進路
ヤンキー君の革ジャンの上から手を当てて「マイナス」と口にした瞬間、脳内に声が響いた。
『ライフポイントが109になったのでオーバーした9のライフポイントが消滅します』
なるほど、こういうシステムなのか。
元の79から30増えたということは、彼は60のライフポイントを残していたということになる。奇数切り上げなので59かもしれないが、数値の計算は割り切れたと仮定しておく。
30も奪っておきながら9も無駄にした。想像を超えるポイントが残っていたと言い訳はできるかもしれないが、俺は彼の命をそれだけ捨てたということだ。
だが、懺悔の言葉を吐くつもりもなければ、後悔もしない。このステージはそういうゲームなのだから。
「このヤンキー君のライフポイントは残り30になったよ」
「安全を期すなら、この青年から奪うべきなのだろうが……そこまでは非道になれんな。だが、そうなると残り二人のライフポイントが幾つかわからなければ、失敗してしまうときたもんだ」
「じゃあ、ここはミーがやるのがイイネー」
「そうだね。田中さんなら確実に奪えるはずだから。情報に偽りがないならタンクトップの人は50以上ポイントが余っているみたいだよ」
相手にとっては不運以外の何者でもないだろうが、以前の打ち合わせ通り出来ることなら、このチームから合計72を超えるライフポイントを奪っておきたい。
現在俺が21奪ったので、必要なポイントは残り51だ。
「では、レッツゴーネ。すうぅぅぅ、プラス!」
相手の手を当てて元気よく宣言したまま、田中さんが硬直している。まさか、ライフポイントが2を下回っている相手なんていないとは思うが。
「田中さん、どうした」
「オオオオッ、ライフポイントが28も増えたよ!」
歓喜のあまり天へ向かって吠えている。2だったライフポイントが30に戻ったら、そりゃ叫びたくもなるよな。
「良かったね、田中さん!」
「サンキュー織子。でもキャロラインヨ」
二人が抱き合いながら飛び跳ねている。相手側の気持ちを察するならこの行為は最低なのかもしれないが、繕ったところで非道な行いをしているのには変わらない。
今は仲間の一人のライフポイントが増えたことを純粋に喜ぶべきだ。
「これで合計が49。必要なポイントは残り23か」
「この優男のライフポイントがわかれば、一気にクリアー条件を満たせそうだぜ」
確かに相手が46以上ライフポイントを所有していれば、間違えさえしなければクリアーポイントに達する。
あの女性の発言に間違いが無ければ、タキシードの男はタンクトップに対してこう言っていた。「ちょっぴりですが負けていますね」と。
タンクトップのポイントは奪った数値から逆算して元々56あった。それよりちょっぴり負けているということは50前後だろうと予想はつく。
だが、それはタキシードの男が嘘を吐いていなかった場合の話。数値を偽っていたなら前提が崩れ去ってしまう。
「普通に考えるなら50前後か。55のワシならマイナス。42の織子ならプラスの宣言をすればほぼ確実だと思えるが……相手が謀っていなければ」
杉矢さんも同じ結論に達したか。
全てを信じるなら、二人のうちどっちがやっても確実に当てられるが、失敗すると半分に減ってしまう。博打要素が強いのは否めない。
三人で顔を見合わせて、唸っているしかできないでいると、視線の絡み合う中心部に下からにょきっと割り込んできた田中さんが、指先を揃えて綺麗に伸ばして挙手をしている。
「今、立て込んでいるので一発ギャグなら後で」
「ちっがーうネ! だったら、ミーがやればいいでんがなまんがな?」
「あっ」
一度ポイントを奪った後なので、次は二人の内どちらかが奪うことばかり考えていたが、同じ人がまた宣言をして、何の問題もないのだった。
「ミーならプラスで確実ネ」
「二人がそれでいいなら、俺からは反論は無いけど」
「問題ないぜ」
「私もそれでいいです」
反論がないようなので、もう一度田中さんにポイントを奪ってもらうことにした。
「プラス! オウ、27増えたヨ! もう50超えたネ! サンキューありがとうベリーとてもヨ!」
もはや、英語と日本語が重複しあってカオス状態だが、田中さんの歓喜がストレートに伝わってくる。
田中さんのライフポイントに余裕が出来たのも嬉しいが、チームの合計ポイントが254となったのが何よりの朗報だ。
「254となったから、クリアー条件の最低ライン4オーバーだ。さーて、ここからが本命となるな」
条件を満たしたからといってクリアーにはならない。問題はここからといっても過言ではない。このポイントを奪われずにゴールへ到達できるかどうかだ。
「まずは、この人たちを……黒虎、相手の石板の前まで連れて行ってくれるかい。その後、俺たちを追いかけてくれ、いいね」
「ぐあぐあう!」
「縄を束ねてやるヨー」
田中さんが四人分の縄を纏めて、黒虎が引っ張りやすくしてくれている。
縛り上げた四人の紐を口で咥えて、黒虎が相手の陣地まで引っ張っていく。
このまま、ここに放置して他のチームの餌にするというのが、一番効率のいい戦法なのだろうが、そこまで非道にはなれなかった。
一人無事な黒髪の女性が余計なことをしないか『気配察知』と時折目視で確認しながら、俺たちは島の中心部を目指して疾走している。
「ここまでは計画通りだ。網綱の策が見事にはまったな」
「幸運だったとしか言いようがない。だけど、本番はこれからだ」
「確か、スピードアンドランで相手の準備が整っていない今の内に、一気にゴーマイウェイネ!」
「速攻で倒せたのが大きいよね。他のチームが潜むにしてもまだ態勢が整っていないから、今なら一気にゴールまでいけるかも!」
そう上手くいけばいいのだけどな。他のチームは激しい戦いを繰り広げている最中だろうし、もし何処かに潜んで迎撃する予定だとしても、俺たちが全力で一直線にゴールを目指せば相手の準備が間に合わないかもしれない。
「ただ、これは前提条件として全チームが同時に開始していればだけど」
このゲームだけはスタートのタイミングは同じでないと、先に始めた方が有利過ぎるから、あり得ないとは思うが……考慮しておくべき事態だろう。
「織子、気配察知に引っかかる反応は?」
「今のところないよー」
足を止めずに織子が答える。俺も『気配察知』は使えるが織子の方がレベル1つ上なので、彼女に広範囲の気配を探ってもらっている。
俺も同時に発動させているのだが、範囲を狭めて精度を上げている。相手が気配を消す能力を持っている場合もあるので、二重の対応をしている。
砂浜を越えると雑草が生い茂る一帯に入った。暫く草原が続くようで、ある程度進むと密集した木々に突っ込むことになりそうだ。
俺が潜むとしたら草原よりもやっぱり森だよな。
「田中さん、周囲に人影は?」
「ナイネー。人っ子一人いないヨ。シーサイドには小競り合いをしているチームが何組かいんがなー」
危険を覚悟の上で、速攻で勝負を付けたのは正解だったようだ。
見通しの良い草原内で襲い掛かられる心配はないだろう。あと少しで森へ進入することになるが、気を引き締め直さないと。
「森に突入するよ! 注意する必要もないとは思うけど、決して油断はしないでくれ」
全員が適度に緊張した凛々しい顔つきをしている。やはり、俺が忠告するまでもなかったようだ。
田中さんを先頭に森へと入っていく。いざという時に備えて、一番素早く動けて逃げ足の速い彼女を、言い方は悪いが囮にして相手の様子を窺う作戦になっている。
もちろん田中さんの許可は得ている。ちなみに、現時点で相手のライフポイントを奪えていなかったら、先頭は俺の予定だった。
枝葉の影で辺りが薄暗くなる。緑の濃い香りが充満している空間は怖いぐらい静寂に包まれていた。
現在は俺たちの落ち葉や雑草を踏み荒らす音が、その静寂をうち破っているわけだが。
気配はない。織子も異常を伝えてこない。体力に問題は無い。このチームはみんな体力がかなり強化されているので、二三時間なら問題なく走り続けることが可能。
「ナニかおかしいネ! 肌がひりひりするヨ!」
先頭を行く田中さんが何かを感じ取ったのか。あやふやな発言だが、おそらく『危機察知』が反応しているのだろう。俺も所有している『危機察知』は何も感じ取っていない。だが、彼女の方がレベルで優っているので、精度は上だから信憑性は高いか。
「ワシも嫌な感じがするな」
「止まって!」
杉矢さんの『第六感』も反応しているとなると、警戒するべきだ。
「織子、範囲を狭めて精度を上げて!」
「うん。周囲に誰もいないと思う」
「田中さん周囲に何か怪しい物は?」
「うーん、何もないと思うネー」
見える範囲におかしな点は無いと。誰かがいるような気配もない。
姿を隠す能力であれば気配は隠せない。姿も気配も隠す能力があり、それがかなりの高レベルならお手上げだが、それ以外でこちらから隠れることは不可能に近い。
「敵兵が潜んでいる可能性は低い、だとしたら考えられるのは罠か」
杉矢さんの呟きに頷く。俺も今それを考えていたところだ。
こんな短期間に罠を仕込んだとしても、大したものではない――と思うのは浅慮だよな。それは地球での常識だ。特殊能力というトンでもない力を得た人間なら、手はあるだろう。
罠の定番で考えられるのは落とし穴。だとすると、落ち葉が積もったこの場所ならもってこいか。
「織子、風を操って地面の落ち葉を舞い上げてもらえるか?」
「わかったよ!」
織子が両腕を勢いよく天に突き出すと、地面の落ち葉が一斉に吹き上がった。
木々により日光が遮られているせいで、地面に雑草は殆ど生えていない。
「見た目と土操作で探った感じだと、土を弄った跡はねえぞ」
杉矢さんの『土操作』は土に手、もしくは足が触れなければならないので、今の地肌が剥き出しの状態なら周辺の土の状態が読み取れる。
何もなかったか、まあそっちは――おまけだが。
「気のせいだったかネー。何かアルと……え、葉っぱが」
田中さんも気づいたか。本命に反応があってくれた。舞い上がった落ち葉が空中で何枚か妙な動きを見せている。まるで何もない空中に何かがあるかのように、葉が急停止している。
「見えない細さのワイヤーが仕込んであるみたいだ」
罠の定番としてもう一つ上げるとしたらワイヤートラップだろう。それも、時間が無い状況なら、細いワイヤーを木々の間に張るだけで立派な凶器に変貌する。
近くに転がっていた長めの枝で、落ち葉が絡まっている地点に振り下ろすと、枝がすっぱりと切断された。切り口も綺麗なものだ。
「かなり鋭いぜ。何も知らずに突っ込んでいたら、首ちょんぱか。怖えなこりゃ」
「オウ、ジーザス」
田中さんが喉元を擦りながら、肩を竦めている。気づくのが少しでも遅かったら、死んでいた可能性が高いのだから、当たり前の反応か。
「こうなると厄介だよね。前方を注意しながら動かないといけないから、進行速度は一気に下がっちゃうよ」
「あと、このワイヤーどうするネ。一本や二本じゃないヨ」
見た感じだと結構な数が張り巡らされている。首当たりの高さから、足首辺りまで高低差もかなりまばらだ。
「俺の棍で千切ることが可能か試してみるか」
「いや、やめておけ。ワイヤーに刺激を与えると、他の罠に連動しているのというのは良くある話だ。ほらっ」
杉矢さんが、かなり離れた位置にあるワイヤーに足元の大きめの石をぶつけると半分ほどめり込み、ぴんと張っていたワイヤーが大きく揺れたかと思うと、木々の隙間を縫うように巨大な丸太が飛び出してきた。
「おおおおっ」
ご丁寧に先端を鉛筆のように削ってやがる。
もし俺があの場所で棍を振るっていたら、命中していたかもしれない。
しかし、想像以上に大掛かりな罠だな。特殊能力を多用したとしても、スタートから一時間も経たずに先回りして、設置することは可能なのか?
「な、何でトラップとかわかるネ! アンビリバボーヨ!」
「んー、男はこういうの好物だぜ。なあ、網綱」
「否定はできない」
漫画で何度も見かけたことがあるし、最近では巧妙な罠を仕掛けるゲームもあるからな。予備知識がある人は多いだろう。
「それで、どうするの? ここで足止め喰らうのは良くないと思うけど」
「まあ、普通ならこの場所を避けて、遠回りになるが脇に逸れて進むってのが王道だが、網綱はどう思う」
「俺はこのまま進むべきだと思う。進路方向にワイヤートラップが幾つも仕掛けられているよな。普通はこれを全部取り除くぐらいなら、迂回しようと思う。だったら、罠を仕掛けた方もそれを予期して次の行動に移っている筈だ。なら、進路方向の罠を全て解除したら、その先に罠が仕掛けてある可能性が少ないと思わないかい?」
「なるほど……」
「網綱お利口さんネ!」
「確かにな。ワシが罠を仕掛ける側ならそうするぜ。なら、罠の解除は任せてもらおう。強引に行くが構わないか?」
自信ありげだな。ここは杉矢さんに頼ってみるか。
「お願いします」
「おうよ」
杉矢さんは腰を下ろし、背に括りつけていた刀を鞘ごと外し、左腰辺りに移動させた。左手で鞘を掴み、鋭く踏み込むと一条の銀線が走る。
特殊技能で記載されていた居合か。いつの間に振り抜いたのか俺には全く見えなかった。銀の光が見えたと思ったら、一陣の風が吹き抜け、進路方向にあったワイヤーが千切れる音が幾重にも響く。
「まあ、ざっとこんなもんだ」
船上での手合せで一度も見せたことのない動き。能力的に実力者だとは理解していたが、正面から真っ向勝負を挑んだら絶対に勝てない相手だな。
味方としての頼もしさを感じる一方、もし、この人が味方でなく敵に回っていたら……想像しただけで悪寒が走り、無意識の内にその手の平を強く握りしめている自分がいた。




