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サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第七ステージ

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56/111

決断

 悪あがきをする為に俺たちが戦闘態勢に入ったのを見て、センター分けが鼻で笑う。


「この状況で抵抗するんだ。もしかして、ここまで生き延びた自分たちは特別な存在だと勘違いしていないかい? このゲームってさ、わざとレベル差が生じないようなシステムにしていると僕は思っているんだ。普通なら地道にレベル上げすれば、狂キャラになったりするパターンとかあるよね。それを褒美で経験値を受け取るシステムにして、レベルの均一化を図っている」


 自分たちが圧倒的に有利なことを理解した上で余裕のトークが始まった。周りの仲間も空気を読んで足を止めているし。こういうことろが日本人だよな。

 実質、この男がここの取りまとめをやっているっぽい。時間が稼げるのなら、会話に参加してやるさ。


「それは俺も思っていた。あえてレベル差が生じないようなシステムにしていると」


「だろ。じゃあ、何でそんなことをさせる必要があるのか、それは……その方が楽しいからさ。一人だけ、ずば抜けた力を有して、無双状態になる。物語の主人公ならそれもいいだろうけど、もし見ている存在がいるとしたら、そんなの何が楽しいかって話だよ。プロ野球選手と小学生が本気で戦って、ぼろ勝ちする試合なんて見たいかい?」


「見たくもないな」


「だよね。このゲームの製作者は楽しみたいんだよきっと。同じぐらいの能力で相手を出し抜き、醜く奪い合うさまを見たい。僕はそう思っているんだ」


 こいつは好きになれないが、その意見はわからなくもない。これが娯楽目的だけなら、その通りだと思う。杉矢さんは全面同意のようで、大きく頷いている。


「理解力のある相手で良かったよ。うんうん、気に入った。安心してくれ。全員5ポイント以上は残してあげることにしたよ。その後は僕たちと同じように、他の人を襲えばいい」


 これはこれはお優しいことで。俺たちにも生き延びる術を残して頂けるとは。歓喜のあまり反吐が出るよ。


「俺たちも人のポイントを奪ってここまできた。だから、相手の行動をとやかく言う権利は無い。だけどな、相手を気遣うふりをして罪の意識から逃げるなよ、情けない」


 俺の放った言葉に余裕綽々だった相手の顔から表情が消える。怒るわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、まるで人形のように一切の感情を浮かべていない。


「そうかい。ここまで順調だったキミたちにはわからないだろうな。絶望のどん底に落とされ、何とか生き延びようと徒党を組み、心を殺して数の暴力で獲物を狩る決意をした……僕たちの思いは。もういいよ、限界まで吸い尽くしてやれ」


 言葉のチョイスを間違えた。彼らは野盗のようなことをしているが、良くある異世界物の荒れた生活をしている現地人ではないのだ。

 俺たちと同じく平和な日本からやってきた、日本人。それも選ばれた人間じゃない。多くの死を経験させられただけの、ただの人。


「煽り過ぎだ。気持ちはわからなくもないが」


「すみません」


 謝るしかできない。今のは胸に秘めておくだけで、口にすることではなかった。ただ、相手の反感を買っただけの愚かな言動だ。勘違いしていたのは俺の方。


「田中さん、早く行ってください!」


「ごめん、皆!」


 包囲網が狭まる中、織子の叫びが躊躇っていた田中の背中を押したようだ。

 背を向け崖の縁に屈み、降りようとした田中の動きがぴたりと止まる。


「何をしてやがる、早く行かんか!」


「か、体が動、か、な」


 その状態のまま何とか言葉を返すが、口の自由も奪われた様で最後まで話せないまま、硬直している。


「無駄だよ。こっちには相手を麻痺させる特殊能力の使い手がいる。そしてそいつは、僕と同じく隠蔽の使い手だ」


 センター分けの言葉を肯定する様に、田中さんの隣に何もなかった筈の空間に男が忽然と姿を現した。黒ずくめのスーツにサングラスと見るからに怪しい男だが、その手は田中さんの頭に置かれている。

 迂闊だった。センター分けが『隠蔽』の力で仲間の存在を消していたにしろ、もう片方のグループとは距離が開き過ぎていた。そこまで広範囲をカバーできたのかと、勝手に納得していたが、もう一人同じ能力を持つ者がいると考えるべきだった。

 むしろ、時間稼ぎをしていたのは相手の方だったとは。


「一人は動けない。残りは三人。今更キミたちを許す気もないから、何を言おうがここからは一方的な暴力となるけど……何か言いたいことはあるかい?」


「それじゃあ、一つ教えてくれや。お前さんの隠蔽の効果ってのは何だ。ワシの気配察知を防いだのが信じられなくてな」


 杉矢さんに気配察知はなかったよな……この場にきて杉矢さんが引き延ばしを始めた? 何か策があっての事なのだろうか。


「ふーん、何か考えていそうだが、まあいいだろう。お前らとはもう会わないだろうからな。隠蔽ってのは自分だけに発動するのであれば動いていても効果はあるが、動かないで発動した場合、ある程度の範囲にいる人や生物の気配も隠すことが出来るのさ。この答えで満足したか?」


「ああ、充分だ。あと、あんたらの残りライフポイントの数値と、特殊能力全部教えてくれてもいいんだぜ?」


「それはお断りさせてもらおうか。お遊びはもういいかな。じゃあ、俺たちの糧になってくれ」


 間合いが一気に縮まる。

 俺は後ろの隠蔽を持つ相手を注視している。多くの敵に背を向ける格好になるが、一番厄介な相手はこいつの筈だ。目を逸らすわけにはいかない。

 後方から幾つもの打撃音が響いてくるが、その合間に


「何だこのプレッシャーは!?」


「くそっ、こいつら強いぞ!」


「抵抗すんじゃねえよ!」


 敵の罵倒が混ざっている。そんな騒音が背後から流れてくるのだが、その音に打ち勝つほどの、杉矢さんの大声が割り込む。


「網綱よ!」


「何だ、今忙しいのだけど!」


 相手に隠蔽の能力を使われる前にと、返事をしながら駆け寄って棍を薙いだのだが、軽く後方に跳ばれ攻撃範囲から逃げられてしまう。


「これで借り一つ返したぜ!」


 この状況で何を言っているんだ。言葉の意味が解らず振り返ると――鉄の刀で自分の胸を貫いた杉矢さんの姿があった。


「何で、杉矢さん!?」


 慌てて駆け寄ろうとした織子が、巨大な木槌を振るう男の攻撃を脇腹に喰らい、地面に転がっている。

 二人を助けようと一歩踏み出そうとしたところで、杉矢さんの行動の意味がすっと頭に入ってきた。


「そうか、杉矢さん、そういうことかっ!」


「くそっ、ジジイやりやがったなっ!」


 口から血を流し満足げな笑みを浮かべる杉矢さんの膝が折れ、地面に倒れ伏した瞬間、憎しみを露わにして地団駄を踏むセンター分けが視界から消え失せると、色のない闇の世界が訪れた。





 光と色彩が戻ると、目の前には漆黒の石板がある。

 今回の杉矢さんの行動は称賛に値する。冷静に考えれば、この方法は誰にでも思いつきそうな手だが、何処かで頭がその方法を拒絶していたのだろうな。考えないようにしていたとしか思えない。

 そして、思いついたところで実行に移す勇気があるかという問題もある。


「へっ、な、何ネ、どうなってますがいなんでファッツ!?」


 混乱しすぎて言葉が意味を成していないぞ、田中さん。


「スタート地点よね……ここ。あっ、そうか、その手が……」


 織子は直ぐに理解できたようだ。未だに辺りを見回して「ファアアアツ! なんでやねーーん!」と叫んでいる田中さんとは違うな。


「うっせえぞ。死に戻ったことぐらい理解しやがれ。誰かが死ねば、スタート地点に戻るってあったろうが。それを利用して、あそこから逃げ出しただけだ」


「あっ、やるじゃないネー。ほんのリトゥン見直したヨー」


 顔を背けてツンデレの振りを……あれ、ちょっと顔赤いな。感謝しているけど素直になれないってのを素でやっているのか。


「ありがとう、杉矢さん。尊い犠牲のおかげで、ポイントを奪われずに済んだ。本当に感謝している」


「改まって言われると照れくせえもんだな。気にすんな。元々お前さんに救ってもらった命だ。それを返したまでに過ぎんぜ」


 さらっと、そう返せる杉矢さんは尊敬に値するよ。

 その決断のお蔭で、あいつらにライフポイントを奪われずに済んだ。


「まあ、死に戻りしたから全員から1ポイントは減っているがな」


「それは許容範囲だよ。4減ったところで250は残っているから」


 計算は間違っていない。全員を合わせるとギリギリまだ250ある。そう、まだクリアーする権利は保たれたままなのだ。


「あー、その件に関してだが。更に増えたぞポイント」


「あっ、私も」


 頬を掻きながら、そう伝えてきた二人に目を剥きそうになった。


「もしかして、乱戦中にポイント奪ったの?」


「うん、散々やられた後とか言ってたから、ポイント少ないんだろうなって、戦っている最中に掌底で殴った瞬間にマイナスって呟いて、三人ぐらいからポイント吸っちゃった、てへっ」


 頭を軽く小突きながら舌を出す姿が可愛いが、やっていることは強かだよな。まあ、相手も集団で奪いに来たんだ。取られて文句を言える立場でもないだろう。


「ワシも勢いで奪っちまったぜ」


 同じモーションしても全く可愛くないですから、寧ろ不気味ですからやめてください。

 その言葉が喉元まで込み上げてきたが、今回の功績に免じてぐっと呑み込んだ。


「それで、現在のお二人のポイントは?」


「合計で15奪って1減ったから14増えて56!」


「ワシは21奪って1減ったな。20増えて75だぜ」


 結構な増量だ。一回目の戦闘で俺と田中さんしかポイントを増やしていなかったので、心苦しかったのだけど、これで憂いは消えたな。


「一度ポイントのおさらいをしようか。俺が今1減って99。織子が56。杉矢さんが75。んで田中さんが」


「1減って56ヨー」


「ということで、合計すると286か。これはかなり余裕ができてきたな」


 もし相手に織子と田中さんが一度ポイントを奪われたとしても250は超えている。出来ることなら全員が元より増えた状態でゴールしたいから、それは避けるつもりだが。


「ここから仕切り直しになるわけだけど……田中さん、俺たちが襲ったチームの人がどうしているかわかる?」


 俺の視力では黒板の前で座り込んでいる様にしか見えない。

 一人は寝そべっているようだが、俺が毒を喰らわした相手だろうか。


「ちょっとウェイトネ。ふむふむ、オー。なるほどネー。ええと、一人がまだ少し気分がアウチだから、リトゥン、ブレイクしてから行くみたいね」


「気分が悪そうなのってタキシードの人?」


「そうヨー」


 やっぱり毒の成分が抜けきっていないのか。あの戦いから杉矢さんが自害するまで二、三時間ぐらいだよな。

 うーん、俺が自分であの毒を試しに自分の体で試した時は一時間もすれば元に戻ったのだが、毒に対する耐性が俺より低かったのか。


「で、どうする。また速攻であの場所に戻るか?」


「リベンジするネ? リベーンジ?」


 二人はやる気満々のようだな。織子の意見も訊いておこうと思い声を掛けようとしたのだが、珍しく真剣な表情で腕を組んで唸っている。


「どうした、織子?」


「んとね、あの待ち伏せしていた三チームって、先にこの島に来たチームだって言ったじゃない。じゃあ、他にも先にこの島に上陸したチームって残っているのかなって」


 ああ、そのことか。全員が同時スタートをしているかのような演出のせいで、そう思いこまされていたが、実はそうではないことは既に判明している。

 俺たちよりも先に、この島でポイントの奪い合いをした負け組が、徒党を組んで襲ってきた。彼らだけが前の組の連中ならいいが、他にもいるとしたら対策を練り直さなければならない。


「何チームが残っているか、それを調べるにはまずチームごとのポイントの平均を予想するしかない。うちは合計178だった。戦った相手のチームは……ポイント……」


 覚えてないな。俺が奪った相手は流石に覚えているが、他の人のまでは記憶していなかった。


「んー、あれだ、60、56、54だろ。黒髪の姉ちゃんはわからんがな」


 杉矢さん覚えてくれていたのか。

 やはり、うちのチームで一番頼りになってしっかりしているのは杉矢さんだよな。リーダーも代わりにやって欲しいぐらいだ。


「あれ、そうなると黒髪の女性を省いても既に170あったんだねあのチーム」


「なかなか、優秀な人材が揃っていたのか。態勢を整えられていたら、かなりやばかったかもしれないな」


 仲間の能力が優れているので誤解しそうになっていたが、相手も第六ステージを乗り越えてきた猛者なのだ。まともに正面衝突したら苦戦必須の僅かな力の差しかない、ぐらいに考えていた方が良さそうだ。


「黒髪の女性はあまり強そうに見えなかったから残り30だとしても合計200。こっちと足して割ると190ぐらいが平均になる。たった二チームの平均値なんて当てにならないかもしれないけど、仮にこれで考えてみようか」


「半分のチームがギリギリのラインでポイントを奪ってクリアーしたとしてー、ええと。残り10チームのライフポイントが130だよね。更に5チームがクリアーしたとして……120必要だから、残りの5チームに残されたポイントは平均10ってところかな」


 砂浜に指で計算式を書いている織子を、後ろから田中さんが覗き込んでいる。


「オー、それだと一人頭2ポイントになるネー。無いんじゃネ? ……でんがな?」


 田中さん……最近ずっと大阪弁を混ぜるの忘れていたのだから、もうやめたらいいのに。

 一人頭2ポイントはないな。だいたい、それなら杉矢さんや織子が前組の相手からポイントを奪った時に1しか奪えないことになる。


「杉矢さん、織子。二人とも一人から大体何ポイントぐらい奪えた?」


「三人から奪ったからな。平均で一人5ぐらい奪えたぞ」


「私は一人7ぐらいかな」


 ってことは元のライフポインが倍あるってことだから、10~15ぐらいはライフポイントが残っていたわけか。大まかに見積もって、一チーム50残っているとしたら、残された10チームのうち、クリアー条件を満たせるのは一チームかよくて二つ。


「前の組が八か九チーム残っていても不思議じゃないか」


「面倒くせえな。半分近く前の組が潜んでいるとなると話が違ってくるぞ」


「でもでも、事前の説明で白衣の人が二十組八十人って言ってたよね」


「確かにそう口にしていた。だけど、島にそれだけいるって言っていただけだ。前の組が継続していても嘘ではないってことになるんだろうな」


「ずっこいネー。大人ってみんな嘘つきヨ! 番組プロデューサーとの飲み会を我慢して愛想よくしていたら「今度、うちの番組で使ってあげるよ!」なんて言ってたから、期待していたのにワークが来ないヨ! 一緒に飲み会に参加していた、後輩のビッチ女芸人が代わりにテレビ出てたネ! 飲み会から二人だけ消えたから怪しいとは思っていたヨ!」


 当時の生々しい記憶が思い出されたようで、天に向かって吠えている田中さんは、この際無視しておこう。

 前の組の生き残りが半分近くいるということは、速攻の有利性が消滅したということになる。待ち構えている方が圧倒的に有利。

 おまけに手を組んでいるとなると、第七ステージの難易度は格段に上昇する。


「はあぁぁ。まあ、何はともあれ食事にしましょうか。敵が待ち伏せしているなら、今更焦ってもしょうがないし」


 ここは腰を据えて作戦を練り直すべきだ。

 腹が減っては戦が出来ぬと言うから。まずは、お腹を満たし、その後ゆっくりと今後の方針を考えることにしよう。


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