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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第九ステージ

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数の暴力

 隙だらけに見えるがあれが芝居なら、かなりの演技力だな。杉矢さんも感心するレベルだろう。

 俺の実力でも倒せる可能性が高いが、ここで重要なポイントは相手に気づかれずに始末することだ。誰に殺されたかわからなければ、恨みを買うこともない。

 相手は『気配察知』やその系統の能力が無いのだろう。かなり接近しているというのに気づきそうにない。

 不意打ちに適した能力が無いのが恨めしいが、無い物ねだりをしても仕方ない。


 『咆哮』を背後から放てばいいのでは、と考えもしたが、そんなことをしたら他の連中に自分の居場所を教えているようなものだ。

 炎による攻撃も、ここまで生き延びたプレイヤーなら『熱耐性』は基本。効果が薄い。

 飛び道具系の武器があれば、このステージではかなり強そうだ。そういや……ライフポイントと引き換えに得られるアイテムに、弓があった。

 確か、消費ポイントは30だったか。安くはない買い物だ。拳銃もあったがあれは50。買えはするが消費量が多すぎる。

 手詰まりになった時は購入も考慮しておこう。


 今は自分の能力だけで何とかするしかない。木の上に登って上から強襲というのは、一番不意打ちのイメージに合うが、あれは相手の進む方向がわかっていなければできない。

 餌になるような物があれば、それで相手を誘導できるが、食料ぐらいしか出せる物がない。

 時間を掛けると他のプレイヤーが合流してくる心配も出てくる。あまり悩んでいる暇もないよな。

 べただが、足元の石を拾い俺と反対方向の草むらへ投げ込む。


「だ、誰だっ!? いるのはわかっているんだぞ!」


 わかってないだろ。答えは真逆だ。

 無言で跳び出し、無防備な後頭部へ一撃を叩き込む。狙いを違わず棍は相手の頭を捉え、熟れたトマトを殴ったかのように、いとも容易く弾け飛ぶ。

 あっさり決着がついたが、上手く不意を突けばこんなものだろう。正々堂々と勝負している訳じゃないのだ。純粋な戦闘力の差があったとしても、やりようによっては敵を倒すことも可能だ。

 と言っても、彼がどの程度の強さなのかはわからなかったわけだが。


『沢渡 大輔。ライフポイント10』


 唐突に会場へ響く白衣の男の声に思わず身体が反応してしまう。

 面倒なことにライフポイントが減ると、放送が入るのか。となると、一番ライフポイントが多いプレイヤーは益々狙われやすくなる。

 このシステムだと俺のライフポイントの数が他者より低くなるまで、一方的に狙われ兼ねないな。

 二番目に付けている杉矢さんには、田中さんという相棒がいるから、俺よりライフポイントが上回っても、そう簡単にはやられはしないか。


 苦難しか待っていない道のりにため息が漏れた、その時、俺は咄嗟にその場へとしゃがみ込んでいた。

 髪を強引にそよがせる風は、さっきまで俺の頭があった場所を猛烈な勢いで通り過ぎていった、灰色の棒による風圧か。

 視界の隅を過ぎった人影を確認する為に、振り返りながら体勢を整える。

 腕に沿うように石の棒が見えるが、あれはトンファーか。その武器を両手に構え、俺に視線を飛ばしているのは、露出度の高い金髪女性――田中さんだ。


「オー、パーフェクトなアタックだったのに、ナイス回避ネ!」


 独特のおかしな口調に戻ったのか。おどけているようにも見えるが、その瞳は驚くほど冷たい光を宿している。


「寸前まで全く気付きませんでしたよ」


「流石ミーだネー。ジャパニーズ忍者も真っ青間違いなしヨー」


 傲慢な態度にも思えるが、実際、それを口にしても問題ないだけの実力が備わっている。こうして相手の姿を目の当たりにしているのに『隠蔽』の効果なのだろうか、実感がわかないというか、まるで絵を見ているかのような違和感がある。


「そんな露出度の高いくのいちは漫画の中だけですけど、ねっ!」


 呑気に会話を楽しむ振りをして、踏み込みと同時に棍を突き出す。

 油断はしていなかったようで、あっさりと避けられてしまった。まあ、素早さに特化した田中さんに正面からの攻撃が通用するとは思ってもいなかったけど。

 無言で連打を放つが、踊るようなステップで楽々と躱されている。


「せっかちな男は嫌われるヨー。もっとゆとりを持つといいネー」


「相手によりけりですっ」


 突き、払い、フェイント。自分の持ち得る技能を惜しみなく晒しながら、棍を振るっているのだが掠りもしない。

 正攻法で田中さんを捉えるのは難しいか。


「オーガさんカムヒアー。ハンド鳴る方へー」


 日本の歌を魔改造するな。命懸けの戦いだというのに、良く知る田中さんの場違いな言動に緊張が緩みそうになる。

 だけど、これは遊びじゃない。誰か一人しか生き残れない殺し合いなのだ。それを、決して忘れてはいけない。


「で、田中さんが囮になって杉矢さんが背後からバッサリですか」


「なんだ、読まれちまっていたのか」


 背後の雑草を掻き分け現れたのは、いぶし銀の食わせもの――杉矢さんだった。

 二人に挟まれるような立ち位置になってしまったか。最も警戒すべきは杉矢さんだが、田中さんだって油断をしていい相手ではない。

 手にしているトンファーはライフポイントを使用したのか、それとも新たな褒美で手に入れたのか、もしくは以前から持っていたが俺たちには見せなかったのか。判断はつかないが、今の動きを見る限り、一撃でも喰らうとかなりヤバい。


「ここは、二対一なんて卑怯な真似はせずに、一対一で戦うというのはどうですか」


「はっ、そんな提案呑めると思うか?」


「ですよねー」


 当たり前だが、一蹴された。わざわざ有利な状況を捨てて戦う必要など何処にもない。

 この状況を打開するためには、チャンスを窺いこの場から逃げるしかないだろう。まだ戦いは序盤なのだ。手の内を全て晒すのは得策じゃない。


「っと、逃げようと考えているようだが、止めておいた方がいいぜ。前後だけじゃなく、左右も封じられているからな」


 杉矢さんが腕を上げると、それが合図だったのだろう。俺の左右から新たに二人の人物が歩み出てきた。

 おいおい、八方ふさがりかい。

 右からは眼鏡をかけたスーツの男――来生 晴斗。

 左からはワンピースを着た可愛らしい女の子――鳴門 光輝。


「もしかしなくても、組んだわけですか」


「まあ、そういうこった。お前さんの危険性と咄嗟の判断と先読みの能力には一目置いているからな。悪いが真っ先に排除させてもらうぜ」


「買い被り過ぎですよ」


 高く見積もってくれたもんだ。四人が共同戦線を張り、まずは俺を仕留めることに決めたのか。二人の実力は知っているが、来生さんは不明。光輝ちゃんは拳銃と嘘を見抜く特殊能力が厄介だな。だけど、それだけで第九ステージまで生き延びられたとは思えない。何かしらの隠し玉が残っていそうだ。


「ライフポイントをすべて失ったら、次に多い杉矢さんの番が待っているだけですよ?」


 少しでも相手チームの動揺を誘うために正論を口にしてみたが、反応は薄いな。気にも留めてないというのか。


「それも織り込み済みです。山岸さんを倒しきった後は、同盟は解除となります」


 来生さんは先の展開を理解した上で協力しているのか。まずは、ライフポイントが多い俺を倒し、その後、杉矢さんたちとの闘争へ移行すると。


「網綱、黒虎はどうした。隠れているわけでもあるまい」


「さあ、気配を殺して潜んでいるだけかもしれませんよ」


 嘘だが、相手が無用な警戒をしてくれるなら、願ったり叶ったりだ。


「嘘です」


 可愛らしい声で断言したのは、光輝ちゃんか。嘘を見抜く能力は本当なのか。言葉の駆け引きもこれで封じられた。絶体絶命かな。


「そういや第八ステージで特別な報酬を得た奴は、特殊なステージになるとか言っていたか。そこで何かがあって、黒虎を失ったというところか」


 本当に厄介な人だ。肯定も否定も口にした時点で光輝に見破られてしまう。沈黙するしかない。


「網綱。抵抗しないのであれば楽に苦しまずにやってやるが?」


「それは嬉しい申し出だけど、首を縦に振るわけが、発火!」


 全身を炎で包み込むと、来生、光輝の両名は驚きのあまり一歩後退る。田中さんと、杉矢さんは目を細めただけでリアクションが薄い。

 だから手の内がバレている相手と戦いたくないんだよな。なら、前回の戦いの成果を披露するとするか。

 全身の炎はそのままに、両手から炎の渦を伸ばす。


「なっ、そんな芸当ができたのか!」


 驚くのはここからだよ、杉矢さん。

 俺は炎の渦をがむしゃらに振り回す。杉矢さんと田中さんを狙うように操作はしているが、残りの二人にも牽制を兼ねて炎の渦を操り薙いでおく。

 記憶ではこれが二度目となる炎の渦なのだが、自由自在に炎の渦を操ることができる。まるで、何度も鍛錬を繰り返してきていたかのように。


「そうか、身体が覚えているのか」


 樽井さんと何度も戦った経験が、この身に刻まれている。例えその記憶がなかろうが、戦いの経験は俺に力を与えてくれている。

 敵が四人に対し、炎の渦は二本。一人に集中するわけにもいかず、どうしても精度が低くなり、攻撃が敵を捉えることができない。

 それでも、相手に攻撃するチャンスを与えないように、腕を全力で振るい続ける。


「おいおい、適当に振り回しすぎだろ。そんなコントロールじゃ、木々に引火して火事に――まさかっ」


 やはり、杉矢さんは俺の意図に気づくか。

 炎の渦で広範囲を薙ぎ払っている本当の目的は周囲に火を放つこと。辺り一面が炎に包まれれば、流石に穏やかでいられないだろう。


「くそっ、やりやがる! ワシは網綱を何とかする。火は頼むぞ!」


 杉矢さんには消火活動へ回って欲しかったのだが、そうそう上手く事は運ばないか。


「頼まれても困りまんがなー。ユーたちは何とかできるネー?」


「手の内を明かすのは得策ではありませんが……いいでしょう」


 田中さんと来生さんのやり取りを耳にして、ちらっと視線を向けたが、懐からペットボトルを出している。ということは、来生さんも水操作系持ちか。樽井さんと能力が被っていたのだな。


「おいおい、余所見するとは余裕じゃねえか」


 間近に迫っていた杉矢さんが刀の柄に手を掛けている。鞘に納められているが、安心はできない。むしろ、この状態の方が恐ろしいのは第七ステージで観察済みだ!

 カチリと鞘から刀身が抜き放たれた音がすると同時に、炎操作の為に足下に転がしていた棍を蹴り上げる。

 斬撃は見えないが、棍を俺の前に突き立てた。

 添えていた手に伝わる振動は刀から飛ばされた斬撃によるものか。居合からの飛翔する斬撃って厄介過ぎるだろ。


「ほう、防いだか」


 防いだというか、そうするしか手がなかっただけだ。

 杉矢さんとマンツーマンで戦うだけでも厄介なのに――木々の弾ける音に混ざって、発砲音が聞こえたので、その場に伏せる。

 銃弾が二発、近くを通り過ぎていったな。光輝ちゃんによる射撃か。いや、もう、ちゃん付けはしなくていいよな。見た目が幼かろうが、彼女は命を狙ってくる敵だ。

 杉矢さんたちもそうだが、殺し合う相手に敬称は不要。


 炎による時間稼ぎは来生だけにしか通用しなかったか。田中も攻撃に加わるようだ。周囲は炎に弄られ気温が上がっているのだが『熱耐性』系を持つプレイヤーには影響が殆どない。

 俺は棍をまるで演武のようにぐるぐると回していく。意味のない行動に見えるかもしれないが、身体能力の上がっている今なら、尋常ではない速度で回すことが可能となり、相手を牽制するぐらいの効果はある。


「棍捌きも様になってきたか。実戦経験は馬鹿にできんか」


 何かを弾いた音が数回したかと思うと、杉矢が刀を抜き放った状態で感心している。ああ、偶然相手の斬撃を防げたのか。人間やってみるもんだ。


「だが、守りに徹していてはジリ貧だぜ。鎮火すれば、来生もやってくる。お前さんに勝ち目は……ごほごほっ、くそ、煙いな」


 煙が気管に入ったらしく、軽く咳き込んでいる。

 ようやく、準備が整ったか。木々に火をつけ回った成果が出てきているようだ。生木に葉がついた状態で燃やすと、異様なまでに煙が出る――今のように。

 棍を振り回したのもその風圧で延焼を広げ、煙を増やす為にやった行為。全ては逃げる為の布石。

 煙は俺たちの腰付近まで到達している。一番身長の低い光輝にはかなり辛いようで、銃撃をする余裕もないようだ。

 逃げる準備は整った。さあ、脱兎のごとく逃げるぞ。


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[一言] 嘘が否か判定できる相手に返答すんのはだめでしょ
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