表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バースデー  作者: K
PR
15/27

15

 朝になった。

 一樹は、二日酔いになったことはない。

 体質的に、酒には強いようだ。

 酔いつぶれたことは一度もない。


 昨日は、徹夜するつもりで飲んでいたが、遊史がつぶれるのが早かった。

 ベッドに促したが、テーブルに突っ伏したまま動かなかったので、そのまま、毛布だけかけてやった。

 遊史は、昨日の姿のまま、爆睡してる。

 前回と違って、心なしか、表情が和らいで見える。

 酒の量も、そんなに多くはなかった。

 酒でつぶれたと言うより、睡眠不足でつぶれたのかもしれなかった。

 寝れないとは言わなかったが、目の下のクマは、以前より濃くなっていたような気がする。


 昨日、抱えていたものを吐き出して、少しでも荷が軽くなっていればいいのだけど。

 一樹は、遊史の呆けた顔をのぞきこんだ。


 この前のキスがフラッシュバックする。

 心臓が、ぎゅっと掴まれたような気がした。

 痛い。

 鼓動が早くなった。


 もう一度…


 一樹は、遊史の顔に、自分の顔を近づけた。

 もう一度だけ…

 その唇に触れたい。


 一樹は、ゆっくり、遊史の顔に近づいた。

 まつ毛の一本一本まで、わかる距離になり、閉じられた瞼が、小刻みに揺れるのがわかった。

 一樹の喉がゴクリと鳴り、身体の奥に、形容しきれない疼きを感じた。

 

 遊史…好きだ。


 そう思った瞬間だった。


 いきなり、目の前の瞳がぱっちりと開いた。


 それこそ、目の前にいる一樹に驚き、遊史は、弾けるように、身体を起こした。


「一樹?」


 とっさに、一樹が言いつくろった。


「寝言、言ってたんだよ。」

「寝言?」

「だから、寝てるのかどうか、確認しようとして…」

「そうか。」

 遊史は、苦笑した。

「この前、変な夢見たから、変な想像しちまった。」

「変な夢?」

「お前に、キスされた夢。最低だろ?」

 遊史は、声をたてて笑った。

「まじか? お前、欲求不満だな。」

 同じテンションで笑いながら、一樹は、何故か泣きそうになって、台所に逃げた。

「で、俺、何て寝言言ったんだ?」

 遊史が台所に向かって声をかける。

「何か、わけわかんないこと。」

「ふ-ん。」



 遊史の為に、パンを焼き、遊史の為に、野菜を刻み、遊史の為にウインナーと卵を焼き、遊史の為に、珈琲を入れる。

 嬉しい作業なのに、哀しいのは何故だろう。

 お前にキスされた夢、最低だろ?

 遊史の明るい声が、何度も頭の中でリフレインする。


 遊史は、少し頭痛はすると言ったが、前回に比べると、二日酔いとはいえないくらい元気だった。

 朝食が並ぶと、本当に嬉しそうに笑った。


「いいね。ずっと珈琲だけで会社行ってたから、こんなにしっかりした朝ごはんなんて、久しぶりだ。この前は、せっかく用意してくれたのに、吐き気がひどくて食べれなかったからな。」


 遊史は、あの時は、悪かったと、酔っぱらって、ここに連れて帰られた夜と、二日酔いの朝のことを謝った。

「本当に、死にそうでさ。あの後、タクシー拾って帰ったんだけど、あと、5分乗ってたら、間違いなく、タクシーの中にぶちまけてたな。」

 快活に笑う遊史は、何か、憑き物が落ちたからのように、囚われたものから、解放されているようだった。


 普段、激しい感情を出さない男が、初めて人前で、感情を吐露した。

 泣いたら、すっとする。

 泣けば、落ち着く

 そんな話は、よく耳にするが、それは、本当のことだったらしい。

 泣いたことが、遊史にとっては、精神衛生上にも良かったことは、今の遊史を見てもあきらかだ。


 酒の力を借りた。

 けれども、酔わなきゃ、言えないことだったし、酔わなきゃ、泣けなかったはずだ。

「みっともないとこ、見られちまったな。」

 遊史は、ちょっと恥ずかしそうに笑って、言った。

「ありがとう。お前のお陰で、何か、吹っ切れたよ。」

「いや、俺は何も…。」

 一樹が言いかけると、遊史は、もう少し大人になったかのように、深い笑みを見せた。


「罪悪感は、一生、持ち続けると思う。香子に対する俺の負い目も、多分、消えない。」

「…。」

「でも、あのまま、義務感で、香子と向き合っても、きっと、上手くいかなかった。俺に、それだけの器量がなかったということだ。情けないけど、所詮、この程度の男なんだ。これが今の俺なんだって認めるよう努力するよ。」


そう笑った遊史は、いつもの遊史だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ