再スタート
「ほんふぇ、どひゅひゅひゅひょ」
ちゃんと口の中の物を呑み込んでから話をしなさい。
織子がリスのように頬を膨らませながら何か言っているが、全く聞き取れない。
「ワシらの有利な点は、既にクリアー条件であるポイントに達してることだ。相手を襲わずに逃げの一手でいい。そうなると今後の行動も絞りやすいだろう」
「ナル―。なら、あの崖……ってウォール? には向かわないで、安全な場所からゴールゲッツ! するネ?」
両手の人差し指を前に出しながら、ゲッツと同時に懐かしいモーションしないでいいから。
迂回するというのは悪い手じゃないと思うけど、砂浜を移動すると、もれなく船で上陸した他のチームと遭遇する可能性が高くなる。
となると、森の中を進むしかなくなるが、あそこは罠がそこら中にあるから出来ることなら避けたい。うん、手詰まりだこれ。
仲間も妙案が浮かばないようで、沈黙が場を支配している。
「相手が組んでいるなら、ミーたちも他のチームと一緒に行くとかどうヨー」
この重苦しい空気を取り払おうと、田中さんが無駄に元気よく発言をした。
その意見に対する答えは、全員の渋面だが。
「バカかお前は。いや、馬鹿だったな、すまん」
「謝るなら許してやるネー……わけないネ! フール言う人がフールヨ!」
跳びかかろうとした田中さんの頭を杉矢さんが鷲掴みにしている。悔し紛れに腕をぐるぐる回している姿は完全に子供の喧嘩だ。
「あの人たちが共同戦線を張れたのって、ライフポイントが少ない者同士だったからよね。私たちはクリアーできるだけポイントが溜まっているから、組んでくれるチームっていないんじゃないかな」
織子の説明で馬鹿呼ばわりされた田中さんも納得したようで「今日のところはこれで勘弁してやるネ」と捨て台詞を吐いて座り込んでいる。
「そうだな。組んでくれたとしても、いつポイントを奪いにくるか気が気じゃない。一緒に行動するのは無理だよ」
いつ裏切るかわからないチームと共に過ごすなんて自殺行為にも等しい。
信頼できる相手だと確信がもてるなら組むことも可能だが、正直、この世界でそんな相手がいるわけが――
「そうヨ! あれ、あれは、どないでっしゃろ!」
関西弁混ぜるの諦めてなかったんだ。
興奮した状態で唾を撒き散らす田中さんの意見に、一応耳を傾けることにした。
「ほら、海で食料を上げたタルタル? のチームネ!」
タルタルって、樽井さんのチームか。あの人たちは、確かに恩義を感じてくれているようだが、うーん、あの人の見抜く力がどの程度かわからないから不気味なんだよな。
織子に対しての発言も間違っていなかったということは、本当に能力を見抜ける力があるってことだ。味方にすれば確かに心強いが敵に回る可能性がある、ここで協力体制を組んでいい相手なのかどうか。
「正直微妙かな。樽井さんのチームがポイントを満たしているなら、手を組むというのは悪くないと思うけど、相手のライフポイント見えないからね」
「そこだな。お互い同意の元にポイントの閲覧でもできるなら、ありだとは思うぜ」
彼ら三チームが組んだのは追い詰められていたからだ。それこそ、初めはお互いのポイントを奪い合う関係だったのかもしれない。だけど、戦闘の途中でお互いのポイントが微々たるものだと気づき、奪ってもクリアーできないことを悟った。
そして、ならば組んでライフポイントが潤沢な相手から奪おうと。
「うーん、もう一度相手のピンチを救ってあげたり、手を貸してあげたら……さすがに、裏切ったり敵に回ったりしないんじゃない?」
「そうヨ! ホモサピエンス、オール、ブラザー!」
人類皆兄妹って言いたいんだろうな。二人の考えも理解できるが、それは理想論でしかない。恩を感じても自分の命を優先するのが当たり前だろう。
「どっちにしろ海岸と森との境界線辺りをぐるっと回りながら、さっきの崖を避けていくべきだと思うから、その際に他のプレイヤーの様子も探ってみるってのでどう?」
「構わねえぜ」
「はい、了解です!」
「オッケーでんがなー」
同意も得られたことだし、今後の方針は決まったな。
全員が食事を終えたので、俺は手を付けなかった巨大魚の丸焼きをその場に残し、前回襲い掛かったチームがいる方向とは逆に進んでみることにした。
砂浜に小さな船が乗り上げているのは見えるのだが、人影は見えない。あまり、船には近寄らないようにしながら観察しているが、やはりプレイヤーは既に出発した後か。
「隠れている様子もないネー」
『気配察知』にも反応はなし。ここはスルーして構わないな。
「そういや、樽井さんたちが乗っていた船の形状覚えている人いる?」
「あー、ワシが所有していたクルーザーと同じ型だったか」
「ミーは見てナイネー」
「私も隠れていたから見てません」
俺の記憶だと確かに杉矢さんたちが乗っていた船と同じデザインだった。ライフポイントを消費して購入した船なので、同じものを選ぶと全く同じ型が手に入るのか。
この船は違うようだな。二人の乗っていた船より少し立派だ。
「じゃあ、樽井さんたちの乗っていた船を見つけたら、ちょっと周辺を探索してみようか」
危険な真似はしたくないが、手詰まり状態なのも確かだ。あの断崖絶壁が途切れている場所があって、そこから進めればいいけど。
だが、そこにも別のチームが潜んでいる可能性がある。
「まあ、考え込み過ぎるな。ここで最も必要なことは、開き直りと臨機応変だぜ。予想するのはイイが、当たればラッキーぐらいの心構えでいればいい」
頭にごつごつとした手の平の感触がある。心配事が顔に出ていたのか。
何だかんだ言って杉矢さんがリーダー向きだと思うのだが、何度も変わってくれと言っているのに、何故か俺が仕切ることになっている。
杉矢さん曰く、
「ワシは参謀タイプだからな」
だそうだ。俺に言わせれば参謀で落ち着く人じゃないと思うのだが。
だけど、田中さんとの関係を見ていると、無謀で考え足らずのお姫様につく、しっかり者の毒舌執事に時折見える時がある。杉矢さんの自己評価はあながち間違いじゃないのかもしれない。
「のんびりいこうや。ワシらには、まだ余裕がある」
その通りだ。合格ラインは超えているのだから、焦る必要はない。
何処かのチームが襲い掛かってきたとしても返り討ちにすればいい。そして、俺以外の人がライフポイントを稼げればなお良しだ。
こちらから仕掛ける必要性は無くなったが、向こうがくるなら遠慮なく奪わせてもらう。仲間のライフポイントが増えれば、第七ステージ以降の攻略が楽になる。
それに見逃すより、ライフポイントを容赦なく奪っておいた方が、相手もまたちょっかいをかけようとは思わないだろう。
それから、島の外周を進み続けているのだが、船がポツリポツリとあるがプレイヤーは誰もいない。『気配察知』にも引っかからない。
全員が進撃中なのか。俺たちみたいに撃退されて戻ってきた連中と全く出会わないな。皆、慎重に進んでいるのか、崖以外のルートを攻めているのか。
「案外、崖の連中を仕留めた輩がいたりしてな」
俺の思考を読んだかのようなタイミングで杉矢さんが声を掛けてきた。
総勢12名を一チームで倒すのは至難の業だ。厄介な特殊能力も所有している。
「あり得ないネー。でもー、実際ストロングだったでんがな?」
「んー、私の相手をしていた長髪の男の人と、杉矢さんと戦っていた坊主とポニーテールの女性が群を抜いてたけど、後は動きが素人っぽい」
「確かに、あの二人がいなければ他の連中共々、凌げた可能性はあったぜ」
二人の相手になるプレイヤーが三名か。田中さんが万全で、黒虎が援軍として参加した状態なら、何とかならないか?
相手の手口を知った今なら、色々やれそうな気はする。でもまあ、危険すぎるのは確かだから、やるとしても最後の手段か。
少し……いや、かなり、あのセンター分け軍団に仕返しをしたい気持ちはあるが、そういった感情の優先順位はかなり後ろだ。
「おっ、あれはミーたちがライドしていたクルーザーに瓜ダブルヨ」
英語交じりの言葉に慣れてきた自分に若干呆れるが、似た船を田中さんが見つけてくれたようだ。
そこまで、まじまじと見ていたわけじゃないので確信は持てないが、実際に乗船していた田中さんが言うなら、たぶん合っているだろう。
「そうだな。ワシのライフポイントを吸い取った船と同じ型だぜ」
杉矢さんが言うなら間違いない。
他の人も同じ船を選んだだけというオチもあるだろうが、今の所は他の手も思い浮かばないし、樽井さんたちがいないか探ってみるか。
「じゃあ、この場所から真っ直ぐ島の中心部を目指して進んでみようか。樽井さんたちじゃなくても、他のプレイヤーと遭遇するかもしれないから」
反論もないようなので、全員で森の中へと進んでいくことになった。
ここまで結構な距離を歩いてきたが、他のプレイヤーと遭遇はしていない。島の規模は未だに不明だが、一日やそこらで横断できないぐらいの大きさはありそうだ。
森の中へと足を踏み入れるが、やはりここも木々が密集していて薄暗い。『暗視』の効果なのだろうか、薄暗いと脳が理解はしているが支障はない。矛盾しているのは自覚しているが、表現し辛い妙な感覚だとしか言えないな。
「ここら辺はワイヤートラップもねえのか」
「デンジャーな感じはしないネー」
二人の能力に反応がないとはいえ警戒は緩めずに、棍で地面を探りながら進んでいる。
足下の地面や落ち葉に何かしらの痕跡が残っていないかと目を凝らしているのだが、俺には判断がつかない。こういう場合、足跡が残っている! という定番の流れが期待できると思っていたのに。
「足跡とかナイネー。これじゃ、ストーキングできないヨー」
「結構な頻度で落ち葉が降ってきているからな。足跡何て速攻で隠れちまうぜ。それに、用心深い奴らなら、痕跡を残さないように対策をしているかもしれんぞ。ワシも一応、土操作で所々、足跡を消してはいるが」
至れり尽くせりでございます、杉矢さん。そこまでやってくれていたとは。
頼りになるのは有難いが、だからと言って俺たちが気を抜いていいわけじゃない。頼りきりにならないようにしないと。
「罠を仕掛けた人は、こっちまで手が回らなかったのかな」
「かもしれないし、単純にこっち側の相手を端から無視していたか。狙いを俺たちがいた場所の周辺に絞っていたのかもしれない」
そう、別に他のプレイヤーを全員倒したいわけじゃないのだから。組んで襲ってきた連中も、自分たちがクリアーできるポイントが欲しかっただけ。一組だけが生き残るバトルロワイヤルじゃないのだから。
「ところで、今更なんだが見つけたとしてどうする気だ? 交渉でも持ちかけるのか」
「いや、距離を置いて相手を観察しようかなと。もし、危機に面しているならタイミングを見計らって助けてもいいし……場合によっては、お互い消耗したところで交渉を持ちかけてもいい」
「いやんだ、この子。げっすいワー。ねえ、織子さん」
「相手の弱みにつけ込んで、指の先までしゃぶりつくタイプですよ、田中さん」
「そこ、井戸端会議中の奥様風に貶すんじゃありません」
口元に手を当てて小声で人の悪口を言っている、二人に一応ツッコミを入れておく。
ああやって、明るく茶化すことにより、深刻な空気になるのを防いでくれているのだろう。
「きっと今まで女もああやって、落としてきたのよ。怖いワー」
「あらやだ、私も気を付けないと」
チラチラこっちの様子を窺う仕草とか、細かい芝居いらないから。二人とも楽しくなってきているだろ。
「ふむ、芝居ならワシも参戦せねばならんか」
「収拾付かなくなるから勘弁してくれ」
そんなところでやる気出さないでくれ、杉矢さん。
こんな状況で軽口を叩けるというのは、仲間としてはありがたいことだけど、いじられる側の辛さを少しだけ理解できた。田中さんに、これからは、ほんのちょっとだけ優しくして上げよう。
「うあああああっ!」
なっ、悲鳴か!?
和んでいた空気を払拭する、男の叫び声が森の中に木霊している。『気配察知』が探知できない距離から聞こえたようだが。
「ファッ? シャウト聞こえたネ!」
「田中さん、驚いてないで音の場所を探ってください」
「オウ、ソーリー」
両耳に手を当てて、周辺の音を『地獄耳』で聞き取ろうとしている。邪魔にならないように口をつぐみ、音を立てないようにした。
体が半回転したところで動きが止まり、神経を耳に集中させる為に目を閉じているようだ。
「こっちネ。走る音と硬い物同士がぶつかるような音が断続的に聞こえるヨ」
途中に英語を挟まなかったということは真剣モードか。
俺の耳は風が落ち葉を揺らす音しか拾えないが、田中さんの能力なら間違いはないだろう。
「急いで向かおう。ただし、相手を確認できるギリギリの範囲まで近づいたら、足を止めて様子見で!」
「おうさ」
「イエッサー」
「わかりました!」
良くも悪くも、この状況を打開してくれる何かがある。そう信じて、俺たちは全力で音の源へと近づいていった。




