話がこの頃には、多くなってきた。
兄は兄で研究やらレポートやらで忙しく、私は私で課題やサークル活動と忙しくなってきたのだ。
お互い、ゆっくり話せる時間が無いなんてザラで、同じ空間に住んでいるのに全く会えないのが普通になっていた。
私は若干の寂しさを覚えつつも、お互いにそれぞれのやるべき事があるのだから仕方ない。と割り切ることにした。
そんなある日、いつもより少し早く帰宅した兄から、思ってもみなかった提案をされる事になる。
「●●●、うちの大学の図書館に来てみるか?元々うちの大学を目指してたんだし……図書館、行ってみたいって言ってただろ?」
兄は在学中に私に案内したいと思ってくれていたようで、ちょうど一般開放されるというのが、来週の金曜日なんだとか。
そのタイミングなら、ちょうど兄も時間を取れるらしい。
私は迷うことなく二つ返事で、行くことを決めた。
「んじゃ、4限目が終わったら校門に迎えに行くよ」
「分かった〜」
と約束をした。
私は久しぶりに兄と話せたのと、念願だった兄の大学の図書館に行けるとなり、テンション爆上がりであった。
◇◇◇◇◇
そしてあっという間にその日は訪れた。
私は兄の大学の校門前で、木陰を見つけて兄が来るのを待っていた。
ちょうど約束の5分前。少し早く来過ぎてしまっただろうか?
兄を待っているその数分間、私は書店で購入した小説を広げ、冒頭部分を読みながら時間を潰したのだ。
序章を読み終わる頃、兄から連絡があり校門前まで迎えに来てくれた。
「わりぃ、待たせたか?」
「全然待ってないよ。そこの本屋さんで時間調整してたからね」
「……そっか。んじゃー、行くかぁ〜」
そう言って兄は私の手を握ろうと手を伸ばしかけるが、途中で引っ込めてしまった。
いつもなら兄の方から手を繋いでくれるのに、今日はどうしたのか。私は違和感を覚え、少し拗ねた声で兄に問うた。
「今日は手、繋がないの?」
「●●●が、恥ずかしいんじゃないかと思ってだな……その、いつまでもシスコンな兄はもしかして気持ち悪いんじゃないかと……」
え?
今更?今更そこ気にしちゃうの?
私は恥ずかしく云々より、兄に距離を置かれてしまう方が悲しくて寂しくなった。
だから私は、初めて兄の手を、私の方から繋ぎにいったのだ。
ここでこうしなければ、一生後悔してしまう気がして。
「私は恥ずかしくないよ!……行こう、お兄ちゃん」
私は引っ込めた兄の手をグイッと握り、図書館の方へと向かった。
兄も「あぁ」と言って、手を握り返してくれたことが何より嬉しかった。
◇◇◇◇◇
大学の3号館隣に佇む大きな建物が、図書館であった。
その蔵書数は地元にあった市民図書館の何倍もの大きさで、比べるまでもなく私の読んだことのない本がたくさん並んでいるのが分かった。
「すっっっごい……」
何なら私の通っている大学より広くて、歴史のある図書館なのではないかとしばらく惚けていた。
「どうする?●●●が好きそうな本は、この先だと思うけど……俺は俺で何冊か探す資料があるんだ」
「私も探すの手伝おうか?」
「いや、前にも借りた本だから……割とすぐ見つかると思う。●●●はせっかく来たんだし、好きな本探してきな?」
私は兄の優しさに甘え、早速図書館内を散策し始めると、それからすぐに気になる本棚を見つけたのだ。
「あっ、あれ、絶版になって市場に出回っていない●●●●先生の初版本……?」
本棚の上の方に、ずっと探していた大好きな作家さんの作品が並んでいるコーナーを見つけた私。
そのお目当ての本は、私の身長では届かない高さの棚にあった。
私は図書館の司書さんに移動式の階段を借り、程よい場所へ移動させた後に安全ロックを掛けた。
車輪が動いてしまわないように、階段を固定するためのロックであった。
「んっしょ……」
階段に登り、お目当ての本に手が届いた瞬間の出来事であった。
「●●●ーーー!!!」
兄の声がしたかと思うと、私の手は手摺りを離れ、その身は空中に投げ出されていたのだ。
そのまま落ちると覚悟し、本を両手に抱え込み………
◇
◇
◇
◇
◇
それからの記憶が、私には無いのだ。
きっとこのまま階段から落ち、打ちどころの悪かった私はそのまま死んでしまったに違いない。
生前、最後に聞いた兄の声が耳にこびりついて離れないのに、その兄が呼ぶ私の生前の名前がどうしても思い出せない。
私は自分の名前も当然思い出したかったが、霧がかかったようにモヤに隠れて思い出せないでいた。
そして兄の名前さえも、思い出せずにいた。
私は、私の名前は思い出せなくてもいいから、最期に名前を叫んでくれた最愛の兄の名前を思い出したいと切に願っている。
「ーーーにぃ……」
あの時、私は最期に兄の名前を、何と呼んだの……?
私の生前の記憶はここで終わっている。
それからこの世界に、リラ・ペンシルとして生まれ、生前の前世の記憶を思い出したのが高等魔法学院の卒業年次であった。
つまり今からおよそ1年前。
私は今でも前世の記憶……それも兄の幻影を追い続けている。
本を読み続けていれば、黒色に塗りつぶされた私の記憶も、いつか思い出せるのではないかと、そう突拍子のない可能性を求めて。
そうこうあって、私リラ・ペンシルはクロッカス中央図書館の、それも禁書庫の担当へとなってサチやオビ先輩と出会った。
禁書庫の担当になってから気付いたのだが、もしかして失われた記憶を呼び起こす禁書がどこかにあるかもしれない。
私は自分の与えられた仕事に向き合いつつ、休憩時間や休日に書庫の本を読み漁り、その糸口を掴めないかと今日もお勤めを果たすのであった。




