政変が起きたので、偵察機を発進させました。
しばらくの間目立った敵の攻撃もなく、私たちは順調に模型の『実体化』や陸戦部隊の養成を進めて行った。僕と幸作君は相変わらず模型を作り、それをミコさんたちが『実体化』する。この繰り返しだ。
そしてジフ王国側にも工廠を設置するなどして、ある程度の製造や修理も可能な体制を整えて行く。こうすることで、単に前線の兵力だけでなく後方支援体制も構築し、より強力かつ持続的な戦力発揮が可能となるわけだ。
しかし好事魔多しとは、良く言ったもの。
その日も私たちは荷物を満載したトラックごと、レクの海軍基地に転移した。そして幸作君とケイさ・・・じゃなくてケイ君に荷物の整理を任せて、私とミコさんは飛行艇に乗り込んで、ヅイヤにいるウトカ将軍の元へと向かった。
ところが、ヅイヤの海軍総司令部に顔を出すと、場が慌ただしいを通り越したパニック状態になっていた。
「何だ何だ!?敵が襲撃でもしてきたのか?」
僕はてっきり、また外敵による攻撃があったのかと思った。
「ねえ、ちょっと。何があったの?」
ミコさんが一人の兵士を呼び止めて、問いただした。
「何だよ!この忙しい・・・失礼しました!」
水兵が私たちの服を見た途端、直立不動の態勢で敬礼する。まあ、ミコさんは大尉に相当する一等士官。そして私は客員とは言え、将軍の階級章つけてるんだからね。なんだかちょっと申し訳ない。
「気にしないで。それよりも、この騒ぎは一体何?」
「また4か国の内のどこかが攻めてきたのか?」
けど水兵の次の言葉で、この予想はあっさりと覆された。
「外からではありません!内乱ですよ!」
「な、内乱!?」
「自分にも詳細はわかりかねますが、大規模なクーデターが起きたとのことです」
「わかった。ありがとう。大和さん、早く将軍の元へ」
「そうですね。ああ、水兵。呼び止めて悪かったね。持ち場に戻ってよろし」
「失礼いたします!」
水兵はすぐに走って行ってしまったが、僕とミコさんもウトカ将軍の元へと走った。
「「失礼します!」」
将軍は作戦室にいて、数少ない幹部たちと地図を見ながら会議をしているところだった。
「おお!2人とも来てくれたか。早速だが、王都で政変が起きた」
「聞きました。例の保守派の輩ですか?」
「そうだ。連中、外の国々との交渉を嗅ぎつけていたようでな。それに業を煮やして、ついに暴発しやがった」
将軍が苦虫を潰したような顔をする。保守派の動向は、彼も気に掛けていた事象だ。それなのに、クーデーターを防止できなかったのだから、悔しいのは当然だろう。
「で、将軍。具体的にどうなっているのですか?反乱勢力の規模は?王室は?連中はこちらにも攻撃を仕掛けてくる気なのですか?」
「それがあまりよくわからんのだ。奴らが王都周辺を封鎖したせいで、情報が入ってこないんだよ。今全力で収集しているんだがね」
そう言えば、このジフ王国は元々魔法の国。辛うじて有線による電信はあったはずだけど、無線はおろか電話もなかったはず。電信なんて基地局押さえるか、どこかで線切られれば終わりだからな。
「じゃあ、クーデーターの情報は?」
「海軍省の密使が、何とか封鎖を突破して届けてくれたんだよ」
「つまり伝令ですか・・・え?となると、発生したの何時ですか?」
「三日前だ」
普通にため息が出た。情報に即時性が無いから仕方がないが、三日か。となると、政権の主要な部分は抑えられて、保守強硬派の政権が既に誕生しているかもしれないな。
そうなったら異世界人の私なんか、何されるかわからないし。これはサッサと逃げるに限るかな?
「今形勢が不利になったら、我々を見限ろうとか考えなかったかね?」
「ハハハ、ナンノコトヤラサッパリデスネ」
ガッデム!完全に読んでやがるよこのおっさん!
「コホン。とにかく、状況がわからないのであれば、情報収集が必要です。早速偵察機を出して王都上空を探らせましょう」
『実体化』を進めた結果、こちらの手元には旧海軍の「彩雲」やら旧陸軍の百式司偵、さらには架空戦記に登場した高高度偵察機なんていうのもある。もちろんカメラも装備している。いや、待てよ。それだけじゃあ心細いな。アレも出すか・・・
「おお、頼む!こっちじゃどうにもならんからな」
「と言う訳で、ウトカ将軍直々に頭を下げられたんだから、その期待に応えなくちゃいけない。王都周辺の偵察と情報収集のために、出せる機材を洗いざらい投入する」
レクに戻った僕は、早速幹部(というより何時もの仲間たち)とともに作戦会議。ウトカ将軍からの要請に基づいて、航空戦力による王都タベスへの航空偵察を決めた。
「だからって店長、アレを出すんですか?」
幸作君の言葉に、僕は大きく頷いた。いや、確かにね。日本人として心情的にアレを使うのは気が進まないけど、一方で辛酸を舐めさせられただけに、その実力は折り紙つきだ。
「もちろん。今は使えるものは全部使う。そのために、飛行場も整備したんだし」
今僕たちがいるのは、レクの工廠近くに建設した飛行場だ。3000m級の舗装された滑走路を持つ、重爆やジェット機の運用さえ可能な巨大航空基地だ。
ちなみにその建設には『実体化』した重機類の模型が大いに役立った。何せこれだけの飛行場をたった1週間で完成させちゃうんだからね。
で、完成した飛行場には主に陸上基地で運用する機体を順次配置中。「隼」「鍾馗」「飛燕」「疾風」五式戦にP51やTa152、「シュトルモヴィク」に架空戦記に登場した「スツーカ・ツヴァイ」とか、「銀河」に「飛龍」それからB25とか言った双発機なんかもある。
と言っても、『実体化』出来る数に限りがあるから、これらの機体はまとまった数はなくて、多くても5機、少ないと1機しかないのが現状。航空隊というより、航空博物館に近い感じだ。
そんな航空博物館の機体の中から、今回の作戦に用いられるのは旧日本陸軍が使用した100式司令部偵察機1機に、旧海軍の二式艦上偵察機3機に、同じ艦上偵察機の「彩雲」5機だ。
二式艦偵と「彩雲」の数が比較的揃っているのは、空母を『実体化』した際に艦載機とセットで『実体化』が出来たからだ。
ただ以前は、空母搭載の機体はその空母の艦魂が操作する必要があったので、今回のような陸揚げ使用は現実的ではなかった。
しかし、そこは魔法で生み出した産物。ミコさんとケイち・・・じゃなくてケイ君ら魔導師の皆さんが研究した結果『実体化』で生み出した物体は魔法が掛かっている状態なので、『実体化』した本人限定となるが、『使役』の魔法を掛けることで、魔導師本人による直接制御が可能になった。
ただ消費する魔力の量が『実体化』よりも大きいのは間違いないようなので、今後の課題だ。
余談になるけど、地球製の栄養ドリンクを魔導師の方に飲ませると、魔力量が増えることが最近わかった。ただし飲みすぎると逆に体内に蓄えられる魔力量の限界値を突破して流出するので、飲みすぎ注意。現状こちらも課題だ。
とにかく、陸上基地から出撃させられる機体が増えた。とはいえ、旧日本軍のカメラなどの偵察用機材の質は決して高い方ではないので、さらに2機の偵察機を加えた。
1機は架空戦記に登場した「快雲」で、外見は100式司偵似だけど、排気タービン付きで高高度飛行ができる優れものだ。
そしてもう1機。この機体が僕と幸作君がアレと言っていた機体だ。
打ち合わせから1時間後、その機体がエンジンを起動して駐機場から進み始めた。
「やっぱりデカイですね」
「大きさだけで言えば現代の旅客機の方がデカいし、見慣れた二式大艇もそれなりの筈なんだけど、この飛行場だとアレ1機だけだから、際立つのは間違いないよな」
機体の大きさも然ることながら、四基のR3350型空冷エンジンが立てる轟音も中々の迫力だ。
飛行する姿そのものは『実体化』した際の試験飛行時に、一度見ている。それでも、やはり他の機体に比べて際立って大きいせいか、トテツモナイ存在感がある。ミコさんやケイ君などこちらの世界の人たちに至っては、どちらかというと怯えた顔で見ている。
最も、その存在感は単に大きさだけではあるまい。
もし今飛び立とうとしている機体を現代日本人が見れば、十中八九「B29」、そうでなくても「原爆を落とした飛行機」だとか「昔日本を空襲した飛行機」とかそういう感想を抱くはずだ。
しかし、それは半分正解で半分間違い。確かに今飛び立とうとしている飛行機は、かつて米国が開発したB29超重爆撃機と外見は瓜二つだ。4つの巨大なエンジンに、デコボコのほとんどないストレートで、ジュラルミン地肌が剥き出しの無塗装の機体。
だけどこの機体の仕事は、爆撃ではない。その爆撃を行う事前の偵察が目的の機体だ。B29の偵察機バージョン。「F13」がこの飛行機の正式名だ。高性能カメラを搭載し、高高度から地上の様子を完璧に撮影する。
前大戦の日本本土空襲で、直接日本を焼き払ったB29の印象は強いけど、そのB29の目標の選定や戦果確認に必要不可欠な機体がこのF13だった。
どんな強力な爆撃機でも、目標の詳細な情報や精密な戦果確認が行われなければ、その真価を発揮できない。
この機体が撮影した写真によって爆撃計画が練られ、そして焼き払われた都市の姿が残された。
やられた側の日本人からすると、色々複雑な想いを抱かせる機体だ。しかし客観的に見れば、高高度から精密な写真を撮影できる機体には違いない。
だから本来は洋上の敵艦隊や、直接的本土を偵察する長距離偵察機として用意したんだけど、まさかこんな形で実戦に投入することになるとは思わなかった。
「あ、店長離陸しますよ」
「うん」
長大な滑走路から、余裕をもってF13が轟音を残して離陸していく。
過去は何であれ、この機体を含めた偵察機の働き如何で、今後が大きく左右されるのは間違いない。先行した他の偵察機と共に、期待する働きを全うすることを、私は祈った。
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