魔剣スカーレッド7
「侵入者だと!?何人だ!」
「報告によると一人だとか…」
「一人!?そんな馬鹿、」
大声を出していた研究者の首が飛び、先ほどまで会話をしていた同僚が叫び声をあげようとした瞬間、そちらの首もとび、頭を失った身体がびくびくと痙攣をおこしながら地面に崩れ落ちた。
その横を妙に錆びついた剣を持った黒コートに深紅のマフラーという風貌の人物が通り過ぎていく。
その人物の名はエンカ・ダークハート。
悪を滅する、漆黒の正義を背負いし者であった。
「くそっ!おい!警備は何をやっている!?傭兵の連中は!」
「すでにやられて…」
「一人を相手にか!?ちっ!責任は私がとる!武器の連中を連れてこい!こんなことがカカナツラの当主様にバレたら…早くしろ!」
「はっ!すぐに!」
──────────
騒がしい気配を感じて37番は目を覚ます。
まだ痛みの取れない身体と空腹を訴え続ける腹を抑えて身を起こすと部屋の中には自分以外誰もいなくなっていた。
実験の時間だろうかと慌てて立ち上がるも、それであれば失敗作とはいえ自分が呼ばれないのはおかしいと考え直し、部屋を見渡すとシーツや食事が乱雑に転がっていて、まるで移動を急かされて部屋を後にしたかのような状態に見えた。
「何かあったのかな…でも私には関係ないのかな…」
ぎゅぅぅう…と再び腹が鳴る。
37番は今ならだれにも邪魔されないとうまく動かない身体を引きずって地面に落ちた原型のわからないほどに潰れた食べ物を掴み口の中に押し込んだ。
自分でも惨めだと思ったがこうでもしなければここでは生きていけないから。
「あ…そういえば死のうとか思ってたんだっけ…でも…お腹がすいたままはいや…」
流れ出した涙に構いもせず、ひたすらにぐちゃぐちゃな食べ物を手掴みで胃に納める。
あまりに夢中になっていたためか37番は背後に迫っていたその人物に気づくことが出来なかった。
「おい」
「っ!?ご、ごめんなさい…!」
37番は背後からかけられた声に肩を震わせながら頭を下げて謝罪した。
ご飯を勝手に食べると怒られる。
だから謝らないといけない。
それは37番がここにきて身に着けてしまった常識から来る行動だった。
「顔をあげろ」
「…え」
恐る恐ると37番が顔をあげると、そこにいたのは初めて見る人物だった。
場所故か基本的に白衣や検査服など白い服装の者が多いのに対してその人物はとにかく黒かった。
全身を黒でコーディネートし、首元に巻かれたボロボロの赤いマフラーとわずかに見える顔…そして銀色の髪以外はすべて黒…まるで闇そのもののようだと37番は思った。
「だ、だれです…か…」
37番の問いかけにその人物は答えず、鋭い目つきで37番の全身を観察するとその細腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「きゃっ!」
「お前…ここに捕まっているのか?」
「え…」
「明らかにまともな容姿じゃない。全身に栄養も足りていない。誘拐でもされたのかと聞いている」
「う、うん…そう、です…」
嘘は言っていない。
元々37番は無理やりここに連れてこられたのだから。
黒に全身を包んだ人物は頷くと37番の腕を離して背を向けた。
「なるほど、ならば僕と来い。離れるなよ」
「え、あの…」
「歩くくらいはしろ。お前は立っている…ならば歩けるはずだ。生きたいのなら死ぬ気で足掻け」
「ま、まって!」
一人で部屋を出て行く謎の人物に惹かれるかのように37番はその背を追いかけた。
一体何が起こっているのか、この人物が何者なのか…すべて理解できていないがなぜか今ここでついて行かなければきっと後悔すると思ったから。
──────────
部屋を出た37番が見たのは無数の死体だった。
それも見覚えのある人たちの死体だ。
今まで37番に様々な実験をし、失敗作だと吐き捨てた大人たち。
それらが血を流しながら絶命していた。
まさかこの人がやったのだろうか…?と前を歩く背を見上げる。
「おい、ぐずぐずするな」
「は、はい…」
びくびくとしながらも死体を踏まないように避けながら37番は黒い背を追っていく。
曲がりなりにも食事をとれたからか、いつもより具合はいいが眠る前に受けた実験の影響である身体の痛みはまだとれておらず、どうしても早く移動することが出来ない。
しかし37番は気がついていなかったが黒の人物…エンカは厳しい言葉をかけつつも心無しゆっくりと背後を気にしながら移動をしていた。
その事もあってか二人の距離はそれほど離れることはなかった。
「おい!見つけたぞ侵入者だ!」
「ひっ…」
丁度通路の曲がり角に差し掛かろうとしたところで白衣を着た男たちが武器を手にしてエンカを取り囲む。
多勢に無勢、どう考えてもまずい状況でありながらもエンカは表情を一切変えずに静かに男たちを見渡していた。
「好き勝手やってくれたな!仲間たちの仇だ!」
「ここまでめちゃくちゃにした責任…その命で償ってもらうぞ!」
白衣の男たちが手に持った武器を構える。
「あっ…!逃げて…!」
思わず37番は声をあげてしまった。
何故なら白衣の男たちが手にしている武器に見覚えがあるから。
自分とは違う「成功例」たち。
人を武器にするという邪法の末に絶大な力をその身に宿した究極の武器たちだ。
「逃げられると思うなよ…」
「どうせなら実験と行こうじゃないか。早々には死んでくれるなよ侵入者!」
男の一人が手にした銀色の槍からは風のようなものが吹き荒れていた。
別の者が手にしたフレイルからは目がくらむような光が溢れ出し、はたまた別の男の手甲からはキリキリキリと不気味な金属音がしている。
これが成功例…37番にはない武器としての有用性。
それを突きつけられればエンカは一瞬でその命を無残にすりつぶされてしまうだろう。
だから逃げてと声をかけた。
しかしエンカは37番に一瞬だけ視線を向けると…目にも止まらぬ速さで男の一人の胸を錆びた剣で突き刺し、絶命させた。
「な…!?」
「なにか妙なものを手にしているが…そんなものをいくら用意しようとお前たちのそれが僕の命に届くことはない。なぜだかわかるか?」
エンカが死体の胸から剣を引きぬくと同時に近くにいた男の首を刎ねる。
切り口から噴水の様に血が天に上り、降り注ぐもエンカの身体を汚すことはなく血が避けるようにして地面を汚していく。
それと同時に錆びた剣がその役目を終えたとばかりに砕け散り、キラキラとした破片がまるでエンカと言う存在を部隊に登る役者の様に彩る。
「お前たちが悪で僕が正義だからだ」




