血縁
「…?」
突然右腕になにか違和感のようなものを一瞬だけ感じた。
痛む…というものではないけれど痒いというか…疼く?そう、右腕が疼くとでも言ったほうがいいかもしれない。
…少し気恥ずかしくなるのは何故だろうか。
それはともかくとして一体何だったのだろうか…?スノーホワイトを使ったわけでもないし…。
「おい聞いてるのかユキノのねーちゃん」
「え、あ、はいすみません」
ネフィリミーネさんに声をかけられて慌てて姿勢を正す。
今は大切な話をしてる途中だった。
先ほど慌てた様子でカララちゃんが私たちの元にやってきて、とある話をしてくれた。
なんとアラクネスート宛にアリスを攫った人たちからのメッセージが届いたそうなのだ。
カララちゃんはクイーンさんと何か話をした後、また慌ただしくどこかに行ってしまったけれど、私たち三人で情報を整理しているところだった。
「メッセージを送ってきたのは某王国の領土で幅を利かせている傭兵組織…というのは表の顔で非合法な手段を用いて薬や人身売買に手を染めているありきたりと言えばありきたりな裏組織みたいね」
「ほう…つまり小リスを攫ったのはこっち側の奴らか。ってかそれって俺様達のボスがあいつだってバレてるって事か?」
「いいえ。内容的には帝国の裏社会に根を伸ばしている私たちに協力を要請するような物らしいわ」
「なるほどなぁ…あちらさんは俺様達が帝国をどうにかしようとしている過激派集団だと思ってるわけだ?思惑通りと言えば思惑通りだが…」
「思惑?」
正直少しだけ話についていけていない。
というかここで暢気に話していてもいいのだろうか?いや、他のアラクネスートの人たちは目下アリスの行方を捜してるみたいだけど…。
「ボスとの関係性に私たちの組織としての在り方…そこを徹底的に偽装していたのが思わぬ方向で好転したとでもいうべきかしらね…私たち表向きはそれこそ殺人に人身売買に薬物を含め違法売買になんでもありの裏組織だから」
「…違うんです?」
「全部が嘘とは言わないけど。少なくとも薬と人身売買は禁止よ」
「なんならそっち方面に関しては俺様達がしのぎを独占するとかなんとか言って潰してるからなぁ…そこらへんは小リスの指示なんよ。ただまぁだからっていい奴らだろ?俺様達…なんて言わないぜ?噂程極悪非道な事はしていないとはいえ、やることはやってるからな。犯罪組織なのは変わらんよ」
「あの…じゃあ結局アラクネスートってなんなんですか?」
リフィルさんに対抗する組織…だという話は聞いた。
でもなんでそれが犯罪組織になるのか、アリスがボスというのも考えれば意味が分からないし、話ほど悪い事はしていない…でも話ほどではないくらいにはやることはやっているってさっぱり全容が掴めない。
「その話はあとでうちらのボスから直接聞いてやれ。悪いが今その話をしている時間は無いからな…んで?小リスの場所はわかったのか?」
「いいえ。メッセージはこれから帝国と王国を巻き込んだ大掛かりな事件を起こすからその後で私たちと接触をはかりたい…という一方的な内容だったそうよ」
「ふむ…帝国と王国ねぇ。小リスをわざわざさらったという事は何をするつもりなのかだいたい想像が出来そうだが…」
「そうなんですか…?」
「おうよ。まぁ一番安直で考えやすいケースとして…王国の兵やらなんやらの格好をして小リスを殺してその証拠を帝国に送り付けでもすればめでたく帝国と王国で戦争の始まりだ。この二国は元々仲が悪いというか王国側が一方的にこっちを敵視してきてるからなぁ…まぁさすがに帝国も無視はできなくなるし、あっちも濡れ衣だなんだとブチキレて応戦してくるだろうからなぁ」
「そんな…アリスが殺されるなんて!それに…本当に戦争なんて起るんですか…?悪いのはアリスを攫った人なんじゃ…」
「そうだとしてもどちらにも面子ってもんがあるし小リスをは民からの人気が高いからな。たぶん王国関係者に殺されたってなればそれが関係ない犯罪組織の仕業と広まる前に戦争と風潮に持っていかれちまう。どうしようもない事なんだなこれが」
そんなの絶対におかしい。
アリスが殺されるってのもそうだし、戦争なんて冗談じゃない。
人は簡単に死ぬのだ。
なのに命を軽い数字として消費する戦争が起こるなんて馬鹿げてるしありえない。
「は、はやくアリスを助けに行かないと!」
「わかってる。だから今、あいつの行方を全力でうちの連中が探してるんだ」
「あの人が攫われたのは昨日の夕方前…まだ24時間も経っていない状況でそう遠くに行っているとは思いたくないけれど…」
「だが俺様達が平然と使っている転移の魔法なんてのもある。どこか人目のつかないところにあれの魔法陣を設置されてたら距離なんて関係ないからな」
「あの魔法ってそんな簡単に設置できるものなんですか?」
「いいや?あれは一応は帝国の…それも一部にしか知られてない魔法だ。小リス発案の魔法だからな。だが…実際にそんな魔法をろくに魔力も持たない小リスが作って、実用が出来てるんだ。作れているのなら他の誰かも同じような魔法を作れるという事だ。あちらさんにその技術がないとは言い切れない。今俺様達にできる事は他の連中が小リスの行方を突き止めることを願っていつでも出られる準備をしておくことだけだな」
それはあまりに悠長な事ではないかと思うけれど、実際にそれしか方法がないのも事実だ。
少なくとも私にアリスを探す手段はない。
「あー…こういう時にうちの姪っ子がいればなぁ~」
ネフィリミーネさんが突然ボソッとそんな事を口にした。
「姪っ子?あなた様に姪がいたなんて初耳ですわ。その方ならあの人の居場所を探せると?」
クイーンさんが驚いたような顔でネフィリミーネさんを見ている。
この二人がどれくらいの付き合いなのかは知らないけれど、どうやら初出の情報らしい。
「まぁな~妹の娘なんだが、何というか勘がいいんだよ。特別な力とかを持ってるわけじゃないんだが…こう妙に悪事に対して鼻が利く?みたいなさ」
「勘ですか…」
今この場で勘などと言う不確かなものを持ち出されては困るとでも言いたげな顔のクイーンさん。
私もそう思う。
ただ手がかりがなさ過ぎる今はそんな物でも頼ってしまいたいと思ってしまう部分もある。
「ちなみにその姪っ子さんに連絡を取れたりは…?」
「無理だなぁ居場所知らんし。てか嫌われてるんだよなぁ俺様~…昔ちょっと色々あってな~たぶん偶然出会うようなことがあったら問答無用で殴りに来るくらいには嫌われてる」
「何をしたのよあなた…」
「ぎゃはははははは!まぁプライベートなことなんで黙秘だ黙秘」
どうせ手を出したとかじゃないのかな…うん、そんな気がする。
しかしネフィリミーネさんの姪っ子かぁ…私にはそんな関係の人はもちろんいないからピンとこないのだけど、確かこの人と初めて会った時に誰かに似てると思ったんだ。
その時は気のせいかもしれないと思ったけどもしかしたりするのだろうか。
「ま、状況の整理も済んだし俺様達もそろそろ動くか…じっとしてても始まらん」
そういってネフィリミーネさんが立ち上がって…ふと目線を私の背後に向けて固まった。
目を見開いて驚いているみたいな表情で、この人もこんな顔をするんだなぁとちょっと思ってしまった。
いやそれよりもいったいどうしたのだろうか。
「ネフィリミーネさん?」
「お前…なんでここに」
ネフィリミーネさんが私の背後を見たままそんな事を言った。
誰かいるの?と私も振り返ってみるとそこには見たことのある人がネフィリミーネさんと同じように目を見開いた状態で立っていた。
そして私はようやく気がついた。
そうだ…ネフィリミーネを初めて見た時に誰かに似ていると思ったのはこの人になんだ。
乱雑に切られた銀髪に真っ赤で長いマフラーに真っ黒なコート…。
私の背後にいたのはエンカさんだった。
ダークハート姓はエンカくんの祖父母から繋がっている上にネフィリミーネさんは結婚も何もしていないためフルネームはネフィリミーネ・ダークハートになりますが恥ずかしいのでアリスにも名乗ってない感じです。




