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第2話:天穹市への到達――未覚醒者の第一歩

藤原直人の乗る都市間列車は、徐々にそのスピードを落とし始めていた。


 窓の外の建物は次第に密集し、雨後の筍のように次々と高層ビルが姿を現す。それは天穹市てんきゅうしの息が詰まるほどの繁栄を物語っていた。ビルとビルの合間に、時折、常識から外れた光景が目に飛び込んでくる――発光する魔法陣を足場にして、猛スピードで駆け抜ける銀色の人影。魔法を動力とするホバー装置が、大きな荷箱をいくつも載せて空中を安定して漂っていく。

 直人は瞬きもせずに見つめ続け、自分の見間違いではないかとさえ疑った。それらは一瞬で通り過ぎていき、幻覚のようでありながら、心臓の鼓動が跳ねるほどにリアルだった。


 列車が完全に減速すると、車内に再びアナウンスが響いた。心地よい女性の声が、標準語と天穹市特有の訛りを交えて告げる。

『時刻は午後三時。まもなく、天穹東駅に到着いたします。乗客の皆様は身分証明書と入国許可証のご準備をお願いいたします。それでは、よい旅を』


 直人はここでようやく深呼吸をした。いつの間にか早鐘を打つようになっていた心臓が、胸の奥で小さな太鼓を叩いているかのようだ。落ち着こうと胸に手を当てると、手のひらにうっすらと汗をかいていることに気がついた。


 列車がゆっくりと完全に停止し、「プシュッ」という音とともにドアが開いた。

 直人がこれまでいた国とは明らかに違う空気が流れ込んでくる。

 単なる温度差ではなく、言葉では言い表せない「密度」の違いだ。空気には微かに甘い香りが混じり、どこかふわりと下から支えられているような軽やかさがあった。直人はキャリーケースを引き、人の波に続いて列車を降りた。


 ホームに足を踏み下ろした瞬間、無意識に空を見上げる。

 淡い紫色の天穹が、すぐ頭上に広がっていた。列車から遠目に見ていた時よりも遥かに広大だ。その紫の層は、まるで呼吸する巨大な薄膜のように、細かな光を帯びてゆっくりと流動している。国際宇宙ステーションからでもはっきりと見えるというそれは、神が自ら敷いた絨毯のように、天穹特別市全体をすっぽりと覆っている。直人は数秒間呆然と見とれていたが、首が痛くなってきたところでようやく視線を戻した。


 彼はゆっくりと歩みを進める。

 人が多い。想像していたよりもずっと。

 様々な国籍、多様な服装の人々が入り乱れている。足早に荷物を引く者、聞き慣れない言語で話しながら歩く者、そして、微かに奇妙な波動を漂わせている若者たち――おそらく彼らが『能力者』なのだろう。駅全体が巨大な交差点のようで、喧騒、足音、アナウンスの声が入り混じり、耳が痛くなるほどの音量が響いている。直人は人波に押し流されるように出口へ向かいながら、何度か方向を見失いそうになった。背もそれほど高くなく、キャリーケースも重い。人混みの中では波に飲まれる小魚のようで、やっとの思いで出口の案内板を見つけ出した。


 ようやく外に抜け出し、駅前広場に立った直人は、頭がくらくらするのを感じていた。

 天穹市は、彼の想像を絶する巨大さだった。

 遠くの建物は幾重にも連なり、地平線の彼方まで続いている。空には時折、光の筋が走る――飛行機材かもしれないし、魔法で直接空を飛んでいる人間かもしれない。広場の上空には巨大な魔法のホログラム看板がいくつも浮かんでおり、光るルーン文字で歓迎の言葉や入国時の注意事項がスクロールしている。まだ夕日は完全に沈んでいなかったが、紫の天穹に濾過された光は柔らかな赤紫色ピンクパープルのグラデーションとなり、万物を照らし出している。そのせいで、都市全体が幻想的で、どこか現実離れして見えた。


 直人はそこにしばらく立ち尽くし、この目新しい神賜の地の空気を感じていた。吹き抜ける風は少しひんやりとしているのに、なぜかポカポカとした暖かさも孕んでいる。うつむいてスマホを取り出し、『Googla Map』を開いた。天穹市内の電波は非常に安定しているが、画面に表示された網の目のような路線図には目が回りそうになる。彼は最寄りの地下鉄路線を選び、天穹大学へと向かうことにした。


 天穹市は敷地面積が広大である上、世界中から人が集まっているため、都市の総面積は東京に埼玉、千葉、神奈川を合わせたほどの規模になる。直人はキャリーケースを引きずり、ナビに従って地下鉄の駅に足を踏み入れた。駅構内は外よりもさらに賑わっていた。券売機には魔法の光のエフェクトが点滅している。臨時入国カードをスキャンして切符を買い、人波に紛れて車両に乗り込んだ。


 地下鉄は猛スピードで走り、窓の外のトンネルには時折、紫色の光の帯が閃く。直人はドアの横に寄りかかり、頭の中をぐちゃぐちゃにさせていた。朝、列車に乗ってからもう数時間が経つ。本来なら、彼は隣国の平凡な大学に通う一年生にすぎず、毎日授業を受け、デリバリーを頼み、ルームメイトと課題の愚痴をこぼしているはずだった。それが突然、こんな場所に放り込まれて……。


(勉強すらまともにできない俺が、本当に魔法なんて覚えられるのか?)


 そんな考えがふと頭をもたげた。直人はキャリーケースの持ち手を強く握りしめ、指の関節が白くなった。地下鉄は駅を次々と通過し、一度乗り換えてからさらに長時間揺られた。車窓の景色が地下トンネルから地上高架へと変わるにつれ、紫の天穹の色はさらに濃くなっていく。ようやく荷物を引いて地下鉄の出口から出た頃には、すでに夕暮れ時だった。沈みゆく夕日と、紫色の光暈、そしてオレンジがかった夕焼けが混ざり合い、街全体を奇妙で幻想的な色合いに染め上げている。


 目の前には、天穹大学の正門があった。


 それは途方もなく立派な門構えで、普通の大学とは思えないほどのスケールだった。巨大なアーチ状の石門がそびえ立ち、その頂上には小型の紫色の天穹模型が浮かんでいる。その下には『未知を探求し、天穹を灯せ』という校訓が刻まれていた。石門の両側には広々とした広場があり、行き交う学生たちの姿も多い。ホバーボードに乗って飛び去る者もいれば、勝手にページがめくれる魔法書を読みながら歩いている者もいる。


 そして何より彼の気を引いたのは、その中にはっきりと魔法を使っている者が少なくないことだった。

 門の近くで練習している数人の男子学生は、小さな火の玉を手のひらで放り投げ合いながら笑い声を上げている。ある女子学生が通り過ぎると、彼女の足元には自動的に薄い風のクッションが生まれ、ふわりと宙に浮くように軽やかに歩いていた。さらに別の者は、キャリーケースを空中に浮かべたまま、両手をポケットに突っ込んで談笑している。彼らの使う魔法はあまりにも自然で、軽々として見えた。それに比べて、自分は?


(高校の物理だってろくに理解できなかったのに、これから魔法を学ぶだって?)


 その思いは棘のように胸に刺さり、息苦しさを覚えさせた。直人はキャリーケースの持ち手を握ったまま、その場に立ち尽くした。夕日の名残が彼の影を長く伸ばし、その姿をひときわちっぽけに見せる。周囲の喧騒は遠ざかり、ただ自分の心音だけが響いているようだった。


 その時――


「藤原直人くん?」


 少し離れたところから声がした。大きな声ではないがはっきりと聞き取れる、中年男性特有の落ち着きを帯びた声だ。

 直人はハッとして、無意識に声のした方へ振り向いた。


 すぐ近くから、三十代半ばに見える教師がこちらへ歩いてくる。シンプルなダークカラーのコートを着て、胸には天穹大学の教職員バッジが輝き、手には名簿のようなものを持っていた。中肉中背で髪は整えられ、その目元には習慣づいた温和さが漂っているが、同時に人の本質を見透かすような鋭さも秘めている。


 相手は直人を一瞥し、何かを確認したように頷いた。

「新入生だね? 手続きに来たのかな」


 直人は少し躊躇いながらも、こくりと頷いた。

「……はい」


 教師は自然な笑みを浮かべた。そこには過剰な愛想笑いはない。

「それなら間違いないね。私は基礎魔法理論を担当している教授で、黒崎くろさきという。探知部門の先生から、君が来ることは聞いているよ。ついてきなさい。門の前に突っ立っていると、後ろの人の邪魔になるからね」


 そう言うと、彼はきびすを返してキャンパスの中へと歩き出した。その歩みは遅すぎず早すぎず、直人がちょうどついていけるペースだった。

 直人は一秒ほど立ち止まり、最後はキャリーケースを引いてその後を追った。


 地面を踏む足音は、とても軽かった。石畳は夕日に照らされて暖かく、周囲の空気には魔法薬の淡い香りが漂い、遠くの訓練場からは微かな爆発音や笑い声が聞こえてくる。直人は荷物を引きながら黒崎教授の背中を歩き、どうしても周囲をキョロキョロと見回してしまった。キャンパス内の街灯はすでに灯っている。それは空中に自立して浮かぶ魔法のランプで、柔らかな紫色の光を降らせ、すべてを鮮明に、そして幻想的に照らし出していた。


 彼は一歩間違えるのを恐れるように、おずおずとついていく。キャリーケースの車輪が石畳の上で立てる小さなガラガラという音が、まるで彼にこう語りかけているようだった――お前は本当にここに来たんだ、これは夢じゃないぞ、と。


 黒崎教授は歩きながら、ふと気さくに口を開いた。

「天穹市は初めてかな? 緊張しなくていい。新入生はだいたいそんなものだよ。最初はみんな、自分が場違いなんじゃないかって思うものだ。だが、天穹大学には適応するためのカリキュラムがいくらでもある。君の特待生としての資格は本物なんだ、焦らずにゆっくりやっていけばいい」


 直人は「はい」と短く返し、それ以上は何も言えなかった。うつむいて自分の靴のつま先を見つめていたが、胸のうちは激しく波打っていた。


 今日から、自分はもうあの平凡な大学の、平凡な学生ではない。

 この能力者だらけの場所で、どうやって魔法を使えるようになるのか……自分自身の能力を覚醒させる方法を学ばなければならないのだ。


 直人は深く息を吸い込み、キャリーケースの持ち手を強く握り直して、歩みを続けた。


 何かが、本当に始まろうとしている。

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