外伝3 【甘美】不眠症の暗殺者と平和な街の『死神』
【リザレ視点】
地下迷宮「ユリカゴ」の最深部には、表の世界へと繋がる「裏口」がある。
「……リリ。俺は別に、眠らなくても平気だ。お前の護衛という重大な任務があるのだから」
「はいはい、わかったから。その目の下の酷いクマを鏡で見てから言ってよね」
私は気だるげなため息をつきながら、幼馴染、ザイルの背中を押して、要塞都市ノクタリアの大通りを歩いていた。
ここは、アスカがゴズと訪問したオルトゥーラと言う私の故郷から遥か西。レクイウム連合王国と呼ばれる国を構成するフロースフォンスと言う領地の最果てだ。
同行しているアスカは、珍しい石造りの街並みや、道行く騎士たちの姿に目を輝かせている。
「でもリザレさん、どうしてわざわざこの街にに?」
「この地を守る伯爵家に仕える調香師が作った『安眠香』が、すっごく効くって噂を聞いたの。最近、ザイルが私の拠点の警備ばっかりしてて全然寝てないから、強制終了させようと思って」
私は呆れたようにザイルを横目で見た。
小さい頃は寝坊ばかりしてたのに、暗殺者として身に染み付いたのか、私を守るという重すぎる執着のせいなのか。
彼はベッドで熟睡しようとしないのだ。
「俺はリリが傍にいれば、それだけで……」
「ハイハイ、重い重い。……あ、あそこの道具屋、お香の匂いがする」
私たちは、大通りの角にある武骨な道具屋の扉を開けた。
「いらっしゃい!……おや?」
ガタガタッ。
カウンターの奥から顔を出した店主は、私とアスカの顔を見るなり、目を丸くして腰を抜かした。
「こりゃ驚いた!この辺境には似合わないべっぴんさんが、二人も来るとは。……今年は美人の当たり年か?」
「おじさん、お世辞が上手いね。よく眠れるお香、ある?」
私が尋ねると、店主は「もちろんさ」と自慢げに棚から硝子瓶を取り出してきた。
瓶の蓋が開くと、白檀とネロリを思わせる、深くて清廉な香りが漂う。
嗅いだだけで、肩の力がすうっと抜けていくような素晴らしい調香だ。
「これはすごいですね!本当にリラックスできそう……」
アスカが感嘆の声を漏らすと、店主は誇らしげに胸を張った。
「だろ?これは今、この街で一番の特産品なんだ。なんせ、この街の伯爵様を救った『奇跡の香り』のお裾分けだからな」
「伯爵様を?」
「ああ。この街を守る伯爵様は、それはもう頼もしい方でね。戦場では血の雨を降らせ、中央の貴族からは『死神伯』なんて呼ばれて恐れられてるんだが、酷い不眠症で。昔はいつもピリピリしてて近寄りがたかったんだが……」
店主はそこで言葉を区切り、ニヤリと笑った。
「数ヶ月前に、都から『訳あり』の美しい魔術師様を専属調香師として雇い入れてね。その方が作るお香のおかげで、死神伯の不眠症があっという間に治っちまったのさ!」
その話に、アスカが食いついた。
「えっ!じゃあ、その調香師さんが、さっきおじさんが言ってた『とんでもない美人』なんですか?」
「ああ、そうさ!しかも今じゃ、その魔術師様は閣下の正式な『伯爵夫人』になられてな。あの恐ろしい死神様が、今じゃ奥方様にベタ惚れのデレデレでよぉ。この街の俺たちから見ても、見てられないくらいの溺愛っぷりなんだわ!」
「まあ……!」
店主の話に呼応するように、たまたま店に居合わせた街の女性客たちも口々に噂話を始めた。
『この前なんて、奥方様がマンドラゴラの討伐をした時、閣下が凄い勢いで馬で駆けつけてきて、みんなの前でお姫様抱っこしてお持ち帰りになられたのよ!』
『夜会でも、他の男が奥方様に近づこうものなら、閣下がものすごい殺気で威圧するらしいわ』
『本当に、仲が良くて尊いわよねぇ……』
街の人々の微笑ましい話を聞きながら、アスカはキラキラと目を輝かせた。そして、チラリと私とザイルを交互に見る。
「へええ……!死神って呼ばれるくらい強くて怖い人が、実は奥様にベタ惚れで、重すぎる愛情を注いでるなんて……最高に尊いですね!ねっ、ザイルさん!」
「……俺には関係のない話だ」
ザイルは腕を組み、興味なさそうにそっぽを向いたが、その耳は街の人々の話(特に『溺愛』という単語)をしっかりと拾っているようだった。
アスカはニヤニヤしながら、今度は私の方に身を乗り出してきた。
「それにしても、なんだかヴェスペル様と奥方様の関係って……ザイルさんとリザレさんみたいですね!」
「は?」
「だって、リザレさんも不眠症のザイルさんのために、わざわざ異世界まで特効薬のお香を買いに来てあげたじゃないですか!もう、愛ですね〜!尊すぎます!」
「……っ!?」
私はボフンッ!と顔から火が出るのを感じた。
「ち、違うから!!私はただ、こいつが寝不足で倒れたりして、これ以上私の仕事の邪魔をされたくないから、仕方なく連れてきただけで……っ!」
「またまたぁ。リザレさん、顔真っ赤ですよ?」
私が慌てて否定していると、隣にいたザイルが、ふっと口元を緩めた。
その青と黄色のオッドアイが、不器用な優しさを帯びて私を見つめてくる。
「……そうか。リリは、俺のために……」
「だから違うってば!!」
盛大な勘違い(?)を加速させるザイルの背中をバンバンと叩きながら、私は逃げるようにお香の代金をカウンターに置いた。
「おじさん、これ貰っていくから!」
「へへっ、毎度あり!お嬢ちゃんたちも、うちの領主様夫婦みたいに、末永くお幸せにな!」
「だから違うーーっ!!」
店主の陽気な笑い声と、アスカの楽しそうな笑い声が、ノクタリアの空に響き渡る。
なんだかんだで、今日買ったお香のおかげで、今夜はザイルも少しは静かに眠ってくれることだろう。……私のベッドには絶対呼ばないけど。
【アスカからの特別なお知らせ!】
はいはーい!配信者のアスカです!皆さーん、今回私たちが訪れた要塞都市ノクタリアを治める、『死神伯』と、専属調香師のあま〜い物語……気になりませんか!?
実はなんと!そのお二人の新作小説が、カクヨムで読めちゃうらしいですよ!
不眠症で恐れられていた死神様が、理不尽な婚約破棄をされた魔術師の女性を雇い入れ、もう限界突破レベルで溺愛しまくる、最高に尊くてスカッとするお話です!
タイトルはこちら!▼
『眠れぬ死神と眠らせの調香師――不眠症の辺境伯に拾われた私の甘く危険な夜と、愚者たちに贈る破滅の香り』
https://ncode.syosetu.com/n8079mc/
ザイルさん顔負けの『重すぎる愛』と、最高に気持ちいい『ざまぁ』展開が待ってます!(二章からはちょっぴりダークな展開も)
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『転生したら異世界だった件——勘違いしたイタい転生者が秒で自滅する特異点ギルドの日常とモブ達の物語』
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