第二幕
休憩所にはバックパックが置かれている。
荷物はちゃんと移動されているようだ。水と軽い食事を口にして、三番目のガラス板に触れてみた。
ライフポイントを消費して特殊能力やアイテムが買えるのは変わり無いか。
一覧にざっと目を通してみるが、幾つか有用なアイテムと特殊能力が存在しているな。だけど、消費されるライフポイントの量が半端ない。
30や40消費して、レベル1の能力を得ても実践で使えるかどうか。前回のルールと同じなら、80回以上も死に戻れるのであれば、その間に能力を磨くことも可能なのだが。
死に戻りも休憩室まで戻してくれるのであれば、やりようもあるが……いやらしいことに、扉を潜った先から始まった。
「得るチャンスは今だけか」
迷うが、ライフポイントの多さは何よりも強みになる。それを消費するのは勿体ない。わざわざ有利な点を捨てる必要はない。このまま、いくか。
仮眠を取り、身体の違和感が消えたところで、上体を起こして違和感が無いか、体をほぐしながら確かめていく。
棍を振り回し、風を切り裂く音を耳で捉え、現在の能力を心と体に刻んでいった。
ひとしきり体を動かし、脳と体のずれを修正し終え、納得ができたところで扉を開け放つ。
今度のステージは色彩的には前回と殆ど変わりがない。無機質な壁に地面は土が剥き出し。だが、その規模が違い過ぎた。
壁の高さが同じなのだが対面方向にある筈の壁が、遥か彼方にある。そこに豆粒のような人影が辛うじて見えるが、距離は軽く一キロ以上ありそうだ。
そして、それだけではなく、壁際に等間隔で人が配置されている。背後には俺と同様に扉があるということは、他のプレイヤーなのだろう。
数は自分を含めて六。距離があるので顔はわからないが、男性も女性もいるようだ。
あと気になる点は扉の脇にガラス板が一枚地面から突き出ている。これは、休憩所にある三枚と全く同じ造りに見える。
「今回は色々とルールが異なりそうだな」
『第九ステージの第一試合を乗り越えた猛者たちよ。二回戦へようこそ。二回戦はルールが異なるので、聞き逃さないように』
ちゃんと説明はしてくれるのか。説明がないなら、多人数戦の殺し合いをするしかなかった。
『まず、全員で殺し合いをしてもらう。倒されたプレイヤーはライフポイントが一つ消滅して、今いる場所に戻される。扉から半径5メートル以内は第七ステージと同じく、安全地帯になっているので安心してくれたまえ。そこにあるガラス板もライフポイントを消費して能力アイテムが得られるようになっている。有効活用すればいい』
安全地帯と買い物システムは確かに第七ステージと同じだな。
『ただし、安全地帯に籠られると面白くないので、そのエリアにいられる時間は五分だ。時間が過ぎれば問答無用で、このステージの何処かに転移させられる』
強制的に追い出される仕様か。そうでもしないと、籠城が可能になるからライフポイントが多く、食糧を蓄えているプレイヤーが有利になる。
時間切れ転移も、そうしなければ周囲で待ち伏せをしていたら簡単に狩られるからか。
『二回戦の勝者は最後にライフポイントが残っていたプレイヤー一人のみ。生き残りをかけたサバイバルを生き抜いてくれ』
一人だけとなると、一番強い者……もしくはライフポイントが多く残されている者が狙われやすい。能力とポイントを隠しつつ、上手く立ち回らなければならない。
『あとマップの範囲は見ての通りだが、これだけでは殺風景なので今回は変更させてもらう』
変更? その言葉の不審な響きに思わず眉根が寄る。地面が隆起して高低差でもつくというのだろうか。
そんな俺の疑問はすぐさま解明された。地面から何本もの木が生えてきたからだ。小さな木が目の前で見る見るうちに大木へと成長し、土が剥き出しの地面しかなかった場所が、あっという間に木々が生い茂る森へと変貌した。
今更、超常現象に突っ込む気はない。木の密集具合はそれ程でもないか。雑草も膝ぐらいの高さまでしかない。動くにはそれほど支障がでないだろう。
『ここまでのステージで得た、生きる為の力を思う存分発揮するがいい。では、試合開始の宣言をする前に参加者の名前と……ライフポイントを伝えておく』
「なっ!?」
馬鹿な。名前はわかるが、何でライフポイントも公表されないといけない!
そんなことをされたら、ライフポイントの多い俺に攻撃が集中するに決まっている。
『では一人目、豪徳寺 杉矢。ライフポイント63』
杉矢さんがいるのか。やはりな……樽井さんと戦った時点で予想はしていた。プレイヤーが苦しむ姿を見たいのなら、一度でも触れあった人物を出すのが効果的だ。
わかってはいたが、いたが。
「それでも動揺はするよな」
杉矢さんなら確実に生き残っているという確信があった。なら、こうやって戦うのは想定内。動揺する暇なんてないよな。
しかし、ポイントが増えている。別れた時よりも多いということは、あれから他のプレイヤーからポイントを奪ったということか。そして、第九ステージの一回戦を殆ど減らすことなく越えてきた。
味方にすると頼もしいが、敵に回すと厄介過ぎる相手だ。
『二人目は田中 伽魯羅印。ライフポイントは42』
「まあ、こうくるよな」
田中さんの参戦はもう驚くこともない。来るとわかっていた。ポイントもかなり増えている。第七ステージで増えたポイントは半分しか得られないというのに40越えているということは、80以上を奪ったことになる。
杉矢さんと組んで、限界近くまで吸い取ったか。おまけに一回戦で殆ど死んでいないってことだよな、このポイント数は。
一人しか生き残らないルールだが、この二人は確実に組んでくるだろう。
『続いて来生 晴斗。ライフポイント33』
『鳴門 光輝。ライフポイント32』
『沢渡 大輔。ライフポイント11』
続く二人の名には聞き覚えがある。樽井さんの仲間であった、眼鏡サラリーマンと女の子か。これは、別の意味で堪えそうな相手だな。
もう一人は聞いたことのない相手だが、ライフポイントが少ないので、死に物狂いでくるだろう。油断は大敵だ。
『そして、最後は山岸 網綱。ライフポイント87』
これで俺の逃げ道は失われたか。名前を聞いて五人中、四人は把握しただろう、俺の存在を。
そして、ライフポイントの多さを知り一斉に仕掛けてくるのは――ほぼ間違いない。
能力を知っているが故に与し易い相手だと判断するよな、二人なら。そして、来生さんと光輝ちゃんも、杉矢さんや田中さんより、俺が楽だと考えるだろう。
「逆境なんて言葉が生易しいぐらいの、酷い状況だ」
甘い希望的観測を妄想するなら、杉矢さんと田中さんが自分たちの行いを後悔して、共同戦線を申し出てくれるかもしれない。
だけど……あの時に俺たちは決別した。今更お互いに慣れ合うことは不可能だ。
二人を倒すことに躊躇いは無い。記憶では一回だが、実際は何度もこの手にかけてきたのだ。人を殺すという行為の動揺が思ったより少ないのは、体に刻まれた経験のおかげなのかもしれないな。
森のステージであることを活かし、姿を隠しながら各個撃破するのが基本戦術。そして、あとはお得意の臨機応変だ!
80以上のライフポイントを最大限に利用して、抜け道を見つけ出すしかない。
『それでは試合開始だ』
相も変わらず、やる気のない宣言だ。
まずは、壁際を移動するか。右隣のプレイヤーが何者であるか、まずはそれを調べさせてもらう。
『気配察知』『危機察知』を全開にして、慎重に進んでいく。
距離があるので未だに気配は掴めない。足音を立てないようにはしているが、地面に転がる枝や葉を踏む音は消しようがない。耳を澄ませてようやく聞こえるような音なのだが、静まり返った森では耳につく。
気配はないが、それに頼りきってはいけない。第七ステージで『隠蔽』のいやらしさは、この身を持って経験している。
そして、そんな面倒な特殊能力を田中さんは高レベルで所有している。俺たちといる時は力を披露することはなかったが、それはこの展開を予想していたからかもしれない。
偵察や潜むことに対して特化している田中さんは、森の中では水を得た魚のようなものだろう。そんな相手が杉矢さんと組んでいるなんて、悪夢か。
となると『危機察知』に頼りたいところだが、これも確実性は無い。危機が近づくと、嫌な気配はするが、それが反応するのはギリギリのタイミングだ。
特殊能力に頼り切らず、己の目、鼻、耳……あらゆる五感を研ぎ澄まし、生き延びて見せる。
「っと、気配が一つあるな」
進路方向に気配を感じられる。動きを見る限りこちらに気づいてないようだが、相手も『気配察知』を所有している場合、こちらの存在も把握済みということになる。
油断はせずに、少しずつ距離を詰めていく。倒せれば最高だが、まずは相手の確認だ。プレイヤーがどの場所に配置されているかも、知っておくべき情報。
気配は落ち着きなく辺りをうろついているようだが、警戒しているようだ。しかし、隙だらけに思える。
杉矢さんってことはあり得ないな。田中さんなら気配を消している。となると、残りの三人だが……来生さんは冷静沈着に服を着せたような人だった。イメージと合わない。
となると光輝ちゃん、でもないな。気配の大きさが少女の物じゃない。気配の大きさや形で男女の区別や姿形が理解できるわけじゃないのだが、流石に子供と大人の気配の大きさには差がある。
消去法で沢渡大輔という全く知らない人の可能性が高いか。そうであるなら、悪いがライフポイントを削らせてもらう。
差し脚忍び足で、木の裏にその身を潜めながら進んでいく。気配は相変わらず、同じところをグルグルと回っているだけだ。隠れるわけでもなく、相手を探す努力もしていない。
他のプレイヤーの消耗を狙っているのかもしれないな。でも、それは探索系の特殊能力を相手が所有していないことが前提条件だ。もしくは、『隠蔽』等の隠れるための技能。
気配はバレバレで、うろついているだけでは愚策にも程がある。
ここまで距離を詰めたら目視も可能か。木陰からそっと顔を出し、相手の姿を伺う。
「くそっ、ここまで生き延びたんだ。死んでたまるかよ」
地面を蹴りつけ悪態を吐いている男がそこにいた。見覚えが全くないということは、沢渡大輔だろう。
土色の革ジャンに下はジーパンか。頭は金髪で肩まで伸びている。顔は生粋の日本人顔なので全く似合っていない。
手には一振りの刀。鞘もなく抜き身か。ここのまで生き延びたのだから、弱い相手ではないだろうが、他の四人を相手にするより組みやすいのではないだろうか。
注意力が散漫で落ち着きがない。見た目に反してかなりの臆病者か? いや、だからこそ見た目を厳つくして虚勢を張っているのかもしれない。
悪いが倒させてもらうよ……いや、そんな感情は無用か。
生き延びる為に殺す。シンプルな答え――やるぞ。




