激突する漆黒
図書塔内では静かな時間が流れていた。
ナナシノとエンカは読書に集中しており、ユキノとアマリリスは「バイト」に関しての話し合いを小声で進めていた。
アリスは若干体調が崩れ出したので椅子をベッドにして寝かされており、リコリスはアリスの寝顔を覗き込みながらもモグモグとお菓子を食べていた。
しかしそんな空気に耐えられない者が一人…エンカと共に行動をしていたスカーレッドだ。
彼女は字がほとんど読めないため、読書をすることが出来ず、またエンカが完全に自分を無視しているために手持ち無沙汰であり、いつもなら構わずちょっかいをかけるのだがエンカがどれほど「闇色の書物」を読むことを楽しみしていたかも知っているため横槍を入れることが出来なかった。
この場に他に知り合いがいるでもないスカーレッドはとにかく暇だったのだ。
そんな中で彼女の視界に飛び込んできたのは真っ黒な毛玉…ナナシノの側に陣取っている猫。
珍しい動物だという事で存在だけは知っていたスカーレッドは興味を引かれ、ゆっくりと猫ににじり寄る。
「そ~っと…そ~っと…」
スカーレッドとしては猫に近づいているだけなのだが、猫のすぐそばにはナナシノがおり…ふと気配を感じたナナシノが顔をあげた。
「ひっ!?」
ユキノ以外への対人レベルが0を振り切りマイナスになっているナナシノは自分ににじり寄ってくる(ように見える)知らない人物に驚き、立ち上がろうとして椅子の脚に躓いてしまった。
「あっ!?あぶない!」
その一連の動きを見ていたスカーレッドが慌てて手を伸ばしナナシノの転倒を防ぎ、猫は反射的に身体を跳びあがらせて近くで棚の掃除をしていたレイリの元に駆け寄り、その肩に器用に飛び乗った後でレイリの頬に怒りの猫パンチを繰り出していた。
「だ、だいじょーぶですか?」
「えっと…あ、そ、その…わ、わた…」
お互い手をつないだような状態で固まっており、スカーレッドは無事を確認したいのだが、ナナシノは何が起こっているのか処理できておらず、言葉にならない声を漏らすだけだった。
「ご、ごめんなさい!猫ちゃんに触りたかっただけなんですけど…驚かせちゃった」
「あ、いえ、えと…だ、だいじょうぶ、で…す」
スカーレッドとナナシノは乱れた服を整え、椅子に座りなおす。
そしてスカーレッドは一度頭を下げ、ナナシノはおどおどしながらも頷きひとまず事なきを得た。
エンカはそんな様子を本から目を話してみていたが問題がないとわかると再び闇色の書物に視線を戻すのだった。
「ねーねー、あなた名前なんて言うの?」
反省はしつつも暇な事には変わりないスカーレッドはこれも何かの縁だと、視線をさまよわせているナナシノに声をかけてみることにした。
どうせしばらくは帝国にとどまる予定のエンカとスカーレッドなので友達を作っておくのも悪くないと考えての事だった。
「え…あの…」
「スカーレッドちゃんはね、スカーレッドっていうの!あなたは?」
「ナナシノです…ナナシノ・カカナツラ…」
「カカナツラ…?」
ナナシノの名前を聞いたスカーレッドが目を見開き、ゆっくりと後ろのほうで本を読んでいたエンカの方を向く。
すでにエンカは本を置いており、鋭い視線がナナシノに注がれていた。
そしてそのまま立ち上がると、コートを翻しながらナナシノに近づき、その腕を乱暴に掴み上げた。
「きゃっ!?」
「…お前。「カカナツラ」というのは本当か」
「わー!エンカくんいきなり喧嘩腰はダメだよ!ファミリーネームみたいだし、ただ同じってだけかもだよ!?」
「別に喧嘩腰になってなどいない。ただ思ったより背丈が低かっただけだ」
エンカとナナシノには20センチほどの身長差があり、慌ててエンカがナナシノの手を取ってみたところナナシノが座っていたのもあり身長差を把握できずに持ち上げてしまった。
「悪かった。だがおまえのそのカカナツラという名…詳しく話を──」
瞬間、エンカは巨大な圧のようなものを全身に感じた。
身体中に叩きつけられるような暴力的な気配…それの名は…殺気。
「スカーレッド!」
「え!?あ、うん!」
エンカが手をかざし、スカーレッドの名前を呼ぶ。
それは二人の間で決められている、スカーレッドの武器化の合図だ。
何故今武器化する必要があるのか分からなかったスカーレッドだったが死線を何度も潜り抜けて来たエンカの判断には大人しく従う。
瞬時にスカーレッドの身体が血の糸のようなものに分解され、エンカの手に血を固めて作った剣が構成される。
そしてエンカは振り向き、盾にするように剣を前に突き出した。
直後に何かがエンカに激突した。
あまりの衝撃に身体が浮きそうになるが剣を床に突き刺すことでなんとか持ちこたえる。
「え、ええ!?なになに!?なんなの!?」
驚いたようなスカーレッドの声が血の剣から聞こえるもエンカはそれには答えず…自分に激突してきた何かを見据える。
それは不気味に脈動する黒く、赤い線の入った異形の右腕。
そしてその持ち主は…ユキノだ。
「お前…何のつもりだ」
「ねえ死にたいの?」
「なに?」
「ナナちゃんに手を出して死にたいかって聞いてるんだよ!!」
異形の腕スノーホワイトがエンカを剣ごと掴み上げ、ブンと遠心力を乗せて床に投げ捨てた。
しかしエンカは冷静に受け身を取りダメージを抑え、殺しきれない勢いを利用して立ち上がり血の剣を構える。
「その異形の腕…やはり闇の──」
「何言ってるか分かんないから喋らなくていいよ。いや、二度と喋れないようにしてあげるよ」
バキッとスノーホワイトの鋭い鎌のような五指が歪な音をたてた。
あまりにも問答無用な主人公。




