激戦
休憩所で一日を過ごしたが答えは見つからなかった。
実際体験しなければ――死に戻りをしなければ俺は前に進めないのだろう。このクソゲーのシステムは、ある意味だが俺に合っているのか。
もう数日だらだら過ごしたいが、そうなると食料に不安が生じる。なら、行かないと駄目だよな。
「よっし、第八ステージに挑もうか黒虎」
「ぐあああう」
黒虎の元気のいい返事を聞いて満足した俺は勢いよく扉を開け放ち、その先へと進んでいく。
扉を抜けた先は――見るからに人工的な廊下が伸びている。材質はどう見てもコンクリートの打ちっぱなしだよな。天井には円形のライトが等間隔で並んでいる。
道幅は俺と黒虎が横並びでギリギリ通れる程度。ここで戦闘となると黒虎の動きが制限されそうだ。俺の棍もこの狭さだと振り回すのは諦めて、突きを主体で戦うしかないだろう。
「気配察知を最大で頼む。黒虎は後ろを警戒してくれ」
俺が一歩前に出て、棍を前に突き出しながら慎重に歩を進める。
無駄に長く重苦しい空気が充満している廊下を黙々と進んでいく。カツン、カツンと足音が薄暗い廊下に響くが、敵が出てくることはない。
『気配察知』には何の反応もない。『危機察知』も無反応か。
この廊下、何処かで見たことがあるような。コンクリートむき出しの薄暗い廊下。何だ、テレビか何処かで……。
デジャヴのようなものを感じながら、それでも足を止めずに歩いていると廊下は終わりを告げた。目の前に両開きの扉がある。
一瞬、ゴールなのかと戸惑ってしまったが、よく見ると休憩所に繋がっている扉とは造りが全く違う。
両開きの扉なのだが、取っ手が縦に長い。それに扉の表面にまるで椅子のシートのようなクッション性のある材質が貼りつけられていた。
「これって……コンサート会場や、イベントホールの扉っぽいぞ」
演劇が好きな友人がいて、何度かそういった催しに連れて行かれたことがあるので間違いない。この廊下は会場に繋がる関係者用の通路っぽいな。
そういや、ボクシングのアニメで似たような光景を見たことがある。
「となると、この先が本命か」
扉にそっと耳を押し当て音を探ってみるが、何の音も聞こえてこない。相変わらず『気配察知』『危機察知』も反応はなしと。
ゆっくりと扉を開き、その隙間から中を覗き込もうとしたのだが、力を入れていないというのに両開きの扉がバンと大きな音を立てて開いた。
慌てて身構えたが……敵らしき対象の姿は無い。それどころか、何もない。
床は土が露出した平らな地面で高い壁に取り囲まれている、円形の広場のようになっている。直径は100メートル近くありそうだ。
天井から煌々と光が注がれているので、昼間のような明るさで『暗視』も必要が無い。
「中に入れって事だよな」
罠が仕込まれていそうな怪しさ抜群の場所だが、他に道もないので選ぶ権利が無い。
危険を承知で中へと踏み出す。後ろから黒虎も続いてくれている。
どうせならと、壁際を進むのではなく堂々と広場の中心を目指して歩いているのだが、今のところは何の変化もない。
このまま進めばさっき俺が通ってきた扉と真逆の位置にある扉に着いてしまうが、そんなに上手く事が運ぶわけが――
「ないよな」
丁度真ん中に達したところで、後方の扉が閉じた音がしたかと思えば、今度は天井のライトが消える。
漆黒の闇に包まれているが『暗視』があるので問題は無い。
このパターンだと魔物が周囲や地面から現れて、生き延びるのが条件といったところか。
『よく来てくれた、山岸 網綱君。特別ステージへようこそ』
突如、頭上から降り注いできた嫌味ったらしい声は、第七ステージで聞いた白衣の男のものだった。
天井のライトに再び光が宿り、視界が確保される。
『ちなみに、特別な褒美を得られなかったプレイヤーは第八ステージでは自分の分身と戦ってもらうことになっている』
あー、良くあるパターンだな。自分と同等の能力を持つ相手と戦って、今の自分を乗り越えることが目的という流れ。
『だが、網綱君は黒虎を手に入れた。さて、ここで唐突だが問題だ。プレイヤーごとに第一ステージは異なっていた。何故だかわかるかね?』
本当に唐突だ。これ無視してもいいが、そうすると製作者の機嫌を損ねかねないか。なら、ここは話に乗るべきか。
第一ステージに対する疑問は常に抱いていた。織子は刃物を持った人型の相手だったそうだし、杉矢さんも田中さんも全く違う敵だった。
それを考慮して、尚且つ、本来の第八ステージが自分の分身だということを忘れてはならない。その全てを踏まえた上で導き出された答えは――
「第一ステージの敵は各々の過去が関わっている。そうだな、心残りや苦手なナニか……トラウマと呼ぶべき経験が題材になっているんじゃないか?」
『おー、やるじゃないか。正解だよ網綱君。心の底に封印していた過去、思い出したくもないナニか。それを具現化させたのが第一ステージの敵だ。キミの場合は昔飼っていた猫が食われた思い出だね。あまりの衝撃的な状況に記憶の底に埋めていた……今なら思い出せるのじゃないか』
目の前で食われた猫……猫……俺は、昔、子供の頃……猫を。
「飼っていた。クロとトラ……何で、今の今まで忘れていたんだ。あんなにも大切な家族のことをっ」
ああ、いつも傍にいてくれた大切な家族。二匹の可愛い友達。
あの時、野良犬……違う。確か……近所の凶暴な闘犬が飼い主の手を噛んで、散歩中に逃げ出して家の庭に飛び込んできた。そして、丁度庭で遊んでいた俺に襲い掛かり、それをクロとトラが身を挺して、庇ってくれた。
目の前で、犬に噛み殺され食われていく光景に、俺の心は現実を受け入れられず、記憶を埋めた。命を救ってくれた大切な二匹を記憶から消去しようとした。
「最低だな……本当に……」
「ぐああぅ、ぐあ」
俯いた俺を慰めるように頭を擦りつける黒虎をじっと見つめていると、不意に涙が零れる。
ああ、そうか。俺はあの時の事を後悔して、この黒虎を生み出したのか。食われたクロとトラに何もしてやれなかった懺悔が、黒虎の行動に繋がるのか……だから、食われたんだな俺は黒虎に。
『思い出し、理解してくれたようだな。では、ここで第八ステージのクリアー条件を教えよう。自分のトラウマを乗り越え、自分の力として受け入れること。つまり……黒虎を倒すことがクリアー条件だ』
また、黒虎と殺し合いをしろと言いたいのか。
ずっと共に過ごしてきた、この世界で誰よりも信頼できる相棒を殺せと……反吐が出る。
「ふざけるな。蘇るとわかっていても、共に過ごしてきた黒虎を殺せる訳が――」
『おいおい、何を言っているのだ。このステージは網綱君も黒虎も死んだらそこまでだ。復活は無い。トラウマを乗り越えて力を取り込むと言った筈だが』
「何だと……ふざけるのも大概にしろよ! そんなことできるわけがないだろ!」
唯一の心の拠り所である黒虎と戦うことすら考えたくもないのに、殺した上に復活もできないだと。そんなのやれるわけがない。
『選ぶのはキミだ。ここで、戦うことを辞めて餓死するもよし。黒虎に殺されてやるのも自由だ。まあ、キミが死んだ時点で黒虎は消滅するがね。コイツはキミの心が生み出したのだから』
何を言っているんだコイツは……何を、何を言っている!
あまりの腹立たしさに噛みしめた歯がギシギシと軋む。
俺と製作者が似ているなんてことはないと確信した。こんな外道な展開なんて全く考えもしなかった。
『やれやれ、網綱君は精神が脆いね。能力の不屈はちゃんと発動しているのかい? まあ、キミが戦わなくても……黒虎はどうなのだろう』
その言葉にハッとなり、黒虎に目を向けると、そこには歯を剥き出し「グルグアアアア」と唸りを上げる、凶悪な面をした黒虎がいる。
「黒虎……冗談だろ? 俺はお前と戦いたくない!」
「グガアアアアッ!」
黒虎の叫びに全身に鳥肌が立ち、手足が小刻みに震え始めた。
こ、これは『咆哮』なのか!
「や、や、やめろ黒虎……お前はわざと、敵対行為を示して……俺を」
その言葉を最後まで言わせてはくれなかった。歯を剥き出しにして跳びかかってきたからだ。辛うじて動く体を横に倒す様にして何とか避けるが、通り過ぎる際に腕を引っ掻かれた様で、大量の血が左腕から溢れ出した。
黒虎の一撃は不壊の筈のコートを容易く切り裂き、その傷は骨まで達している。
「くそっ、発火」
右手に炎を纏い、左腕に刻まれた爪痕に押し付ける。
「ぐ、ぐああああ、あああっ」
気を失いそうなぐらいの激痛が走るが、何とか強引に傷口を焼くことで血を止められた。これで出血はなくなったが、なったが、どうすればいいんだ。
今の一撃、加減はしていたが避けなければ死んでいた。黒虎は俺を殺しにきている。頭のいい子だ。そうでもしなければ、俺が自分を殺すことが無いことを知っているのだろう。
黒虎は俺を生かす為に……殺そうとしている。
俺はその想いに応えるべきなのだろう。そこまでしてくれている黒虎の犠牲を無駄にしてはいけない。わかっている、そんなことはわかっている!
「黒虎、本当にこれしか手はないのか」
俺の問いに対する答えは『溶解液』の塊だった。
地面を転がり何とか躱すが、俺に置き上がる隙を与えずに間合いを詰めた黒虎が爪を振り下ろす。
「くそっ!」
何とか動く左腕と右腕で棍を正面に構え、その一撃を受け止めた。
衝撃が全身を貫き、あまりの威力に片膝を突いてしまったが、何とか耐えたぞ。
息がかかる距離で黒虎と見つめ合うことになったが、その瞳は赤く染まっている。だけど怖さは全くない。深い悲しみが宿っている様に俺には見えた。
言葉を伝えることができない黒虎の意思が俺に流れてくる。
――戦って、戦って、生き延びて――
そう訴えかけているかのように感じられた。
「黒虎、本気で戦って欲しいんだな」
「ぐああっ!」
「わかった、わかったよ。だから、黒虎……お前も本気で来い!」
俺は黒虎の腹に全力で蹴りを放ち、強引に弾き飛ばした。
黒虎は少し後退ると、嬉しそうに舌なめずりをしている。そうだよな、俺とお前は元々食うか食われるか、殺すか殺されるかの関係。
これが最後だというのなら、本気で、お互い後腐れなく殺ろう。
「ここで俺が負けて死んでも恨みっこなしだ。遠慮や手加減は侮辱だと思えっ! わかったな、黒虎!」
「グルオオオオオオオオオオガアアアアアアアアアアアアアア!」
ああ、最高の雄叫びだ。
仕切り直しだ、黒虎。俺も後を考えずに持てる力の全てを吐き出し、この戦いに勝つことだけを考える。だから、だから、もう、言葉はいらないよな!
ポケットに入れた置いたお手製の小さな水筒を取り出し、喉を潤す。
さあ、今度は俺からいくぞ。大きく一歩踏み込むと同時に棍を大きく横に薙ぐ。
今までの集大成と呼んでいい渾身の一撃だったのだが、後ろに飛ぶようにして黒虎が難なく避けた。
だよな、身体能力では黒虎の方が上なのだから、そう簡単に当てられるわけがない。
続いて突きの連打を放つが、四足歩行を最大限に生かした軽い足運びで掠らせもしない。見事と言うしかないぞ。
あの爪の斬撃と噛みつきをまともに受けた時点で、命の炎はいとも簡単に掻き消えるだろう。防御に回った時点で勝ち目は薄くなる、今は攻撃の手を緩めてはいけない。
縦からの振り下ろし、すくい上げ。左右からの横殴りの隙に襲い掛かろうとしてきた黒虎には、ポケットに忍ばせておいた石の投擲で何とか凌ぐ。
時折、爪が手足を掠め血が噴き出す。俺の攻撃も完全に回避されている訳じゃなく、黒虎の手足を何度か捉えている。
ギリギリでの命の削りあいをしているというのに、黒虎お前笑っていないか。
まるで、いつも俺にじゃれついて遊んでいるかのように生き生きしているだろ。たぶん、俺も黒虎の事を言えないような充実した顔をしているのだろうな。
殺し合いの最中に馬鹿げていると自覚しているが、でも、これでいいんだ。お互いに力を出し切ることなく殺される何て終わり方は納得できない。
互いの傷が増える度に、動きはより鋭く激しく変化する。
このまま永遠に戦いを続けたかったが、流れ落ちる血が、荒い呼吸が、戦いの終わりを予感させた。
あと一撃。全力でやれる攻防はあと一回が限度だろう。
それは黒虎も同じなようで、同時に少し間合いを広げる。
目が合うと、黒虎は小さく頷いた。本当に利口な子だ。俺の意思を読み取り、呼吸を合わせてくれている。
もう、終わりなんだな。
こうしてじゃれ合うのも最後か。
俺が腰だめに棍を構えると、黒虎も脚を曲げて跳躍する為の力を溜めている。
終わらせよう。全速力で黒虎だけを見据えて突っ込んでいくと、黒虎も俺へ向かってきた。




