圧倒
戦闘を担当するメンバーのみで鴨井が待ち受けているであろう、セーブポイントを目指して通路を進んでいる。
この作戦、鴨井がセーブポイントから移動していたら成立しない。一応、分岐点に二人プレイヤーを見張りに立てていたので大丈夫だとは思うが……『隠蔽』『気配操作』をフル活用されたら、すり抜けられても気づかない恐れがある。
その疑問も、このまま進めば自ずと答えは出るのだが。
そろそろ、範囲内かな。気配を探ると――セーブポイントに禍々しい気配が一つ。以前の鴨井とは全く違う気配だが、これが能力を隠していない本来の状態なのだろう。
「網綱さん……正直、上手くいくと思う?」
視線を彷徨わせながら、胸の前で忙しなく指を組み替え、おずおずと織子が話しかけてきた。あんなことがあった後だから、話しかけにくそうだな。当たり前だけど。
「まあ、上手くいったらいいな、ぐらいの気持ちでいいよ。他に手段も思いつかないから」
「う、うん、そうだよね」
織子は頬を指で掻き苦笑いを浮かべると、俺から距離を取った。
ちょっと素っ気なかった気もするが、これ以上慣れあえば織子にとっても辛くなるだけ。今の関係は一時的なものなので、残念ながら直ぐに解消されてしまう。これぐらいの距離感を保っていた方が、お互いの為だ。
「改めて説明する必要もないと思うけど、相手はかなりの強敵だ。正直、負けるのを覚悟の上で挑んでほしい。まあ、勝てるならそれに越したことは無いけど」
この通路の先にいる鴨井は『地獄耳』を所有していた。この会話も聞かれていることを前提に話している。
「作戦は以前話した通りでいくよ。各々、自分のやるべきことを違えないように。少しの油断と隙が命取りになるから」
神妙に頷くプレイヤーの顔を見回しながら、今後の予想される展開に眉を顰める。
織子の参戦により勝率は上昇したと思うが、勝てるかどうかと問われたら……難しいところだ。とはいえ、やらないことには状況を覆すことができない。
結局のところ道はこれしか残されていないのだ。
「あれ、まだ少し猶予があったのに。おっと、今度はキミも参戦するのか。いやー楽しい戦いになりそうだ」
セーブポイントの手前で腕組みをした鴨井が待ち構えていた。興奮で頬が上気して目は血走り怪しい光を宿している。口元も半笑いで、不気味以外の何ものでもない。
「一度、あっさり殺されたからな。今度こそは、もう少しは耐えてみせるさ」
「何分もつか見ものだね」
ほんと、何分耐えられるのか。せめて、30分ぐらいは……いや、勝てるならそれに越したことは無いが。
じりじりと織子と剛隆がすり足で距離を縮めていく。
センター眼鏡は中間距離から、特殊能力を生かした攻撃を得意としているそうなので、軽く膝を曲げて即座に反応できる体勢を保ったまま、様子を窺っている。
俺と横道と明菜さんは、後方で銃と弓を構えたまま現状維持。いつでも放てることをアピールすることで、注意を少しでも引きつけ隙があれば即座にハチの巣に……できたらいいな。
「お手並み拝見といこうか」
斧を担いだまま、鴨井が無造作に前へ進む。まるで、散歩にでも行くかのような気軽さで。
前衛二人は左右に分かれ、横を通り過ぎて後方に回り込んだところで、一気に間合いを詰める。
背後からの強襲に対し、振り向きざまに鴨井が斧を薙ぐ。軽い素振りのような動作にも関わらず、俺の目は刃の通り過ぎた軌跡を目にすることが限界で、振り始めたと思ったら既に振り終わっていた。
間合いの外だった二人は斧の刃には触れていないというのに、その風圧で足が止まっている。
「撃てっ!」
こちらに背を向ける形となった鴨井に矢と銃弾の横殴りの雨が降り注ぐ――が、全て狙いが外れ壁や地面に着弾している。
このメンバーは、この距離で動かない相手に外すような技量じゃない。となると、外されたということか。
「風か」
剛隆も織子も『風使い』なので、鴨井への対策に能力を発動してもらって、遠距離攻撃がどの程度防がれるか事前に調べたのだが、あの時は俺の攻撃は相手に届いた。だというのにさっきの射撃は全て遮られてしまっている。
自己申告によると剛隆と織子は共にレベルは2ということだった。鴨井はレベル5。3の開きは思ったより大きいようだ。
「怯むな。撃ち続けるぞ」
防がれてはいるが、全く効果が無いという訳ではない。こちらの防御に風を発動させているだけでも、前衛の負担は減る。
手を休めずに射撃を続けていると、鴨井の動きが急に止まった。さっきまでは二人の打撃を踊るような足捌きで避けていたのだが、その脚が止まり防御には一度も使わなかった斧や腕で相手の攻撃を防いでいる。
二人の攻撃が相手を捉えた……わけではない。
「へええ、初めて見たよ、こんな能力。中々のレアだな」
口元の笑みを消さずに目をすっと細めた鴨井の視線の先には、右腕を突き出した格好のセンター眼鏡がいた。
「闇使いの能力、冥途の土産に堪能しな」
自分に酔っているのか、漫画やラノベでありそうな結構痛々しい発言なのだが、ここは空気を読んでスルーしておこう。
よく見るとセンター眼鏡の足元から真っ直ぐに伸びた一本の影が、鴨井の下半身に巻き付いている。ドヤ顔が若干うざいが使えそうな特殊能力だ。
彼は印象に残らないタイプだったので、失礼な話あまり期待していなかったのだが、ナイスアシストだ。
「おらあああっ、往生せいやあああっ!」
「はああっ、ふっ!」
闇の覆われていない上半身へ、拳、蹴り、手刀、掌底と二人の怒涛の攻撃が叩きつけられている。俺たち後衛組も黙って見ている訳じゃない、ここぞとばかりに止むことのない矢と銃弾の嵐が鴨井を襲っている。
「これは、さすがに……きっつい……なっ!」
ぞわっと背筋に冷たいモノが走り、全身が凍り付いたかのように硬直する。これは、『威圧』の力かっ。
見える範囲にいる織子、剛隆、センター眼鏡の動きが完全に止まっている。前衛の二人は震える脚で何とか立っているが、センター眼鏡はその場に膝を突いて肩を抱きかかえている。
やっぱり、厄介過ぎるな『威圧』の効果は。
だが、俺は身体が重いが、指や腕が動かないということは無い。周囲と比べて効果が薄いのは、人より精神力が高いからなのだろうか。それとも別の要因が。
「あっ、ごめんごめん。つい使ってしまったよ。ハンディーだったのに、直ぐに解くから勘弁してくれ」
全身に圧し掛かっていた重圧が無くなり、ふっと体が軽くなる。激しく打ち付けていた鼓動も少し落ち着いてきた。
前衛二人も距離を取り、身体の違和感が完全に消えるのを待っているようだ。
「あー、悪かったね。これをしてしまうと、勝負にならないから控えていたんだが、それだけキミたちが強いって事だ。誇っていいよ」
子供に語り掛ける大人のような、完全に上からの目線。問答無用で蹂躙されるよりかはマシだが、その態度に腹が立たないわけじゃない。
あの余裕の顔を崩す手は、あるにはあるが……運の要素が大きく絡んでくる。
「みんな、体の具合は?」
「余裕だぜ」
「だ、大丈夫。まだやれる」
「な、なんとか」
前衛、中衛はいけそうか。
「自分は平気であります!」
「クール系の視線と思えばご褒美ですわ」
一人、怪しげな発言があったが、まあ追及は避けておこう。横道、明菜さんは距離が離れていたということもあるのか、他の三人と比べて影響が少なかったようで元気に見える。
相手の注意を引く為の射撃なら、二人に任せたらいいか。攻めあぐねている状況を好転させる為に、俺は弓を背負い、代わりに伸縮自在の棍を手に取った。
「プランGでいくぞ!」
「了解!」
味方の声がハモった。そう簡単に崩せないのは予想の範疇。ここは幾つか用意しておいた策の一つに変更するしかない。
と言っても、俺が前衛に加わり手数を増やすという単純明快な手段なのだが。
「俺も殴り合いに参加させてもらうよ」
「どうぞどうぞ。歓迎するよ網綱」
俺の実力を把握している鴨井にとって、前衛の二人程は脅威を感じないのだろう。友人を遊びに誘うかのような気軽さで手招きをしている。
「後衛は射撃を一時中止だ。隙が見えたら各自の判断で頼む」
「サーイエッサー!」
「お任せください」
相手の近接能力を見極める為にも、前衛三人でどこまでやれるか確かめておきたい。
織子、剛隆と肩を並べ、二人に視線を向ける。
「二人とも全力で頼む」
「オーケー、本気でいくぜ!」
「能力開放していきます!」
今まで二人は『風使い』を使わずに立ち回っていた。ここからは、格闘と風を合わせた新たな戦闘スタイルを披露することになる。
身体能力は彼らを上回っているが、接近戦に参加するには役者不足だろう。相手の邪魔と嫌がらせに徹するか。
風を体に纏った二人の動きは、俺の予想を超えてきた。身のこなしの素早さも増しているが、跳躍力や踏み込む速度が段違いになっている。
攻撃を鴨井は躱しているというのに、顔や腕に小さな裂傷が刻まれていく。渦を巻いて体に纏わりついている風による傷のようだ。
これは手を出すと、二人の攻撃リズムを狂わすことになると考え、一歩引いた位置で攻撃すると見せかけ、炎を出しては引っ込めるという意味深な動きを見せておきながら、結局は何もしないという行動を繰り返し、相手の注意を削いでいく。
もちろん、それだけではなく、片方が吹き飛ばされ窮地に陥った時は、割って入り復帰するまで何とか耐える役目もこなしている。
時折、すっと手を挙げると、それが合図となり二人が鴨井から距離を取る。そして、俺と後衛組による集中砲火が開始される。
射撃の最中に毒の葉を煎じて詰め込んだガラス瓶も何度か投擲して、粉末が相手の頭に注がれるタイミングを見計らって狙撃をして破壊しているが、影響は皆無か。やはり、『状態異常耐性』があるので毒は無効化されてしまうようだ。
「小細工が通用しなくて悪いね」
「お気になさらずっ!」
一旦射撃を止めると、剛隆と織子が前に飛び出してくれた。そして、また至近距離での攻防が繰り広げられる。
これを繰り返すことにより、相手の集中力を削げればいいのだが……かれこれ、20分近く戦い続けているが、まだまだ余裕があるな。むしろ、『威圧』を使われたら詰む状態で戦い続けている、こっちの消耗が激しい。
「うーん、そろそろ倒してもいいけど、キミたちを殺したらセーブポイントまで戻っちゃうからね。またこっちまで来るのには時間かかるだろ?」
「自分は万が一やられてもすぐ後ろのセーブポイントで復活するから、その余裕の態度か」
「よくわかっているじゃないか、網綱。まあ、万が一にも倒されることは無いだろうけど、死んでも即座に戦線復帰が可能。110回殺せるかな?」
「無理だろうな。だが、諦めたらそこで終わりだ」
勝てないから何もしないで諦める。そんなに潔い性格なら、もっと前のステージで投げ出している。
「力が足りていないのは自覚している。だがな、足掻いてみせる。最後の最後まで足掻いて、お前の手足の一本だけでもいい。もぎ取ってやるさ」
「ふーーん、この状況で諦めないんだ。結構、結構。じゃあ、その心意気に免じて、威圧なしでとことん勝負してあげるよ!」
勝てなくてもいい。簡単にやられる相手ではないと、鴨井の心に刻み込む。一分一秒でも長く戦い続けてみせる。それが俺たちの役割だ。
全身に炎を纏い、棍を振るい、爆炎を撒き散らす。
風が熱を遮断し、攻撃は難なく躱され、火は相手の水使いの力で消火される。
一進一退の攻防が永遠に続くかと思われた、その時、『未来予知』の力により相手の動きを先読みした俺の一撃が、相手の頬を捉えた。
「よっし!」
かなりの手ごたえに思わず声が漏れたが、口から血を流す鴨井の目を見て体が萎縮した。これは、『威圧』の力。
身体が一気に重くなるが少しでも抵抗してやるために、両腕の炎は消さないでいる。
「痛いじゃないか。まったく、手を抜いて遊んでやれば調子に乗りやがって。あーあ、興醒めだよ。もういいや、全滅させよう。ここからは一方的な殺戮だから。キミたちが逃げようと、必ず追い詰めて殺してやるよ」
一撃喰らわされたのが、そんなにも悔しかったのか。顔を真っ赤に染めて激怒しているぞ。見下していた相手にしてやられて、本性を表したか。
動けない剛隆を頭から両断して、続けざまに織子の首を刎ねる。作業着のポケットに手を入れて抜き出すと、手には三本の投げナイフがあった。
三度腕を振り、額にナイフが突き刺さった仲間たちが消滅する。残されたのは俺一人か。
「さあ、網綱一人ぼっちだね。命乞いでもしてみるかい? それとも、まだまだ残機があるから余裕かな。何か言いたいことがあるなら、死ぬ前に聞いてあげるよ」
やれやれ、仲間にいる時は頼りがいのある男だと思っていたが、正体を晒した途端に小物臭くなったな。権力にしろ金にしろ、力を得ると人は変わると言うが……日本にいた頃の鴨井を一度見てみたくなった。
「そうか、なら遠慮なく言わせてもらおう。思ったよりも間抜けで助かったよ」
俺の吐いた一言に、面白いぐらい鴨井の顔が変貌した。
瞳は憎しみで染まり、余裕の表情が侮蔑と怒りが入り混ざり面白いことになっている。
さーて、そろそろネタばらしをしてやるとするか。驕りきった、お山の大将に。




