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聞かれてびっくりした。
気が付くと、一樹の目から、一筋だけ、涙がこぼれていた。
「え?何で?私、何で泣いてるの?」
カップルが、その声に気が付いて、振り返って見ているのが、わかる。
でも、カップルには背を向けているので、一樹の表情は見えない。
「何で?」
と、驚きつつ、夢が覚める直前、閃光のように流れた感情を思い出した。
何か、とてつもなく哀しい気持ちだった。
一瞬、流れた。
夢の記憶とセットになる感情なのかもしれないし、そうでないかもしれなかった。
ただ、どうしようもなく哀しい感情だった気がする。
目の前の学生を見て、遊史を思い出したけど、この哀しみは、遊史絡みじゃないことだけは、はっきりしている。
けれども、それ以外のことは、全くわからない。
一樹が、ごくごく自然に、女言葉を使い、自分の中の感性が、あの夢の自分と同化していることを感じる。
でなければ、今、この状態が、自然で、ひどく自分に馴染んでるなんてことが、説明できない。
一体、何が起こったの?
そして、この涙…。
これは、一体、どんな感情なのよ。
この涙の理由を、誰か教えてよ。
「感情だけの記憶が、よみがえるということも、あるのかもしれませんね。」
学生の言葉は、自分自身が納得するための独り言のようにも聞こえたが、一樹にとっては、たった今、心の中で一樹が問いかけたものの返事のようにも聞こえた。
感情だけ。
まさにそう。
一瞬流れた感情は、途方もなく、懐かしくて、切なくて、そして、哀しい。
けれども、それが、どの記憶に基づく感情なのかはわからない。
日常を切り取ったようなあの夢には、続きがあったのか?
もはや、考えることもできない。
曖昧に霞みすぎて。
不思議な日だった。
ママが、一樹に、メニューを持ってくる。
そう言えば、何も注文していなかった。
「ブレンドを。」
珈琲だけ、注文する。
「飲む?」
と、学生に聞くと、彼は、微笑みながら、首を振った。
「明日までにレポート提出なんで、もう、帰ります。」
食事のプレートは、きれいに平らげられている。
食べ方がきれいだ。
躾の行き届いた育ちの良さを感じさせる。
「また、来る?」
一樹は、つい、声をかけてみる。
「ええ。近くなんで、よく来ます。」
微笑みながら、その学生は、答えた。
「そう。私も、常連になろうかしら?」
「ぜひ。ここは、料理が最高なんです。」
「こんな遅くまでやってるのね。」
「ええ。有難いと思っています。僕は、料理が苦手で。」
物静かで、無口な、おとなしい子かと思っていたら、意外に、人懐こくて、しゃべる。
驚いた。
なんだか、初めて会う気がしない。
遊史に似てるせいだろうか。
運ばれてきた珈琲は美味しかった。
遊史に似たその学生は、テーブルに広げていた参考書とレポート用紙、筆記用具などを、リュックにしまいこみ、立ち上がろうとして、一樹を見、少し、首を傾げた。
そして、不思議なことを言ったのだ。
「今日は誕生日ですか?」




