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バースデー  作者: K
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27


誕生日?


 唐突な質問だった。

 真面目そうな、この目の前の学生が、一体何を言い出したのか、その真意を疑うくらい、あまりに唐突だった。


 誕生日?

 え?


 昔、誰かが言ってたことがある。

 人には、魂が入ってくるときが3回ある。

 一つつめは、母親のおなかに入ってくるとき

 二つめは、ものごころついたとき

 そして、三つめは、いつだったっけ?

 誰から聞いたかもわからない記憶だ。三つめがあったかどうかもわからない。

 

 でも、もし三つめがあるとしたら…。


 考えてしまう自分がおかしかった。


 今日は、一樹が生まれた日ではない。

 それを、そのまま伝えればいい。

 今日は、自分の誕生日ではないのだ。

 おめでたい日では決してなく、失恋を目の前に確実につきつけられた傷心の一日なのだ。


 なのに、すぐに否定しなかったのは、この目の前の学生が、あまりに無邪気に聞いてきたからだろうか?

 それとも、この学生の風貌が、遊史に似ているからだろうか?

 一樹の心が、全く意味のない言葉に、この偶然の意味を持たせようと、しているのかもしれない。

 この喫茶店に入ってからの不思議事情の一環に、この学生の存在もあるような気がして、その彼が、遊史に似てるってことで、必死にこの言葉の理由付けを考えてる自分におかしくなった。


 簡単に、否定するのが、何故かもったいない。


 大事なフレーズなんだって、自分自身に思わせたいのだ。きっとそうだ。


 すると、背後から、声がした。

「ご馳走様でした。お誕生日おめでとうございます。」

 振り返ると、カップルの二人は、既に珈琲も飲み終え、帰るために立ち上がっていた。

 OLの屈託のない明るい声と対照的に、

「どうも。」

 リーマンの男の方は、居心地悪げに、軽く頭をさげる。

 理不尽な被害者のこの男は、ややキツそうな見た目と違って、いい奴なのだろう。

「いやね。私が悪いのよ。」

と、近所のおばさんのように、一樹が返すと、驚いたことに、

「お誕生日、おめでとうございます。」

 声は小さかったが、よく通る声で、祝福の言葉を伝えてくれたのだ。


 うっそ。


 一樹の心が、ほわんと温かくなった。

 誕生日ではない。誕生日ではないが、心の中が、こんなに温かくなることが、最近、あったかと思う。

 知らない男女に、誕生日のお祝いを告げられただけだ。


 しかも、間違ってるし…。


 学生の方を顧みると、何故かにっこりしている。

 なんで、私の誕生日だって思ったの?

と言いかけた言葉を、その笑顔を見てひっこめた。


 何か、遊史とは、けた違いの破壊力を持った笑顔だった。

 どぎゅーんという擬音が頭に浮かぶ。心に弾丸をくらう音だ。

 そして、その破壊力を保持したまま、彼も同じセリフを吐く。

「お誕生日、おめでとうございます。」

「あ、ありがとう。」


 この場をどうつくろえばいいのかわからず、とりあえず、礼を言う。


 いやいや、今日、誕生日じゃないから。


と、冷静な一樹が、突っ込むが、この後に及んで、否定するなんて、あまりに、空気を読まなすぎじゃない。


 かくて、誕生日じゃない一樹が、誕生日を祝福されて、一人、残された。


 カップルも学生も、結果的に嘘をついたようで、複雑な一樹を置いて、笑顔のままで帰ってしまった。


 呆然としていた一樹の頭上から、更にコロコロとした声が降ってきた。

「お誕生日、おめでとうございます

 見上げれば、ママが、嬉しそうに、ホイップたっぷりのシフォンケーキを持ってきていた。

「これは、サービスです。珈琲、もう一杯いかが?」

 さすがに、これは受け取れないと思い、

「いえ、生まれた日は違います。」

と、慌てて、妙な言い訳をする。

 すると、ママは、更ににっこり笑った。

「何の、誕生日でも、いいじゃないですか。」

「え?」


 何の誕生日でもって?

 意味がわからないんだけど…。


 優しいママの目は、それでも、有無を言わさない力があった。

「爽君が言うなら、その通りだと思いますよ。」


 何だ? この矛盾だらけのセリフは…。

 生まれた日じゃなくてもいい。誕生日はって、彼女は言ってる。でも、爽君が言うなら、その通りって、爽君とやらが言うなら、今日が、誕生日だってこと?

 ちなみに、学生の名前は、爽君だと、今知った。


 このママと爽君の関係は、わからないが、

 爽君の言葉に、このママは、全幅の信頼をよせているようだ。


 誕生日が、本当の誕生日であろうが、なかろうが、どっちでもいいという感じに聞こえるのに、爽君が言う誕生日というのは、絶対だと思っている節。

 まあ、何となく雰囲気的にわかるけど。

 誰でもなく、彼が言うことには、意味があるような気がするのだ。


 母親のおなかに入るのは、自分が決めたことだ。

 つまり、その誕生は、自分で決めたのだ。


 今日が、もし、爽君の言うように、誕生日の方が絶対なんだとしたら、それは、私自身が何かを決めた日じゃなかろうか?

 運命を決めた日? 岐路の方向を決めた日? あるいは、ここに入ろうと決めた日?

 こことは、もちろん、この喫茶店だ。変なことは、この喫茶店に入ってから起こった。

 勿論、それが、誕生日の決意にふさわしい事柄なのかはわからない。

 遊史を忘れること。新たな恋をすること。決めると決めたら、いくらでも、出てきそうなきもする。あの夢が何かしらの、決意を示す指標なのかもしれない。そんな不思議な夢ではあったと思う。けれども、その正体も不明だ。


 不思議な日…。

 

 ママに押し付けられたシフォンケーキは、甘く、口の中に入れたとたんに、ほわりと溶け、ほんとに、美味しかった。珈琲との相性も良く、ママの腕の確かさを感じられた。爽君も、味は保障していた。


 そのママは、楽しそうに、カップの片付けに入ってる。メニューは、一樹の前のテーブルに置かれたまま。開いてみると、いくつかの飲み物のメニューの隣に、朝は、モーニングプレート、昼は、ランチプレートとある。そして、夜は、ディナープレートだ。いずれもママのおまかせっぽい。多分、料理が苦手で、近くに住んでいるという爽君は、このモーニングやらランチやら、ディナーやらを、この喫茶店で、賄われてるのだと思われる。

 


今、決められることは何だろうと、残ったケーキの屑を、皿の端に集めて、一樹は考えてみる。




人は、見失っては見つけていく。


恋だけじゃない。失うものは、いっぱいある。見失って、どうしたらいいか途方に暮れる経験も、いくらだってある。


人は、簡単に見失う。

けど、また、何かを見つけ、何かを決断し、何かに向かって進むことができるのだ。

 とにかく…。


 些細なことでもいい。

 どうでもいいと思うようなことでもいい。

 何かを見失った自分が、妙なきっかけで、妙な出会いをした。


 理由を、きちんとつける必要もない。

 感覚だけでもいいはずだ。

 感だけでもいいはずだ。


 また、来よう。


 そう、今、一樹は、決めたのだ。



今回は、爽の解説がないので、よくわからないままで終わりました。2作目の「ソウルメイト」を読んでいただける機会がありましたら、その話が、今回のものと掠っていることに気づかれるかと思います。

気が向いたらお願いします。

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