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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第七ステージ

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61/111

作戦

「四時になったので、行きましょうか」


 少し離れた所で休憩していた眼鏡スーツこと来生さんが声をかけてきてくれた。時間は彼の腕時計で確認している。

 俺のスマホは既に動かないので、今は何の役にも立たない荷物だ。だけど、このスマホを手放す気にはなれない。黒虎との戦いで命を助けてくれた大切な相棒だから。


「みんな行こうか」


 俺が見張りの番だったので仲間を全員起こす。

 三時間は眠れたので、体力がずば抜けているうちのチームなら充分な休養となっただろう。

 まだ外は暗闇に包まれていて、普通なら歩くことすら困難な状況なのだが、こっちのチームは全員『暗視』持ちなので何の問題もない。樽井さんのチームも『暗視』は所有しているらしく、反論はなかった。


「むにゃむにゃ、あと五時間……」


「なげえよ。さっさと起きろ。もう行くぜ」


 杉矢さんが寝ぼけ眼で定番のボケをかましている田中さんの尻に軽く蹴りを入れている。


「やめるヨ。セクハラジジイ!」


「しっかり、目が覚めているじゃねえか。歩け歩け」


 寝起きだというのに、この二人は元気だな。

 そういやむくっと静かに起きてから織子が言葉を一言も発して無い。妙に大人しいのが気になって彼女を見ると、俯いたままゆっくりと歩きだしている。

 体が微妙に左右に揺れているぞ。気になるな。

 横に並び顔を覗き込むと、目を閉じたまま歩いていた。器用だな……じゃねえ。危ないぞ。


「織子、起きろ!」


「ふえっ!? ほっ? んー、朝ご飯は?」


「干し肉でもかじっておいてくれ。火を焚くわけにもいかないから」


 他のチームの不意を突く目的で動いているのだ。深夜に火は目立ちすぎる。

 黙って肉を噛んでいる織子の目が、徐々に開かれていく。暫くすれば完全に覚醒するだろう。


「今日中にクリアーできればいいが」


 俺の呟きが仲間に聞こえたらしく、全員が大きく一度頷いてくれた。

 万全とは言い難いが、樽井さんチームの協力も得ることが出来た。初回のアタックとは違う。今回で確実にゴールに到達しないとな。

 俺たちのチームが先に進み、少し離れた後方から樽井さんチームが後を追う陣形で、真っ暗闇の森を歩き続けている。

 灯りを全く所有せずに進んでいるのだが『暗視』のおかげで昼間と変わらず歩くことが出来ている。樽井さんチームも問題は無いようだ。

 一時間が過ぎ、これ以上森にいては折角の暗闇を活かせない。結局崖は途切れることが無く、登るしかないようだ。


「崖を登ろう。俺たちが登って頂上に達してから、樽井さんのチームに登ってもらえるように伝えて来てもらえるかな」


「ウィー。まっかせるといいヨー」


 田中さんに伝言を頼み、俺たちは森から出た。

 もし、再び崖の上で敵に遭遇したとしても、今度は時間を稼げばいいだけだ。樽井さんたちが裏切らない限り、こちらの勝率は悪くない。

 崖に張り付き、辺りを探るが気配はない。織子に『気配察知』『看破』の同時発動で調べてもらったが、今度は『隠蔽』で隠れているプレイヤーもいないようだ。

 杉矢さんには予め、壁を登りやすいように凹凸をつけてもらえるようにお願いしている。俺も楽ができるのは確かだが、どちらかといえば後続の樽井さんチームの為を思っての行動だ。

 以前よりも楽に登りきると、崖の淵で右腕を高く掲げておく。これを見て樽井さんたちも後に続いてくれるだろう。


 ここからは未知の領域なので慎重を期す。田中さんを先頭に据えて、全員が必須の能力で全方向を警戒する。移動速度も早足程度に落とし、後続が追いつけるように距離を開けすぎないように配慮する。

 丈の高い草が生えているだけの草原なので身を隠す場所は、点在している岩ぐらいだ。その岩に隠れるようにして進んでいるのだが、正直あまり意味はないだろう。

 むしろ、この行為は時間稼ぎの意味合いが強い。


「気配は感じないな」


「ミーもなーんにもナッシングヨ。でんがな」


「ワシも今のところは何も感じんぞ」


「やっぱり、あっち側を警戒しているから、こっちはお留守なのかな」


 うーん、だといいんだが。戦った前の組があの場所から動いてなかったとしても、他の居残りチームがまだ何組が残っている筈だ。だとしたら、崖の上の絶好のポジションに陣取っていないのなら、次に考えられるのは――


「まあ、あの棒があるゴール直前だろうぜ」


 杉矢さんも同じ考えか。状況から判断して、普通はそう考えるよな、やっぱり。

 それは前の組だけではなく、俺たちと同じタイミングでここに挑むことになった、他のチームの存在も考慮しなくてはならない。


「樽井さんたちも、ちゃんとついてきているようだから、ゴール付近まで進もう。そこで合流して、そこからは事前の計画通りに」


 ゴール前の攻防は予想済みだ。来生さんも警戒していたしな。

 進行速度を更に落とし、慎重に慎重を重ね進んでいる内に空が明らみ始めた。夜が明けたようだ。

 朝日が照らしだす草原は澄んだ空気が吹き渡り、雑草に付いた朝露が朝日を反射して輝きながらそよいでいる。

 こんな状況でなければ、幻想的な光景に目を奪われていたかもしれないが、チームの誰もが、そんな心の余裕はない。


「オウ、ビューティフルネー」


 ――田中さんを除いて。


「うわー凄く綺麗」


 ――織子も除いて。


「絵になる光景だ。ワシが監督ならこのカットを入れ込むところだ」


 ――俺以外は結構余裕があるみたいだ。


 緊張しすぎて失敗するよりいいことだよな。うんうん。何とか自分を納得させたので、このことはもう気にしないでおこう。

 天を突き刺す勢いで伸びているゴール地点の棒は近づくにつれ、その異様さを見せつけてくれている。

 高みは雲を突き抜け、いったい何処まで伸びているのか見当もつかない。遠くから見ればただの棒だったのだが、今は視界の大半を埋め尽くす巨大な壁にしか見えない。

 どれぐらいの太さなのか来生さんに訊ねてみたいが、離れすぎているので自重させてもらおう。


「みんな、止まって。隠蔽で隠れているチームがいるわ」


「やっぱり、ゴール地点の待ち伏せがいたか」


 織子の制止に従い、全員が足を止め、身を屈めて潜む。


「どの方向かわかりますカー?」


「ええとね、一番近いのがあそこら辺、ちょっと遠いのがあっちかな」


 二チームがいるのか。ここからだとゴール地点の安全地帯である赤く発光している地点まで、結構距離がある。

 誰にも妨害されずに全力で走っても、5、6分は掛かるのじゃないだろうか。


「オウ、あの二チーム以外に十数人、赤い地点の傍にいるネー」


 俺からは何も見えないが田中さんの『千里眼』は他の人の姿を見抜いたか。隠蔽ありは厄介だが、だからと言って他のチームをないがしろにするわけにもいかない。


「潜んでいる輩は共同戦線でも結んでいるのか。お互いに奪い合えばいいじゃねえか」


「全員がライフポイントが少ないのかもしれない。お互いが潰し合ったところで、合格には届かないぐらい」


 だとしたら手負いの獣と同等だ。俺たちの戦った居残り組と同じく、クリアーする為には何でもやってくるだろう。


「策はあるけど……っと、来たみたいだね樽井さんたちも」


 俺たちの数メートル後方で足を止めた後続に俺は単独で近づいていく。他の仲間には周囲の警戒を継続してもらっている。


「現在の状況を伝えておきます。私たちが以前戦った話を聞かせた時に伝えた隠蔽を所有するチームが二チーム姿と気配を隠して潜んでいます。そして、それとは別に十数名プレイヤーが隠れているようです」


「ここまでは順調でしたが、やはり一筋縄ではいきませんか」


「あらやだ、困っちゃうわね」


「うん、困る」


「一気に押し切ろうぜ! 俺たちならやれる」


「流石、ご主人様ですワン」


 零士君は完全に田中さんポジションだな。ポチミさんとセットで。

 正直、突っ込んでくれるなら別に構わない。囮になってもらえれば、こちらの成功率が上がるから。


「ここまで来て、無謀な突撃は認められないよ。網綱さんは何か考えがあるのでは?」


 本当にやりにくい相手だな来生さんは。口調も丁寧なので、お得意先との交渉をしている時の気分になるよ。


「ええ、一つ仕込んであることがあります。それが上手くいったら、ゴール地点で騒ぎが起こる筈です。その混乱に乗じて私たちは突っ込む予定にしています」


「騒ぎですか……私たちも便乗して宜しいので?」


「もちろん。正直に話せば、そちらに注意が分散すれば、その分こっちが楽になりますから」


 ここでも嘘はつかない。全てを明かすわけではないが、嘘だけはつかないように心掛けている。あの少女の特殊能力が不気味なんだよな。

 心を完全に読めるなら、何を言っても無駄なのだが、そこまで万能な能力じゃないと願いたい。嘘の判別がつく程度なら、秘匿するべきことは口にせず、公開しても大丈夫な部分だけはハッキリと口にすればいい。


「裏切るつもりや、私たちをハメるつもりはありませんか?」


 この問いかけをした瞬間、少女の目つきが鋭くなったな。やはり、何かしらの方法で嘘を判別する能力があるのか。

 だとしたら、答えは簡単だ。


「ありませんよ。互いに遺恨を残さず合格できるなら、それに越したことはありませんからね」


 嘘では……ない。お互いにクリアーできるならいいと心底そう思っている。そして、貴方たちも余計な裏切りをするなよと警告も込めてある。


「わかりました。その言葉信じさせてもらいます。このバカげたゲームを終わらせたら、もう一度お会いしたいですね」


 今度は向こうから手をすっと差し伸べられた。


「ええ、その日を楽しみにしていますよ」


 強く握り返し、彼らに背を向け仲間の元へと戻る。

 田中さんの『地獄耳』で実況するように頼んでいたので、既に仲間には会話内容が伝わっていた。


「ところで、網綱。お前さんの仕掛けとは何なんだ? そこは聞かされていないぜ」


「あ、私も気になります!」


「ミーもミーも!」


 やっぱり気になっていたか。全員が鼻息の届く距離で、俺の顔を覗き込んでいる。近い、近いって。


「単純な方法だよ。今まで出番のなかった黒虎にちょっと用事を頼んでおいた」


「へっ、いつ接触したの? 遠くに気配は感じていたけど、こっちには一度もやってきてないよね?」


「ああ、それは織子と田中さんが寝ている時に、見張りの持ち場を離れて会ってきたんだよ」


「ああ、糞しにいった時か」


 一緒に見張りをしていた杉矢さんは、それが何時なのか思い当たったようだ。まあ、その通りなんだけど、別にそれは伝えなくてもいいだろ。


「で、黒虎に頼みごとをしておいたんだよ。どうにか黒虎でも崖を登れる場所を見つけて、ライフポイントを所有する化け物がいたら、この場に――」


 俺の説明を遮るタイミングで遠くの方から地響きと悲鳴、そして、驚きと混じり合った歓声も聞こえる。


「連れてきて欲しいってね」


 今更、説明は不要だとは思ったが一応最後まで言いきっておいた。

 樽井さんのチームが戦っていた化け物が単体ではないと予想を付け、黒虎に探索をお願いしておいたのだ。そして、見つけたらゴール地点に誘導してくれと。

 その為に合流させずに単独行動をさせていたわけだが、どうやら上手くいったようだ。


「ブラックタイガーが、魔物一体引っ張っているネ! ノーズが四本あるビッグエレファントヨ!」


 粉塵と雑草を巻き上げ爆走する姿が、俺の目でも捉えることが出来た。

 かなりデカいなあれ。黒虎が子猫に見えるサイズの四本鼻の象が、黒虎を懸命に追い回している。

 あの象にも首に鎖のついた板が掛けられていて、そこには倒したら200ポイント贈呈と赤い文字で書き込まれている。これは好都合だ。


「黒虎やるじゃねえか。200もあれば、居残り組でも合格ラインに届く奴らがいる筈。化け物の存在に驚き、尚且つ倒せば合格と分かれば……」


 俺の意図を読み取ったのだろう。杉矢さんが口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべている。


「網綱、ナイス外道ネ!」


 満面の笑みを浮かべて親指を突き立てているが、褒めてないだろそれ。


「何はともあれ絶好のチャンスですよね!」


 織子の言う通り、ゴール付近では潜んでいたプレイヤーたちが、てんやわんやの大騒ぎになっている。隠れるだけ無駄だと悟ったようで、今は結構な数が象退治に向かっている。

 だが、潜んでいるチームは判断がつかないようで、驚いた拍子に隠蔽は切れているようだが、未だに動いていない。


「二チームが残っているけど、今ならいけるか?」


 このままじっとしていて、象が討伐されてしまっては元も子もない。

 あと一押しあれば、確実にゴールを狙える。だったら――


「ファッツ? ちょ、ちょっとウェイトネ! ブラックタイガーを追っかけて10人ぐらいのプレイヤーが迫ってきてるヨ!」


 釣れたか!

 思惑通り事が運び、思わずガッツポーズを取ってしまう。


「黒虎をあの化け物と同じくライフポイントを所有していると考えたのか……いや、ワシだったら、その場合確実せいのある象を狙うぞ。何故、黒虎を追う人数の方が多い?」


「あっ、黒虎ちゃんの体に!」


 潜んでいる敵の近くに差し掛かったところで、黒虎はワザと側面を見せつけるように方向転換をする。その時、黒虎の右側面に掛けられていた板が目に入った。

 そこには『この敵に止めを刺したチームにライフポイント400贈呈』と書いてある。


「アレって、もしかしなくても、網綱がやったネ?」


「正解」


「そういや、四本腕が掛けていた板無くなっていたが……あれか」


 その通り。あの板を回収して100の部分に線を足して400にしておいた。

赤の字だったので一応俺の血で塗っておいたが、他の字も砂埃に汚れ、その部分の色合いの違いが目立たないようになっている。

 400となれば、全員が100ポイントを超えることが可能となる。まだ第八、第九、ラストステージが残っている現状で、ライフポイントがあり過ぎて困ることは無い。

 そんな獲物が目の前を走っていったらどうなるか。化け物と戦ってないチームは確証がないので行動に移らない可能性もあるが、黒虎を追いかけているプレイヤーたちは、以前化け物と戦った経験があるのだろう。


 それ故に本当にライフポイントが得られることを知っている。だから、必死になって黒虎を追いかけている。そして、そんな姿を目撃したプレイヤーたちはどう思うか。

 あの板に書かれた文字が嘘ではないと思うのではないか。彼らの行動が信憑性を裏付けてくれていると勘違いするのではないか。


「おいおい、あいつら黒虎を追いかけていきやがったぞ!」


「今だ、俺たちはゴールを目指そう!」


 黒虎が俺たちとは逆方向へと速度を調節しながら駆けていく。本気で走れば圧倒的な差で逃げ切ることが可能だというのに、囮としての役割を全うする為に調整してくれている。

 ありがとう、黒虎。危険な役を押し付けてすまない!

 自分たちが助かるためとはいえ、あまりにも危ない役を黒虎に押し付けてしまった。安全の為に赤い地面の安全地帯付近を走るように指示はしている。安全地帯に飛び込んでさえしまえば、ポイントの奪い合いが不可能となるので黒虎を襲う理由が消滅するからだ。

 だが、捕まれば黒虎は即座に殺されることになるだろう。共にクリアーしようと言っておきながら、一方的な危険に晒してしまった。

 今できることは、少しでも早く安全地帯に飛び込んで、黒虎を呼び寄せることだ。


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