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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第九ステージ

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二度目

 目が覚めると……剥き出しの地面に、周囲を取り囲む壁。頭上からの明るすぎるライト。やっぱり、こういう展開か。

 見慣れた風景に驚く気もなく、前を見据えると――ふくよかな体形をした女性が驚いた顔をしていた。

 確か次の台詞は――


「樽井さん……」


「あちゃー、まさかこんなところで、網綱ちゃんに会うなんてね」


 俺の記憶ではさっき別れたばかりの樽井さんが、初めて会ったかのような素振りをしている。

 バツが悪そうに頬を指で掻いている姿も記憶にあるな。そして、またも鋭い目つきで俺を観察しているところまで同じだ。


「やっぱり、怒っているわよね。ほんとおおおおおうにごめんなさいね! 私は最後まで反対したんだけど、多数決で押し切られて。謝って済むことじゃないってわかっているけど、この通りよ」


 そして、ここで土下座も同じ。

 第九ステージに初めて足を踏み入れた時と同じ映像を、繰り返し見せられている。


「気にしていませんよ。生き残る為に相手を騙し、必死になる。当たり前のことですから」


 確か、こう返したはずだ。表情もできるだけ平静を装っていた。


「許してくれるのね! ありがとう。ずっとずっと後悔していたのよ……ぐすっ、本当にごめんなさい」


 まったく同じはずなのに前回よりも白々しく見えるのは、見る目が厳しいからだろうか。

 あの時、俺は不意打ちで殺されて、死に戻った。これは予想の範疇だ。あの白衣男の言い回しから察することが出来ていたから。

 それに、わざとらしい発言にヒントも含まれていた。

 『最終的に生き残った者』という表現。これは死に戻りが適用されるとも取れる。第八ステージが一発勝負だったので、今回も死に戻りは無しだと誤解させる流れ。

 もし間違っていれば、そこで俺の人生が終わりを告げるところだったが、その賭けには勝てたようだ。


 隙を見せた状態で対戦相手である樽井さんに背を向けていたのもわざと。樽井さんの真意を見極める為に、あえて殺されやすい状況を作り上げていた。

 そして、避けることなく殺された。そう、抵抗をせずに殺されたのだ。

 樽井さんが背後から忍び寄っていることも『気配察知』でわかっていた。『危機察知』も警報を鳴らしていたのだが、完全に無視をしていた。

 ここで、最も大事なのが――殺されることだ。そう、勝ってはいけない。負けて死に戻ることで多くの情報を得ることができる。


 何故死ななければならないのか。樽井さんは会った筈の俺のことを覚えていない。死んだ俺は記憶があるというのに、樽井さんにはその記憶がない。

 つまり、第九ステージのシステムは、殺された場合ライフポイントを消費して、第九ステージの扉を抜けた時点に戻るということだ。そこで重要なのが、殺された当人は二度目の会合だが、殺した相手にとっては初見だということだ。

 これは、第一ステージを思い出せば納得がいく。黒虎は俺を始めてみたような対応だったが、俺は殺された記憶が残っていた。だから、今回も同じ現象が起こるのではないかと考えていた。


「もう謝らなくていいですよ。それよりも、状況の確認をしましょう。扉を開けたらここだったのですが、樽井さんも?」


「ええ、そうよ。第八ステージをクリアーして、休憩室を出たらここだったの。どういうことなのかしら」


 会話内容を覚えていたのも、この展開が予想の一つだったから。

 同じことを繰り返すことにより、相手の動きを完全に支配する為に。


「たぶん、暫くすれば説明が入るのではないでしょうか」


 そして、ここで白衣の男から放送が入る。


『第八ステージをクリアーした猛者両名。樽井及び山岸。素直に称賛の言葉を贈ろう。見事だったぞ。さて、早速だが、この第九ステージの説明をさせてもらおう』


 問題は白衣の男や製作者が今の状況を把握しているということだ。そのことによりネタばらしや、前回とは違う言い回しをしてくる可能性もゼロではない。

 前回と同様に黙って聞いていたが、殺し合いのルールと質問を受け付けるまで、全く同じ台詞だな。白衣の男も茶番を演じてくれるようだ。

 さーて、ここからだな。前は俺から質問をしたが、今回はどうすべきか。質問は一人一回というのも死に戻り前提だとしたら納得できる。巻き戻る度に違う質問をすれば、このステージの全貌が見えてくるだろう。

 同じ流れにする為には俺から質問するべきだよな。


「じゃあ、樽井さん。俺から質問してもかまいませんか?」


「ええ、どうぞ」


 じゃあ、今回はどうするか。何人倒したらクリアーなのかは質問済みだ。となると、他に気になるのは――


「第九ステージまで進んだプレイヤーは何人います?」


『それを答えるわけにはいかないな。だが、最低でも10人以上はいるとだけ言っておこう』


 前回の質問と似通った内容なのだが、やはり正確な数字は教えてくれないか。だけど、前回より有益な情報を手に入れることが出来た。

 もし、このゲームがたった一人の生き残りしか認めないのであれば、最低でも3回は戦わなければならない。次の質問はそこら辺を突くと面白いかな。


「うちのチームと網綱ちゃんところのチームに加えて、最低でももう一チームはクリアーしたのね。ええと、それじゃあ、何人倒したら第九ステージクリアーになるのかしら?」


 ああ、そうか。俺が前回した質問はなかったことになっているので、同じ疑問を抱いていた樽井さんが質問することになるのか。


『いい質問だ。答えは不明。ただし、最低でも二人以上は倒さなければならない。とだけ伝えておこう。ふっ』


 最後に鼻で笑ったのは、俺と同じ質問をしたからだろう。だいたいは予想通りの展開だな。

 試合開始の宣言があり、お互いに隠し通路を探す。そして、雑談が始まる。


「網綱ちゃんは、もし、もしも、抜け道が見つからなかったら……本当に私と殺し合いをする気なの?」


「正直、人殺しなんてしたくはないですけど、俺は死にたくもないです」


「そうよね……そうよね」


 当たり前だが一言一句間違いなく同じだ。

 見つかりもしない隠し通路を探す振りをしながら、『気配察知』で相手の動向を探る。冷静に観察を続けてわかったのだが、樽井さんが俺を殺そうと決断したのだろうか気配が膨れ上がった。

 距離が詰められていき、もう少しで壁を一周するところで俺は口を開く。


「何もなかったようですけど、もう少し調べて――」


 そう提案して振り向いた俺の目に映るのは、視界を埋め尽くすのは灰色の何か――をさっと避けてみせる。

 さっきまでいた場所に巨大な塊が叩きつけられ、轟音と共に床に亀裂が走る。無数の破片が飛散し、無数の礫が襲ってくるが棍の旋風により弾き飛ばす。


「避けられたっ!?」


 そりゃ、タイミングも動きも全て経験済みだからな。


「油断している相手に背後からの一撃。セオリー通りですよね」


 嫌味を口にしてはいるが、正直樽井さんの行動はありがたい。これで、容赦なく殺し合える。自分を殺そうとした相手なら、俺も踏ん切りがつく。


「さあ、殺りましょうか」


 棍をぐるりと体の周りで回転させて、先端を相手に突きつける。

 ここで俺がやるべきことは相手の特殊能力と戦闘力の見極めだ。その為には俺も惜しみなく全力を出す。


「な、何を言っているのよ網綱ちゃん。貴方が避けるとわかっていたから、実力を確かめる為にやっただけなのよ。避けなかったら寸止めする気だったし」


 白々しいにも程があるだろ。これが初回なら少しは信じたかもしれないが、実際に一度殺されているのだ、説得力は皆無だよ。


「いえ、避けなければ貴方は殺していますよ。確実に」


 ここは断言をしておく。それも自信満々に。そうすることにより、相手が深読みをしてくれることを狙う。


「貴方もしかして、コウちゃんと同じように、嘘が見抜けるの……」


「さあ、どうでしょうか」


 今の発言で確信が持てた。嘘を見抜く能力はやはり光輝と名乗った女の子の特殊スキルだったのか。この情報は覚えておかないと。

 言い訳が通用しないと悟ったのだろう、巨大なトンカチを胸の前で構えている。

 あの武器はまともに喰らったら即死確定。それは既に体験済みなので間違いない。棍で受けるのは無謀極まりない。振り下ろしの速度が速いとはいえ、予備動作があるので問題なく避けられる。

 そして、一撃を放った後は隙だらけになるので、頻繁に振り下ろすような真似はしてこないだろう。


「もう、無駄な問答も必要ないでしょう」


 一歩踏み込むと同時に、渾身の突きで相手の肩を狙う。

 捻りを加えることにより威力を増した突きだったのだが、樽井さんは柄からあっさり手を放し、跳び退る。

 更に踏み込み、トンカチを拾わせないように棍を大きく横に薙ぐ。

 トンカチの横を陣取ると、武器を踏みつけ相手に奪われないようにした。


「網綱ちゃんって意外と容赦ないのね」


「相手によりけりですよ」


 樽井さんは大きくため息を吐き、肩を竦めている。反省しているというより、おどけている様にしか見えない。

 命の奪い合いで武器を手放したというのに、この余裕か。何かあると見るべきだよな。


「ここで鍛えられたのかしら、凄く良い動きをしているわ。一回の実戦経験に勝る鍛錬は無いっていうものね。でもね、それは同じスタートラインだったらの話よ」


 意味深な発言をして自信満々に笑っているな。

 無手だというのに躊躇うことなく、こちらに向かって歩み寄ってくる。

 どういうことだ。今のところ特殊能力を発動させた兆しもない。能力の発動距離に満たないという可能性もある。なら、これ以上近づかれるのはまずい!

 リーチの差を活かした突きの連打を放つ――が、避けただと!?


 あの体形からは想像もできない機敏な動きで、紙一重で躱している。動き自体は速くないように見えるのだが、無駄がないと言うべきか。

 何発突きを入れようが、余裕の笑みを崩さずに距離が徐々に詰まっていく。ならば!


「ふんっ!」


 突きを止め、バットを振るように力任せに横薙ぎをする。

 腹部辺りを狙い払えば、避けようがないだろう。


「やっぱり、技が甘いわね」


 振っている最中に一気に間合いを詰められ、俺の眼前に樽井さんの顔が飛び込んできた。


「ほら、捕まえた」


 天と地が逆さまになったかと思うと、背中に衝撃を受け「がはっ」空気が漏れた。


「まだよ」


 視界が歪み風景が歪んでいる。樽井さんの声は何処から。


「あっ、ぐああああっ」


 確かめる間もなく、首に腕を通され喉を締め付けられている。

 こ、呼吸がっ。


「抵抗しても無駄よ。私こう見えて柔道黒帯なのよ。若い頃は、オリンピックの代表選手に選ばれた事もあるのが持ちネタの一つよ」


 おいおい、この人も経験者かよ。俺も運が無いなっ。


「ちゃんと褒美で経験値全部選んできた? 身体能力も私より劣っているようだし。格闘技の経験皆無でしょ。実戦が鍛錬に勝るとしても、何年も馬鹿みたいに鍛錬を続けてきた相手に、たった数日で追いつくわけないでしょ」


 レベルも劣り、格闘技の経験もない。確かに、それだけなら勝てる要素は無い。


「ぐっ……発火っ!」


 全身から炎を噴き出す。これは予想外だったようで、樽井さんは慌てて手を離した。


「はあはあはあ、はぁ……」


 新鮮な空気を貪り、肺が満たされていく。

 数秒遅かったら、意識を失っていたな。


「そんな隠し玉があったなんて。さっき発火って口にしていたってことは特殊能力よね。火操作ってところかしら」


「ご名答ですよ……はあーー」


 よっし、呼吸が落ち着いた。棍はさっきの攻防で落としてしまったから、代わりに炎を両手に集めておこう。


「ちょっと羨ましい能力だけど、よくよく考えたら私、熱耐性あるから、それぐらい耐えられそうね。次は通用しないわよ」


 プレイヤーは第二ステージの溶岩地獄を越えているから、全員が『熱耐性』もしくは格上の『熱遮断』を所有していると考えるべきだろう。

 『発火』『火操作』には今まで助けられてきたが、対プレイヤーとなると使い勝手が悪そうだ。


「網綱ちゃんは、火を操れて、武器は棍。あとは嘘を見抜く力に、相手の動きを察知する特殊能力ってところかしら」


 一つ余計だが、それ以外は見抜かれているな。

 こっちの能力が明らかになり、樽井さんは自信を持ったようだ。自分の力と照らし合わせて、負けは無いと確信したのか。


「でも、あと一つや二つ何か隠し玉がありそうよね。ここは万全を期して、やらせてもらうわ」


 背負っていたバックパックに手をやり、何かを抜き出した。あれは2リットルサイズのペットボトルか。


「ライフポイントを消費して物が買えるのって有難いわよね。このペットボトル便利なのよ。体力を消費して幾らでも水が出せるの」


 貴重なライフポイントを飲料水に使ったのか。確かに水は大切だし便利な機能だとは思うが、この場でペットボトルを出した意味は何だ?

 考えられる答えは――


「水操作ですか」


「あらあら。良くわかったわね。網綱ちゃんってあのチームで一番弱そうだったけど侮れないわ。リーダーやっていたのが今なら良くわかるわよ」


 あっさりと認めた樽井さんはペットボトルの蓋を開け逆さに向ける。そんなことをすれば溢れ出るのは目に見えているのだが、水は重力を無視して地面を濡らすことなく宙に留まっている。

 その水は球のように丸くなり、ボーリング大の二つの水球へと形を変える。

 火と水は相性が悪いが、そこは騙し騙しやるしかない。

 レベルも身体能力も樽井さんより劣っている。格闘技の経験もない。ないない尽くしの俺はどんな手を使っても、卑怯だと罵られようと、持ちうる全てを尽くして勝つしかない。

 今俺がすべきことは、限界まで耐えて相手の実力を少しでも引きずり出すことだ。


「さあ、思う存分戦いましょうかっ!」


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