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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第十ステージ

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98/111

敵味方

 目が覚めると視界一杯に鴨井の顔があった。最悪の目覚めだ。


「おはよう」


「おはよう。何でここにいるんだ?」


 素直な疑問を口にした。セーブポイントから立ち去ると口にしていたのに、何故、今もここに滞在し続けているのか理解不能だ。


「キミの戦いに、いたく感動してね。賞賛の言葉を送ろうと待っていたのだよ」


 覗き込んでいた顔をどけたので、上半身を起こす。間違いなくセーブポイントの部屋だ。他のプレイヤーは部屋の隅で警戒しながら、こっちの様子を窺っている。

 剛隆が顔を真っ赤に染め、口を開きかけていたので手で制しておく。ややこしいことになりそうだからな。


「それはどうも。完敗だったけどな」


「身体能力が二倍以上……いや、筋力は三倍近くか。それぐらい差があるというのは、現代日本で例えるなら子供と鍛えている大人ぐらいの差だ。大人が小学生の低学年の子供に喧嘩で負けるかい? それに加え特殊能力を限界まで鍛えているんだよ。それに、幾度も実戦を経験してきた……当然の結果だ」


「その通りだな。あんな戦い方じゃ勝てるわけがないか……はぁ」


「落ち込むことはないさ。結構焦った場面もあったよ。頑張ったキミには俺から情報を一つ進呈しよう。探索側のクリアー条件である強力な敵は前回、このステージをしらみつぶしに探索しても俺たちは見つけられなかった。これがヒントだよ」


 見つけられなかった? 第十ステージのマップが全て埋まっているということは、隅々まで歩き回ったということだ。見逃した場所もないというのに……何か特定の条件が必要なのかもしれないな。


「貴重な情報、感謝するよ」


「どういたしまして。まあ、俺を倒さない限り、情報が生かされることはないけどね」


 口元を押さえて笑いをかみ殺している。何がそんなに楽しいのやら。

 鴨井が何を思おうが、この情報はかなり有益だ。忘れずにおこう。


「さーて、じゃあ、そろそろ、おいとまするかな。歓迎されていないようだし」


 鴨井が腰を上げただけで、他のプレイヤーがびくりと体を縦に揺らし、過剰に反応している。


「いや、俺たちが移動するよ。ここは袋小路になっているからな。正直な話、あんたから逃げるにしても、一本道を抜けたところで待ち構えられていたら逃げようがない」


「ああ、なるほど。じゃあ、俺は一日ここでゆっくりさせてもらうとするよ。倒しに来るのも、逃げるのも自由にしてくれ。正面から叩き潰すのも、追い詰めるのも、趣が違って楽しめるから」


 再び腰を下ろすと、そのまま寝そべり、ひらひらと手を振っている。

 俺たちは全員揃って、後ろを警戒しながらセーブポイントのある部屋を出て行く。他のプレイヤーは、気まぐれで後方から襲い掛かられるのではないかと、気が気ではないようだが、そんなことはしてこないだろう。

 鴨井はこのゲームを心底楽しんでいる。自分が遊び尽くす為に情報を明かし、こうやって逃げるチャンスも与えた。自らおぜん立てした舞台を壊すような真似はしないと思う。


 みんなの足取りは重い。全員が俯き気味で、言葉を発しようともしない。いや、剛隆と零士は別か。黙ってはいるが目が濁っていない。今も強い意志を秘めた光を宿している。


「みんな、歩きながらでいいから聞いてくれ。今から、殲滅側がいると思われる、もう一つのセーブポイントへ向かおうと思う」


「この状況で殲滅側と争っている場合じゃ……」


 口を挟んできたのは、ショートカットで目の大きな女性。確か、剛隆のチームにいた人か。ダウンジャケットにロングブーツ、手には柄の長い斧に似た武器。確かハルバードという武器だったと思う。

 彼女に関しては、部屋の隅で震えていた印象しかない。


「ああ、戦う訳じゃないよ。鴨井との戦いに協力してもらえるよう交渉しようと思って」


「悪くない考えだとは思うけどよ……あいつら俺たちの話をまともに聞くか?」


「不本意ながら、剛隆と同じ意見だ」


「俺が言っても警戒されるだけだろうな。だから――」


 そこで言葉を区切り、後ろからついて来ていた他のプレイヤーに向き直る。


「この中で殲滅側の人間がいるなら、協力してほしい。このままでは、そっちも勝ち目がないのは理解できたはずだ。頼む!」


 深々と頭を下げ、相手の反応を待つ。

 さっきの戦いは、どれだけ追い詰められた状況なのかを殲滅側に伝える意図もあった。この中から殲滅側を引っ張り出し、鴨井を何とかする。それが、一番確率の高い戦法だろう。

 この中に殲滅側が一人もいなければ、かなり間抜けな行動だが、最低でも一人は潜んでいると考えていた。俺が殲滅側なら、そうすると断言できる。

 誰か一人でもいいから反応してくれ。そう願いながら頭を下げた状態を維持し続けている。どれぐらい、そうしていただろうか。すっと誰か一人が前に出た気配を感じ取った。


「軍曹殿、顔をお上げください! 今まで騙していて申し訳ありませんでした! 自分が殲滅側の工作員でありますっ!」


 顔を上げると、唇を噛みしめ敬礼している横道がいた。

 彼も殲滅側か。もう驚く気力もなければ、動揺もない。誰が名乗り出てもきっと俺は平静でいられる。


「そうか。勇気を出して名乗り出てくれて、ありがとう」


「いえ! これも殲滅側として生き残る為に必要だと判断したまでです! 自分は工作員でありますが、今まで軍曹殿と共に過ごした時間は、本当に有意義で満ち足りていました!」


 その言葉は本音だと信じたい。いや、信じよう。彼も探索側であれば、もっと親しくなれただろうに。暑苦しいところは勘弁だが、悪い人間ではない。そう、殲滅側だからといって悪人ではないのだ。


「横道さん、殲滅側との交渉を手伝ってもらえるかい?」


「当たり前であります! 織子殿もいらっしゃるので、大丈夫だと思われます!」


 敵側の俺に敬語を使う必要はないのだが、彼の思うようにさせておこう。

 彼のおかげで何とか成るかも知れないな。あとは殲滅側の能力如何によっては、鴨井を何とかする手段を見いだせるかもしれない。

 今まではこのステージを攻略する糸口も見つかっていなかったが、マップが埋まり鴨井からの貴重な情報も得た。するべきことが明らかになった今、目標が絞られてむしろやりやすくなった……とでも思っていないとやってられない。


「あとは殲滅側の出方次第か」


 あの時、別れ際に背後から撃たなかったら良かったなと、今更ながらに少し後悔した。





「恥ずかしながら帰ってまいりました! 軍曹殿から皆様に話があるとの事です! とても重要な案件ですので、耳を傾けてもらえれば幸いであります!」


 セーブポイントのある部屋の前で横道さんが大声を張り上げている。気配を探り、セーブポイントの部屋に八人分の気配があることは確認済みだ。

 その中に親しみのある気配が一つ。織子もいるのは間違いない。


「横道さん、バレちゃったの?」


 部屋の入り口から姿を現したのは、体にぴったりと張り付いたライダースーツという扇情的な格好をした、元仲間――織子。

 その背後には他のプレイヤーも横並びでいる。一応武器を手にはしているが、相手は安全地帯にいるからだろう、余裕が感じられる。


「は、訳がありまして、自ら殲滅側だということを暴露しました! その理由を説明したいのですが構いませんでしょうか!」


「うん、まあ、気になるから教えて欲しいけど……みんなどうする?」


「三人とも、無事戻ってこられたのか。こんな場所で立ち話も何だ、部屋に入ってもらおう」


 センター分け眼鏡が、中に入るように促してきた。慎重にならなければいけない場面なのだろうが、今は時間が惜しい。それに、交渉を持ちかけたのはこっち側だ。誠意を見せておかないとな。


「行こうか」


 俺が先頭に立ち、セーブポイントのある安全地帯に足を踏み入れた。

 流石に探索側は全員警戒して、入り口付近に纏まっている。俺も毒の沼地に繋がっている通路には近寄りたくはないな。


「何はともあれ、まずは話を聞こうか」


「さっきの話なのだが――」


 俺の説明を真剣に聞いてくれている。鴨井がこのゲームをクリアーしたプレイヤーだという話に差し掛かったところで、一度大きくざわついた。

 更に、殲滅側でもあり探索側でもある、と伝えると顔色が変わり気配が激しく蠢く。動揺が手に取るように伝わってくる。


「――というのがあらましだ」


「そんな馬鹿げたことが……本当のことなのか?」


 センター眼鏡が腕を組んで唸っている。問いかけられた横道さんは大きく頷く。


「間違いありません。戦闘力は五対一で圧倒しておりました! それも能力を制限していてのことであります!」


「相手が本気を出して『威圧』を発動させたら、まともに動ける者は皆無だろうな」


「ここにきて、第三勢力が現れるとは……非常事態だ、こちらも協力を惜しまない。ただし、言うまでもないが鴨井を倒すまでだ」


「こっちもそのつもりだよ。一番厄介な存在は間違いなく鴨井だ。まずは、アレを排除しないと全滅は必至。短い期間だがよろしく頼む」


 俺が握手を求めるとセンター眼鏡は躊躇うことなく手を握り返す。

 こうして命のやり取りをした相手と、臨時ではあるが同盟を結ぶこととなった。

 ようやく一息つけるか。地面に腰を下ろして胡坐をかいていると、近づく影があった。顔を上げると、沈んだ表情でこちらを見つめているのは織子か。


「網綱さん。また、こうやって話す時が来るとは思わなかったよ。その、えと、あの、ご――」


「ストップ。謝らないでいいって言った筈だよ。また少しの間けどよろしく頼む」


「はい、よろしくお願いしますっ」


 敵対する相手に接する態度じゃない気もするが、一緒にいた時間が長すぎた。いきなり、他人行儀に振る舞える訳がない。もう二度と慣れあう気はないが、だからといって必要以上に冷たく接する理由もない。


「ところで、網綱さん。あの化け物じみた鴨井さんを相手に策はあるの?」


「一つ、策がある。その為には、この特殊能力を有しているプレイヤーがいるか、隠さずに明かして欲しい」


 俺の考えを明かし、作戦には欠かせないプレイヤーを掻き集めると、幸運なことに殲滅側に二名、探索組に二名、計四人もいた。


「これだけいれば、何とかなるかもしれないな」


「何と言うか、やっぱ、鴨井よりもあんたの方が厄介な気がしてきたぞ」


 センター眼鏡や他の殲滅側のプレイヤーが俺を要注意人物だと認識してないか。このアイデアは他の人の提案したものだと嘘を吐けばよかったかと思わなくもないが、今はこの状況を打開することが最優先事項。

 警戒されたらされたで、それを逆手に取ればいいだけだ。と開き直ろう。


「俺を警戒するのは勝手だけど、今は鴨井の排除に集中してくれ。先のことを考えている余裕はない筈だ」


「そうだな。鴨井は危険人物で間違いない。その強さも性格も」


 わかってもらえて何よりだ。今回はチームワークが最も重要となる。今だけでもいいから、協力しなければ鴨井の相手はできない。


「もう一度打ち合わせをしておこうか」


 危険な役割を担うことになるチームと、この作戦で最も重要なポジションのチームが入念な打ち合わせを続ける。今回の作戦は二つの部隊に別れる。

 鴨井と正面から戦う、戦闘力に秀でたメンバーを掻き集めたチームには、剛隆、織子、センター眼鏡、明菜さん、そして横道なのだが――裏切り者に敬称は無用だと本人の希望により、横道と呼び捨てになった。

 この五人に俺を加えた六名が最前線で鴨井をねじ伏せる役目を担う。

 今回の作戦には穴が幾つもあり、博打要素も強い。だけど、これ以上の案は思い浮かばなかった。ぶっつけ本番となるが、やるしかない。


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