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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第八ステージ

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66/111

激闘の末

 一歩一歩、地面を全力で蹴り込み、大きな歩幅で跳ぶようにして黒虎を目指す。

 黒虎は俺よりも歩幅を大きく取り、跳ねるようにして迫ってきた。

 距離は残り2メートルもない、あと一歩どちらかが踏み込むことにより、お互いの攻撃範囲内となる。

 右足に力を込め蹴り上げると同時に、黒虎の額へ向けて手首の回転を加え、抉るように棍を突き出す。


 素手で戦うのであれば黒虎の方がリーチは有利だ。しかし、俺にはこの石棍がある。中心よりも後方を握り込むことにより、相手より先にこちらの攻撃が届く。

 突進している状態では避けられないタイミングだ――と確信した一撃だったが、俺の期待を嘲笑うかのように空を切る。

 棍の先端に激突する直前、黒虎の体が急停止をした。体の踏ん張りだけであの勢いを殺すには無理があり過ぎる。だが、俺の目の前で黒虎は突進の速度をゼロにしたのだ。


 正面から吹きつける突風に前髪が後ろへと流れる。

 訳がわからず、黒虎の顔を見つめると、大口を開けていた。

 もしかして聞こえない『咆哮』を放ったのか?

 声は聞こえないが、動きが止まる直前に微かに威圧感と風を感じた。口から大量の空気を吐き出し、逆噴射の要領で強引に急停止した……おいおい。無茶過ぎるだろ。

 やばい、この状態は危険すぎる。確実に当てるつもりで放たれた棍の突き。俺の体は完全に前に流れ伸びきっている。

 そんな隙を黒虎が見逃してくれるわけなく、最小限の動きで棍の横をすり抜け、俺に猛進してくる。絶体絶命のピンチなのだが、俺にはまだ手がある。


 さすがだな黒虎、発火!

 全身から最大火力の炎を噴き出し、威嚇する。

 黒虎の目が驚きで見開かれるが、突進の速度が弱まることは無い。まあ、見慣れているもんな。

 俺の隣で共に過ごしてきたんだ、『発火』を何度も似たようなタイミングで使用してきたことも知っている。

 掲げられた右の手から伸びる小さな鎌を連想させる、鋭く黒い爪が振り下ろされる直前、『火操作』により全身の炎を人型のまま前方へと飛ばした。


 炎の直撃を受け、黒虎の体が炎に包まれるが、おかまいなしに黒い鎌を叩きつけてくる。避けることは不可能と咄嗟に判断すると、せめて頭は守ろうと腕を交差させて黒虎の爪を防ごうとした。

 両腕に走る鋭い痛み。肉が切り裂かれ、骨事切断された生々しい感触が腕の切断面から伝わってくる。常軌を逸した痛みに声が漏れそうになるが……ここで精神力の高さを見せつけないでどうする!


「んんっ!」


 悲鳴を噛み殺し、黒虎の一撃で切り裂かれ、地面に落ちる二本の自分の腕を無視して、俺は攻撃を終えたばかりの黒虎に接近した。

 両腕を失い、大量の血を流しながら突進してきた俺に驚きを隠せなかったようで、口が半開きになっているぞ。

 俺は迷うことなく黒虎の口に自分の口を押し付ける。

 まったくの予想外の行動に硬直したままの黒虎の口内へ、口に含んでいた――毒草を押し込んだ。


「グギャッ……ギャンッ」


 俺を押しのけ慌てて距離を取っているが、少し遅かったな黒虎。

 途中から全く喋らなくなったのには理由がある。口に毒草を仕込んでいたからだ。

 戦いの最中に水を含んだ時、同時に残っていた毒草を口にしていた。毒に対する耐性があるとはいえ、これは賭けだった。

 毒が完全に回りきるまでに、この毒を黒虎に飲ませなければならない。それができなければ、俺の負けは確定。黒虎が俺より毒耐性が低いこと。その一点を突いた策。いや、策なんて呼べるものじゃないか。


「はあ、はあ、発火っ」


 切り落とされた両腕の切断面近くに炎を発生させ『火操作』により焼いていく。アドレナリンが分泌されているせいなのか、痛みが続き過ぎて麻痺してきたのかは定かではないが、さっきよりも苦痛を伴わずに血を止めることが出来た。

 これ、休憩所で腕が再生しなければ詰みだな。


「ぐ……があぁぁ」


「ごめんな黒虎。本当なら楽に一撃で倒してやりたかったんだが……俺の力量じゃ、これが限界なんだ」


 黒虎は横倒しに地面に寝そべったまま、頭をゆっくりと左右に振っている。この状況でも気にするなと気遣ってくれているのか。

 毒がかなり回ってきたようで、黒虎の手足の先が時折小刻みに震えている。

 せめて抱きしめてやりたかったが、俺の腕は失われてしまった。黒虎の傍に跪くと、黒虎の頬に顔を埋める。


「ありがとう、いままで。ごめんな、黒虎。あの時も……今も救ってやれなくて」


 喉が締め付けられるように痛い。腕の傷よりも、心が悲鳴を上げている。

 もっと、もっと、黒虎には言いたいことがあるというのに、言葉が出てくれない。

 滲む視界の中、ぼやけている黒虎の顔を見つめることしか、できないでいる


「ぐ……ぁ……」


 小さな本当に小さな、掠れた声にならない声。だというのに、俺には黒虎が何を最後に告げたのか理解ができた。


 ――ありがとう。生きて――


 俺の都合のいい願望が聞かせた幻聴なのかもしれない。でも、間違っていないと信じたい。この世界で唯一心を通わせた、大切な相棒なのだから。

 もっと、黒虎と一緒にこの場にいたかったが、大量の出血と口に含んでいた毒の影響で、そろそろ体が限界に近い。ここで死んだら、黒虎を殺したことが無意味になってしまう。

 立ち上がると、最後に黒虎に礼をして体を引きずるようにして歩き、扉に体当たりをするように倒れ込んだ。

 これで開かなかったら、俺の人生も幕を下ろすところだったのだが扉はゆっくりと開き、体が休憩所の中へと転がり込む。

 もう限界だ。心も体も、今は休めたい。疲労に促されるまま、俺は瞼と意識を閉じた。





 目が覚めると白い床が眼前にあった。

 うつ伏せのまま眠っていたのか。ひんやりとした床の感触が今は心地いい。

 田中さんの裏切りも心にくるものがあったが、今はその比じゃない。ぽっかりと胸に穴が開いたようだという表現が、リアルに実感できる。

 悲しみと言うより、本当に何かが自分から抜け落ちたかのような虚無感。体の一部が失われたかのような……あ。


「腕は……戻っているか」


 失われた両腕は見事なまでに再生している。一緒に切り裂かれた白のコートも完全に修復しているようだ。

 俺は生き延びて黒虎を失った。

 黒虎は俺の幼い頃の後悔を元にした偽りの命だ。どんな技術力か魔法の力でそれが成り立つのかは知らないし、どうでもいいことだが、確かに黒虎は存在し、共に戦ってくれた。


「これでいいんだよな……黒虎」


 黒虎が望んでいた結末。それは間違いない。

 だから、俺はこの結果を受け止めなければならない。自分の行動と決断を否定してはならない。

 ここまで、やったんだ。もう後戻りをする気はない。クリアーを目指すのみだ。

 このゲームの製作者に関しては、どんな事情があろうと同情する気は全くない。クリアーした暁には関係者全員を同じ目にあわせてやる。


 今この時、俺の最終目標が塗り替えられた。

 復讐心に目が眩み、自分を見失っている訳じゃない。理性も冷静さも残っている。ただ、このまま、奴らがのうのうと生き続けることが許せないだけだ。

 仄暗い炎が胸の内に宿っているのは感じるが、それに呑み込まれる程、やわな精神力はしていない。ここで鍛えられたからな。


「じゃあ、褒美を確認させてもらおうか。黒と……」


 思わずいつもの調子で黒虎に話しかけてしまった。ふさふさの頭を撫でようと伸ばしかけた手を、ガラス板に触れさせる。


 ――無事第八ステージの関門を乗り越えたようだな。これでキミは自分の力を自覚できるようになるだろう。残りあと2つ。死力を尽くして頑張りたまえ。今回の褒美はこのようになっている。


 一つ、第八ステージ突破クエスト達成による経験値。

 一つ、黒虎から何か一つだけ得ることが出来る。例えば、鋭い爪や尻尾を得ることも可能だ。もちろん特殊能力を一つ得ることも可能とする。


 経験値はいつも通りだが、もう一つの定義が曖昧だ。特殊能力を得られるのはわかる。だが、爪や尻尾など体の特徴を引き継ぐことも可能だというのか。

 あの爪が出し入れ自在なら素手の戦闘で隠し武器としてかなり有効だろう。尻尾は……相手の動揺を誘うか、不意打ちには使えそうだが。

 経験値は妥当。だが、これは黒虎の意志を引き継ぐ為にも後者を選びたい。

 そして、問題は何を手に入れるか。おそらく、この選択で第九ステージの難易度が変わってくる。特殊能力か体の特徴……悩みどころだ。


 脳内で何が一番有益か何度もシミュレーションをして、最終的に一つの答えに辿り着いた。これが最善の選択だと思う。

 その一つを受け取ると。胸に手を当て、自分の中に黒虎の存在を確認する。もう二度と、姿を見ることも声を聴くことも叶わないが、黒虎の一部を引き継いだのだ……寂しくはない。

 頭を切り替えるぞ。次に考慮すべきことは第九ステージだ。

 今までのステージを思い返すと、


 第一ステージ、黒虎との戦闘。

 第二ステージ、溶岩地獄を走り抜ける。

 第三ステージ、暗闇で火の鳥。

 第四ステージ、雪原探索。

 第五ステージ、密林で亀退治。

 第六ステージ、大海原。

 第七ステージ、島でプレイヤーとポイントの奪い合い。

 そして、第八ステージ、再び黒虎との殺し合い。


 第七、第八とそれまでとは一風変わったステージ内容が続いている。今までは過酷な環境やボスがいる展開が多かったが、最近は直接対決が続いている。

 プレイヤーとの戦いに、自分の分身とも呼べる存在との決闘。残りステージも少なくなってきたから、プレイヤーを本格的に選別している可能性が高い。

 これがゲームとするなら、企画側としては順位を付けたがるのではないだろうか。ゲームではなく何らかの目的があって俺たちを鍛えているとしても、優秀な人材だけを欲するだろう。


「となると、考えられることは……振るい落としか」


 一番あり得そうなのは、プレイヤー同士の殺し合い。その方法は多岐にわたるだろうが、幾つか予想を立てておこう。

 残り全員、もしくは大量のプレイヤーによる同時バトル。生き残った者だけが勝者となる。この場合、一番強い者が勝つわけではないので、俺にも勝ち目があるだろう。

 次に、一対一で戦うトーナメント戦。ルールにもよるが、杉矢さんや織子に当たったら、奇策を用いても勝てる自信は正直ない。

 他には多人数で強力な魔物を狩り、一番貢献した者が次のステージに進めるとか、何体もの魔物が現れて倒した数で……とかだろうか。


 考えるだけなら他にも幾つか思い浮かぶ。どのような状況にしろ、総合力では元仲間の二人はおろか、田中さんにすら勝つことは危ういよな。

 ルールによっては最後のステージになりかねない。だからといって諦める気はないんだが。

 俺の中には黒虎がいるのだから、死ぬわけにはいかない。

 どんな手を使っても、必ず生き延び、製作者や関係者に同じ苦しみを味わわせなければ気が済まない。


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