表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラリーマンの不死戯なダンジョン  作者: 昼熊
第七ステージ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/111

難所

 杉矢さんが見えない斬撃を飛ばしワイヤートラップを切り捨て、念の為に棍で地面を叩いて落とし穴を確認しながら、俺たちは進んでいる。

 結局移動速度は極端に落ちたが、罠の確認を怠るわけにはいかない。実際、落とし穴も数箇所仕掛けてあり、かなり罠の製造に卓越したプレイヤーがいるということがわかった。

 ただ、50メートルぐらい進んだあたりから、ワイヤーも消えほかの罠も仕掛けられていない。


「網綱の予想が的中したようだな」


「この知識も小説や漫画からの受け売りですけどね」


 漫画なんて読んでも何の役にも立たないと、母が口を酸っぱくして言っていたが、今こうやって俺の役に立っていることを知ったら、どんな顔をするだろうな。


「どうしたの、口元が笑ってるよ」


「ん、ああ。ちょっと母さんの口癖を思い出してね」


「お母さんか、元気してるかな。弟も大丈夫かな」


 織子の顔に影が差した。弟と口にした途端、表情が一変したな。

 『気配察知』に引っかかる者もいないし、速足程度の速度で進んでいるだけだから、少しぐらい雑談をしてもいけるだろう。


「弟さん? お姉ちゃんだったのか」


「うん、優しくて良くできた弟でね、五歳離れているんだけど、私と違って病弱なんだ。だから、一人で大丈夫かなって……」


「それは、何としても元の日本に戻らないとな」


 彼女が俺に嘘を吐いてまでクリアーしようとしていた理由の一つなんだろうな。クリアー後なら何でも一つ願いを叶えるとあった。それで、元の世界に戻ることを望みそうだ。


「ふむ、織子は元の世界に戻りたいのか。まあ、ワシも戻る気だが。まだまだ、役者の道を究めたとは言えねえ。ここでの経験も全て吸収して、芝居に活かすつもりだぜ」


 杉矢さんが話に割り込んできた。この人はちゃんと周囲に注意を払っているから、この程度の会話なら全く問題ないか。


「ミーもミーも! ここでの出来事をネタにしてバラエティーとワイドショーで引っ張りオクトパスになって、ブックにして、印税がっぽがっぽヨ! 最終的にはムービーになって主演として女優デビューもありネ!」


 芸人の夢はどうした。

 欲望剥き出しなのは兎も角、三人とも日本に帰りたいと思っているのか。全員があっちにやり残したことがあり、ちゃんと目的があってクリアーを目指している。

 俺はどうなんだ? 日本の生活がお世辞にも楽しかったとは思えない。威張ることしか脳のない上司と、無理難題を押し付けてくる元請けのゼネコン。

 サービス残業の日々を充実していると思えるぐらいポジティブなら良かったが、お金の為に自分の精神を削り売るような日々だった。


 クリアーして俺は帰りたいのか日本に? ただ死にたくないという思いだけでここまでやってきたが、何がしたい? 何をしたい? 何を手に入れたい?

 自問自答を繰り返してみるが、答えが出そうになかった。


「っと雑談はここまでにしておくぞ。森を抜ける」


 考え事はここまでだ。クリアー後にどうしたいかなんて、クリアーしてから考えればいい。今はこの糞ゲーを制覇することだけを考えよう。


「木が途切れる直前で止まって、周囲を観察しよう」


 木々の隙間から光が射しこんでいる。あの先は開けた場所になっていると考えて間違いないだろう。『気配察知』と『危機察知』に反応は無いが油断は大敵だ。

 慎重すぎて損をすることは無い。

 全員が大木の陰に隠れ、そっと周囲を観察している。


 川が一本横切っているが、幅はそれ程でもない。第五ステージの川よりも狭いので、問題なく飛び越えられる距離だ。

 向こう岸にはここまでとは一変して草木が一本も存在しない荒れ地が広がっていた。

 地面は赤銅色で平らではなく、大小様々な石や岩が転がっている。岩陰に隠れながら進めば、遠方から見張られていたとしても視界を妨げることは可能か。

 荒れ地の先は断崖絶壁になっていて、高さは10階建てのマンションぐらいはありそうだ。崖の切れ目は無いかざっと見回してみたのだが……ないな。ロッククライミングでもしろと?


 崖の上に誰か潜んでいたら、狙いたい放題か。

 あの罠のせいで時間を喰ってしまったから、既に先回りを終えているチームが居ても、何ら不思議ではない。第七ステージが始まってから一時間は軽く超えているだろう。

 この状態で一番頼りになるのは田中さんなのだが。そう思い視線を向けると、目を細めてきょろきょろと忙しなく瞳が暴れていた。


「何かあった?」


「うーーん。サスペンスで犯人が自供する崖ぐらいしかないネー」


「最近のサスペンスはそう言う演出ねえぞ」


「ファイ? 一番盛り上がるシーンなのに、もったいないヨー」


 二人の漫談はいいとして、『千里眼』でも見える範囲には誰もいないのか。

 さーてどうすっかな。飛び道具があるなら崖の上に潜むのが最善策だよな。俺ならそうする。気配を探るにはもっと崖に近づかないと無理か。

 ということは危険を承知の上で崖に寄るしかないよな、やっぱ。


「まずは俺が崖に近づいてみる。気配察知で誰かいないか探るから、安全が確保できたと思ったら、手招きするから来てくれ」


「危険だが全員でいくわけにもいかんか。田中は気配察知使えんしな」


「戦闘力が一番中途半端な俺がいくのがベストかなと。もし、俺が襲われた場合はフォローよろしく」


「任せて!」


「ザッツオーライ!」


 死ねばライフポイントを1削られて石板の前に戻される。ライフポイントが254あるので、4削られてもまだ合格ラインぎりぎりなのはありがたいが……死ぬ気はないぞ。

 一番近くにある隠れられそうな大岩は結構先にあるな。森を跳び出したところをすぐさま察知される可能性もある。仲間の場所がバレるのは避けたいところだ。

 森の奥に少しだけ戻り、仲間から少し離れた位置から木々の間を抜ける。

 八割程度の力に抑えて荒れ地を駆け、大きな岩陰に滑り込んだ。その場所から周囲を探り、また別の大岩へ移動、気配察知を何度も繰り返す。


 崖が迫ってきているが、これといって変化はなし。気配が微塵も感じられない。忍んでいる奴はいないのか。

 これ以上先は崖しかなく、頂上の縁付近に潜んでいたとしたら『気配察知』に反応がある筈だ。俺のわかる範囲だが、危険はないようだ。

 こうなりゃ、とことんやってみるか。俺は岩陰からそっと姿を現し、断崖に近づき手を触れる。遠目で見るより凹凸が多く、今の身体能力なら登れそうだな。


 敵と遭遇して撃退した際に必須な縄は背中に括りつけている。長さは5メートル程しかないので、崖の上から垂らしても半分にも満たないか。

 武器以外の道具の殆どはバックパックに収納していて、それを今所持しているのは黒虎なんだよな。黒虎は少し離れた場所に隠れた状態で、呼ばない限り俺たちに近寄ることは無い。いざという時の、こちらの秘密兵器として活躍してもらう為だ。

 かなりの高さがあるよな、この崖。全員で登ったとしたら最中に襲われたらどうしようもない。でも、殺した場合のペナルティーが大きいから、過激な真似はしてこないか。


 判断に迷うな。俺が崖の上に到達してから安全を確保して、三人を呼ぶというのが得策に思えるが、一人の所をチーム全員で襲われたら、そこで終わりだ。

 俺のポイントを吸い尽くされて、結局チームのクリアーポイントに届かなくなる。

 こうやって悩んでいる間に後続が到着して、上と下からの挟み撃ちというのが最悪な未来だよな。

 あの罠を張った奴の存在が怖いが、今は時間を重視しよう。それに皆の意見も確認しておきたい。

 ようやく結論に達し、全員を招き寄せる。

 集まった三人に今後の方針を口にして意見を求めた。


「第六感は今の所、反応は無いぜ。時間が惜しいからなワシは全員で登るのに賛成だ」


「気配察知も同じくないよ。私も後ろから追い付かれるのが怖いから、一気に登るべきだと思う」


「危機察知も問題ナッシングネ。ロッククライミング楽しみヨー」


 これは全員の合意が得られたと判断していいんだよな。なら、腹をくくって全員で崖を登るとするか。

 崖の前で軽くジャンプして、壁面の突起部分に手を掛ける。今片手でぶら下がっている状態だが、重さを殆ど感じない。さすが元の身体能力から10倍に強化されているだけのことはある。

 片腕で体を引っ張り上げ、足先を崖の凹みに刺し込む。

 ん? 軽く蹴っただけのつもりだったが、足先がめり込んでいるな。これって、凹凸がなくても自力で指や足を埋め込んで、登れるんじゃないか?


 そう思い、他の仲間の様子を見ると……織子は崖に手刀を刺し込んでいるな。つま先も完全にめり込んでいる。俺の考え通りの動きを見せてくれている。

 杉矢さんはすいすいとスムーズに進んでいる。鼻歌交じりで凹凸のあるなしを見極めて最適なルートを選び出しているようだ。え、あ、いや、待てよ。あれって、土操作で足場とか作りながら登っているぞ。ずるい。


「おっ、網綱も作ってやろうか?」


 遅れている俺に気を使ってくれたようだが、丁重にお断りさせてもらうことにしよう。自分の実力を試したいのもあるが、無駄に体力を減らさせたくないという配慮もあった。

 それに、俺も遅いが田中さんだって手をこまねいているんじゃないかな。

 そう思って左に顔を向けると、遥か上をカサカサという擬音が聞こえそうな素早い動きで、器用に登っていく田中さんの後姿があった。


「ロッククライミングはちょっと経験アルヨー。コツがわかればこんなもんでんがなー」


 くっ、断トツでビリじゃないか。俺も本気出させてもらうぞ。


「杉矢さん。お願いします」


 ここはプライドよりも足並みを揃える方が大事だ。決して田中さんに先を越されたことが悔しかったわけではない。あの揺れる尻が得意げに見えて、若干いらっとしたわけでもない。

 杉矢さんのアシストもあり、あんなに高かった崖をあっさりと登り終えた。改めて自分の力が人外だということが理解できた。

 崖の上は草原で丈の短い雑草が地面を覆っている。他にはやたらと大きな岩が無数に点在しているな。


「網綱も来たな。これで全員が揃ったか。それじゃあ、とっとと進むとする――訳にも行かねえようだぜ。何か居やがるぜ」


 踏み出そうとした俺たちを遮るように腕を横に伸ばし、杉矢さんは十メートル程度先にある大岩を睨みつけている。

 何かを感じたのか。だが『気配察知』には反応が……もしかして。


「織子、看破と気配察知を併用できる?」


「やってみる。ええと、ああっ! あの岩に8、そこの岩に4人、潜んでいるわ!」


 『看破』の力なら、もしかして何かしらの能力で隠れている人を見つけらるかと閃いたのだが、上手くいったか。だったら、もう少し早く気づけよと自分自身を罵倒したくなるがな。


「へええっ。僕の隠蔽能力に良く気づいたね」


 鼻につく偉そうな声と共に、岩陰から無数のプレイヤーらしき人々が姿を現す。

 総勢12人。まさか、こんな短期間で三チームものプレイヤーが組んだというのか。

 年齢は十代後半から三十代半ばぐらいか。むさ苦しいことに全員男だな。十人が何かしらの武器を保有している。

 こっちの探知から逃れられる特殊能力があるとは思っていたが、こんなに大人数をカバーできるのか。

 これは大ピンチどころの騒ぎじゃないぞ。


「さーて、この状況で僕たちが何を言いたいかわかるよね」


 自慢げに自分の能力をばらしてくれた、スーツ姿にセンターわけの同年代っぽい男が髪を掻き上げ、嫌味ったらしい表情でこっちを睥睨している。


「予想はつくが、一つ疑問がある。何でこんな短期間で徒党を組み、罠を仕掛け、この場所までこれた。どう考えても時間が足りないだろ」


 当たり前の疑問を口にしたのだが、スーツセンター分けは、にんまりと口を歪めて、さも嬉しそうに笑いだした。


「あー、そうかそうか。キミたちは後続なんだね。道理で一度も見かけたことが無かった筈だ。うんうん、ついてなかったねぇ。僕たちはキミたちよりも先にゲームを始めた20組の残りだよ……ポイントが満たなかった」


 おいおい、糞ゲーという言葉すら生温い仕様だな。

 先にこの島でゲームを始めてクリアーできなかった連中が残っているって、オンラインゲームでβ版を先にした奴が、経験値の美味しい狩場を事前に知っているようなものだろこれ。

 俺たちが速攻で勝負を決めようとしたことも、全てが無意味だったって事か。


「だから、僕たちは必死なんだよ。今度こそ、後続のキミたちを襲って条件を満たそうってね。そういう訳だから、大人しく捕まってくれ」


 敵チームが俺たちを取り囲むように弧を描き、じわりじわりと包囲網を狭めてくる。後ろは今登ってきた崖だ。この身体能力なら飛び降りても生き延びることが出来るかもしれないが、確実に脚に怪我を負う。

 相手が追いかけて来たらそこでゲームオーバーだ。

 黒虎は人とは違う体の造りからして、崖を登るという行為ができないようで、どうにか崖に続く道を探している最中。


「捕まえた後はどうする気だ」


「んーそうだね。素直に自分たちの現在のポイントを教えてくれるなら、数ポイントは残してあげるよ。別に嘘を吐かれて一回目を間違えたとしても、これだけの人数がいるんだ正確な数字を導き出すことは可能さ。ただ、効率よくいきたいだけだからね」


 そうだな。外れた場合は自分のポイントが半分に減るから、相手のポイント数はわからない。一回目と同じぐらいのライフポイントの人を次にプラス宣言させれば、相手から確実にポイントを奪えて、残りの数字も導き出せる。

 失敗した奴も、残りの三人から確実に奪えば取り戻せると。


「この状態を切り抜けるしか手は無いか」


「でも、あの人たち殆どがレベル30だよ。三人ぐらい動きに隙がないから、武道の経験がありそうだし」


 貴重な情報ありがとう織子。絶望度が急上昇したけど。


「田中。お前だけなら、崖の壁面をゴキブリのように這って逃げられるだろ。お前だけでもポイントが残るなら、まだやり直せる可能性はある筈だぜ」


「コックローチは余計ネ! いけるかもしれない……けど、皆は」


 悲壮な表情で問いかける田中さんに、俺たちは同時に笑みを返した。


「死に物狂いで暴れてやるか。どさくさに紛れてポイント吸ってやる」


「そりゃいい案だぜ。成功しても失敗しても構わねえ。ポイント移動させまくってやるぜ。一度ポイントが移動した相手からは、ポイント奪えないそうだしな」


「その案、私も乗った! 普通に二三人は叩きのめすけど」


 追い詰められた俺たちはふてぶてしく笑うと、俺は棍を構え、杉矢さんは刀の柄を握りしめたまま腰を落とす。織子は左手の平に右拳を何度も打ち付けている。

 それじゃあ、開き直って足掻いてやりますか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
仲間1人が死んだらパーティメンバー全員ライフポイント1減らされて石板に戻る、でしたよね?負けを悟った瞬間1人(または全員)自害が最適解のように思えます。ライフポイント2の田中のようなパーティメンバーを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ